当時14歳だった芳川家のお嬢様は、18歳と年頃も近く清廉な顔つきの書生と当然のように恋に落ちた。 書生はやがて中央の大学に進学し芳川家を出たが、書生は手ずから作った寄木細工の箱を渡し、立派になって迎えに来るという約束とお嬢様と交わした。 しかし、その後すぐに起きた世界恐慌に芳川家も無事では済まず、裕福だった家は衰退し、お嬢様は売られるように商家へ嫁ぐことになった。 蝶よ花よと育てられたお嬢様は、慣れない商家の暮らしに苦労に苦労を重ねた後、5人の子供を産んで戦争中に空襲で亡くなった。 死ぬまで傍に置いて、文字通り片時も離さなかったその箱を、お嬢様の娘である柏木秋子の祖母が相続し、毎年命日には仏壇に置いて線香と経を捧げていのだと秋子は話した。 「私は母を早くに亡くしたもので、祖母が母替わりだったんですよ」 秋子は寄木細工の箱を愛し気に見つめた。 「祖母は亡くなる前に、自分が死んだらこの箱を棺桶に入れて一緒に燃やすよう言ってたんですが、生前の祖母が一番大事にしていたのがこの箱だったから、つい傍に置いておきたくて――祖母の願いを無視したせいで祖母が怒っているんじゃないかって思って、ご相談させていただいたんです」 8年前に祖母が亡くなってから、悪夢を見るようになったのだと、秋子は付け加えた。 起きたら内容は覚えていない。しかし、それが悪夢であったことはわかるのだ。 初めは月に一度見ればいい方で、祖母の葬式やら後片付けやらで疲れているのだと思った。しかし、3年ほど前に突然その頻度が増えたのだと言う。 「思い当たるきっかけは?」 御門は静かに尋ねたが、秋子はゆっくり首を横に振るだけだった。 「この箱は祖母が大事にしていたので、傍に置いていると、なんとなく祖母が近くにいるような気がして、いつも話しかけていたんです。――おはよう、とかそんな程度ですけど」 しかし、半年ほど前から、なんとなく箱が怖いと思うようになったのだと秋子が言うと、御門の目に緊張が走ったのを亨は気付いていた。 「それで、俺達に相談してきた……と」 御門の言葉に秋子は頷いた。 その時、玄関のインターホンが鳴り、「ちょっと失礼します」と、秋子がリビングから出ていくと、御門は亨にもたれかかり「こりゃ面倒だ」
Last Updated : 2026-08-21 Read more