LOGIN古い道具には年月と共に人の情念が蓄積され、それが意思を持ったものが付喪神と呼ばれる。 容姿端麗だが口も性格も女癖も悪い大和御門は日本で唯一の付喪神狩として、付喪神を祓う能力者。 自分に取り憑いた大口真神を引き連れ、同居中の相方・棚橋亨と繰り広げる現代異能バトル
View More田舎には不釣り合いな……いや、田舎だからこそなのか、瀟洒な和洋折衷が美しい建物に、女性の悲鳴が響いた。
この家に20年勤めている通いのお手伝いの山根マキの悲鳴だった。 「どうした。何事だ」 地元の名士と名高い、この家の主――「東堂が殺したんじゃねーの」
棚橋亨は警察官だった。
ある日、繁華街にある料亭で、料理人が柳刃包丁を振り回していると通報があり応援に駆けつけたところ、正気を失った料理人が女将に馬乗りになり滅多刺しにしていた。 まだ息のあった女将は絶命する事が出来ず、口から血を吐きながら、自分の体が切り刻まれるのを悲鳴も上げる事が出来ないまま、ただ1秒でも早く命が潰えるのを願っていた。 一緒に駆け付けた同僚はその惨たらしい光景に絶句したが、亨のめは別のものに釘付けになっていた。 女将に馬乗りになり、亨たちの存在に気が付きながらも、振り下ろされ続ける料理人の持つ包丁に禍々しい姿をしたモノがまとわりついていたのだ。 それは包丁に根を張り、料理人の腕を伝って耳元まで伸びて、料理人に何かを囁いていた。それはこの世のものではない姿をし、幾つもの目があり醜悪な様相を成していた。 「やめるんだ」 やっとのことで声を絞り出した亨に、ようやくその目たちが亨に気がつき、一斉にその視線を向けられた亨は今まで感じたことのないほどの恐怖を感じた。 全身の毛穴が開き、皮膚が引き攣れるような感覚だった。 全ての目は正確に亨の姿を見つめ、料理人の耳に何かを囁いている。 ――殺される。 亨は、恐怖のあまり腰の拳銃に手をやると、躊躇うことなく料理人に発砲していた。 亨の行為は審議会にかけられたが、正当防衛と認められて懲戒処分を免れた。だが、彼自身は犯人を射殺した自責の念で辞職したと御門は日本でただ一人の付喪神狩だった。
「付喪神ってぇのは、早い話が古い道具に取り憑く妖怪だ。古い道具ってのは経た年月だけ人の思いを溜め込みやすい。それが意志を持ったのが付喪神だ。神っつてるけど神なんてもんじゃねぇ」 研修の初日、御門は亨にそう説明していた。 「某テーマパークなんかの新キャラでネズミがメスネズミにプレゼントしたクマのぬいぐるみいただろ?メスネズミがこいつが動けばいいっつって願ったら動き出しましたとか。俺に言わせりゃ、あれもいわば付喪神の一種だ」 「大和さん、それ絶対外で言っちゃダメですよ。夢の国の運営母体に暗殺されますからね」 御門の口の悪さに驚きつつも、呆れを隠しきれない亨が挨拶以外で御門に発した最初の言葉だった。「今すぐとか酷くない?朝からミケさんの姿が見えないと思ったらペットシッターに預けてたとか計画的すぎん?」
有無を言わさず車に詰め込まれ、シートベルトでしっかり固定された御門は不貞腐れて30分間ずっと文句を言い続けていた。 「御門さん事前に言ったら逃げたでしょ。もう30なんですから、そろそろ大人の分別をお願いしますよ」 「俺は29だ。逃げてんじゃないの。お・で・か・け。おねーちゃん食わにゃならんでしょ。――ってお前だってそう変わんねーじゃねぇか」 ハンドルを握りながら言った亨の言葉に、御門は噛みついた。 「僕は28です」 亨がしれっと答えると、御門は不貞腐れた顔でダッシュボードからタバコの箱を取り出し、一本引き抜いて亨の口に咥えさせた。 亨は眉間に皺を寄せながらも、慣れた手つきでシガーソケットでタバコに火をつけると、ゆっくりと煙を吐きながら御門の方を見もせずに差し出した。 御門は嬉しそうにそのタバコを咥えると、満足した表情でシートにもたれてタバコを燻らせた。あの頃はまだ若くて、夢も希望もあったんだ。 如月は当時を思い出すと頭を抱えた。 いや、俺に拒否権なんてなかった。もし嫌がったとしても東雲さんの事だ。どんな手を使ってでも俺を引き込んだだろう。 特殊捜査課に配属されてからの4年間は、如月にとってまるで地獄の日々だった。 特殊捜査課――と言っても、犯人を逮捕するわけではない。なぜなら犯人は既に死んでいるのだから、死んだ人間に日本の法律は適用されない。 それを利用して殺人や犯罪が行われることがある。それが呪いだ。そして、呪い以外にも心霊現象を利用した例も少なからずあるのだと、東雲が言った通り如月は毎日のように全国各地で起きる超常現象を調べるために駆け回っていた。 犯罪でなくとも、超常現象や心霊現象が公になると、法の抜け穴が生まれ文字通り無法地帯になる。 「超常現象に対応するよう法を改正すればいいと思うだろうが、現代の科学では超常現象や心霊現象を解明できない。となると、この事実が超常現象などによるものだという証拠を提出することができない。証拠が提出できないと立件もできない」 東雲はわざとらしく肩をすくめて見せたのを如月は思い出していた。 だから隠匿する必要があるのだ。その為に特殊捜査課は存在するのだと、着任してすぐに説明された。 そして、霊感が一切なく、心霊現象からの干渉を受けない如月は、調査員として最適の人材だった。 「ほんっと、びっくりするくらい霊力がないんだな、あんた」 着任してすぐに紹介されたのは、敬語も話さない小生意気だが切れ長の目が特徴的なやたらと美形の少年だった。 18歳のその少年は、2年前に大口真神の依り代に選ばれ、付喪神狩りを行っているのだと東雲は説明した。 「君が行う調査は、その事件が心霊現象によって起きたものかの確認と、その背後関係だ。そしてそれが付喪神によるものだった場合は、この彼――大和御門(やまとみかど)君に依頼を出すことになる」 御門と紹介された少年は、警察官ではなく民間の祓い屋なのだと東雲は言った。 こんな子供が――? そんな疑問はすぐに払拭された。この少年は大口真神の能力を使って悪霊や付喪神を喰う事ができるのだ。 その様子を霊感のない如月は見る事はできないが、代わりに如月の左手には付喪神
如月と東雲は、如月が交番勤務を終えて所轄署に勤務になった時からの付き合いだった。 上司だった東雲は、涼しい顔で職務を淡々とこなし、如月の面倒もよく見てくれていた。 かなり若く見えたが35歳と聞いて驚き、更に二人目が生まれたところだと聞いて再度驚いたのをよく覚えている。 全てにおいてスマートなこの上司は、如月の事を気に入っていたのか、よく飲みに連れて行っては相談に乗ってくれたり、的確なアドバイスを与えてくれた。 存在感の無さに定評があった如月に、調査を主体で行うよう計らってくれたのは東雲だった。 その東雲が、ある日警察を辞めるのだと言う噂を耳にした。 如月の同僚が誤認逮捕をした相手が、大物政治家の子息だった為、責任をとって辞職するのだと言う。 ――昨日も一緒に飲んでたのに、そんな話一度も言わなかったじゃないか。 如月は裏切られて様な気持ちになり、その日から東雲と業務以外の会話を避けるようになっていた。 警察という組織にいる以上、ずっと一緒に机を並べて仕事ができるとは思っていなかった。だが、同じ組織にいれば、再び仕事を共にする機会もある。辞めてしまってはそれも叶わない。何より、兄とも慕っていた東雲がそんな下らない理由で警察を去らなければならない事が許せなかった。「如月君、ちょっといいかな」 噂を耳にしてから5日目の事だった。調査から戻ると、如月は東雲に呼ばれて署の奥にある小さな会議室にいた。 夕陽が差し込み、部屋は赤く照らされている。「私が警察を辞めると言う噂を聞いたと思うが」 会議卓の椅子に腰かけて如月にも座るよう勧めると、おもむろに口を開いた。 如月は言葉を発する事ができず、小さく頷くしかできない。認めると東雲が遠くに行くような、そんな子供のような想いに駆られていたからだ。「君は、幽霊だとかお化けだとかを信じるかな」 突拍子もない東雲の言葉に、如月は我が耳を疑った。――幽霊?お化け?科学捜査が基本の警察が何を言っているんだ? もしかしたら、自分がショックを受けないよう冗談から入るつもりなんだろうかとさえ思っていた。
今日は恋人の誕生日だった。 如月正明は、出張で会えないと彼女に伝えていたが、実はこっそりと彼女の家で待ち伏せをしてサプライズをしようと決めていた。 付き合って半年だが、年齢的にも結婚を視野に入れた付き合いに発展させたいと思い始めるほどに、如月は彼女との交際を真剣に考えていた。 ロマンチックな演出が大好きな彼女の為に、最高のサプライズでプロポーズしようと、如月は心に決めていた。 『出張でお祝いはできないけど、君が帰宅する19時頃にプレゼントを届けるようにしたので受け取ってほしい』 事前にそう連絡をしていたから、真面目な彼女はきっと仕事が終わると真っすぐに帰宅するはずだ。 彼女の帰宅時間は大体いつも18時半から19時である事は把握しているので、如月は18時からずっと彼女の部屋の近くの階段に潜んでいた。 彼女の住むマンションは、ワンフロアに4つしか部屋がない。2戸ずつがエレベーターを挟んで向かい合わせに作られていて、そのエレベーターの隣に如月の潜む非常階段はある。 18時45分。彼女の部屋がある8階にエレベーターが止まった。 時間的にも彼女だろう。 逸る心を抑えて、如月は彼女のフロアから階段を上った踊り場に隠れてフロアの様子を見守った。 刑事という仕事上、こう言った張り込みは得意だった。 ましてや、人畜無害を体現したような平均的で特徴もない外見は、ぱっと見ただけで誰かの印象に残るような存在感はほぼない。 その存在感の無さが今はこうして役に立つのだから、人生は面白い。 エレベーターが開くと、会話が聞こえてきた。――会話? 「――本当にいいわけ?彼氏からプレゼント届くんじゃないの?」 若い男の声だ。 「だって受け取らなきゃバレるじゃない。――ほんと、誕生日も仕事とかありえなくない?」 彼女の声が続く。 「だからって彼氏の留守中に男家に連れ込むなんて、真綾も悪い女だよな」 「だって、公務員だから結婚相手にはいいかもしんないけど、ぶっちゃけつまんないんだもん」 「体は俺の方がいいんだろ」
「名前っつーのはさ、存在を縛るわけよ」 亨が向いたりんごを食べながら、御門は説明をした。「名をつけることで存在を認める。言い返すと名前ってのは存在そのものとも言える。だから名を知ると呪う事ができる。――昔の人間が名を明かさなかったのはそういうこった」 御門が語った篠川夫妻から聞き出した話は、亨の想像を超えていた。 暁が産まれて1年が過ぎた頃、夫婦はある占い師に出会った。 占い師は娘の身を案じる夫婦に、もう1人子供を作り、その子供に戸籍の名とは違う名前をつけるよう言った。 そうする事で産まれた子の生命力が姉の弱い魂を補うだろうと。そして、その名は家族以外が知る事の無いよう、誰にも言ってはいけないとも。 そうして、それから2年後に夫婦は再び子を授かり、まゆみと名付け、占い師の言った事を思い出し真名を宵と名付けた。「あいつらがつけたのは暁と反対の意味を持つ宵だ。占い師に言われたんだと。近い名をつける事で魂の結び付きはより強固になるってな。とんでもねえ話だわ。生命力を分けるどころか、妹に姉の身代りをさせる呪いだったわけよ」 だが、篠川夫妻は占い師の言葉を覚え違えていたのか、勘違いしたのか、反対の名をつけた。 それにより、呪いの形が歪み、生きたいという執念が強かった暁の魂がまゆみの魂を貪り始めたのだ。 「あいつの生きる執念は凄まじかったからな。その執念と、親が知らずにかけた呪いが混じりあったんだろうな。まゆみは暁に食われたんだ」「そんな――それじゃあまゆみさんは」 亨の言葉に御門は軽く肩をすくめた。「子供の頃から喰われてた。まゆみが好きな事をやらせてもらえたってのは暁がやりたかった事だろうよ。そうやって少しずつ浸食されて暁が死んだっつー5年前には完全に喰われてたはずだ。あれはまゆみ――いや、宵という名を奪った暁だ」 亨は目の前が暗くなるような気分だった。 姉との思い出や両親に蔑ろにされていた悲しい過去を話していたのは暁だったというのか。「気にすんな。奴らは嘘をつくもんさ。特に奴の狙いはとーるちゃんだったからな。取り入るためにはなんでもするさ」 御門の言葉に亨は下を向き、「なんで僕なんですか」と吐き出すような声で尋ねた。「とーるちゃんの霊力は特殊だからねぇ