付喪神狩

付喪神狩

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By:  やまだごんたUpdated just now
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古い道具には年月と共に人の情念が蓄積され、それが意思を持ったものが付喪神と呼ばれる。 容姿端麗だが口も性格も女癖も悪い大和御門は日本で唯一の付喪神狩として、付喪神を祓う能力者。 自分に取り憑いた大口真神を引き連れ、同居中の相方・棚橋亨と繰り広げる現代異能バトル

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Chapter 1

東堂家編 1.付喪神狩

 田舎には不釣り合いな……いや、田舎だからこそなのか、瀟洒な和洋折衷が美しい建物に、女性の悲鳴が響いた。

 この家に20年勤めている通いのお手伝いの山根マキの悲鳴だった。

「どうした。何事だ」

 地元の名士と名高い、この家の主――東堂毅とうどうつよしは、マキの悲鳴が聞こえた部屋へ駆けつけた。

 そこは東堂が長年探し求め、先月漸く手に入れた、東堂家の祖先であるとされる戦国武将の朝比奈泰朝の鎧と刀が飾られている部屋だった。

 30センチほど開いたままの襖に手をかけ、乱暴に引くと、東堂の目に飛び込んできたのはマキの無残な姿だった。

 まるで誰かが着て動かしたように、鎧の手甲に握られた鎧通しがマキの喉を突き刺していた。

 既に生き絶えたマキの表情は何かに慄き、恐怖に歪んでいた。

「東堂が殺したんじゃねーの」

 大和御門やまとみかどは態度が悪い。

「クソ田舎とか嫌だよ。俺」

 そして口も悪い。

「マキが刺された鎧通よろいとおし――短刀の事なんですが、東堂はもちろんマキ本人の指紋は検出されなかった上に、自宅は外部から誰かが侵入した形跡も無かったそうです」

 棚橋亨たなはしとおるは報告を読み上げた。

「警察は事件を···と判定。物理的な捜査を終了しました」

 亨がそう言うと、御門は切れ長の目で亨を横目に見た。

 無駄に顔がいいこの男は、残念なことに背も高く足も長い。

 亨は忌々しい表情を隠そうともせずに、更に報告を読み上げた。

「4日前、東堂が自室で眠っていると、何かしらの気配を察知して目覚めたところ、室内にその鎧が立っていたそうです」

 あまりの恐怖に意識を失い、目が覚めた時には鎧は元の部屋に戻っていた。

「鎧に夜這いされるなんてロマンチックじゃねーの」

 御門は長い足を机の上に乗せて組むと、亨は無言でその足を払い除けた。

「状況的に付喪神ツクモガミで間違いなさそうだと、特殊捜査課心霊班は判断したそうです」

「それで俺たちに依頼してきたってか――」

 御門は欠伸をすると、涙ぐんだ目で亨を見つめた。

「移動に2日、調査に2日。祓いに1日の工程で見積もってます。祓い代、移動費、出張費、人死にが出てることも考慮して危険手当も込みで329万6750円です」

 亨が見積表を差し出すと、御門は嬉しそうに数字を眺めて舌舐めずりした。

「しゃーねーなぁ。いつ出るんだ」

 御門の質問に亨は「今すぐですよ」と答えた。

 棚橋亨は警察官だった。

 ある日、繁華街にある料亭で、料理人が柳刃包丁を振り回していると通報があり応援に駆けつけたところ、正気を失った料理人が女将に馬乗りになり滅多刺しにしていた。

 まだ息のあった女将は絶命する事が出来ず、口から血を吐きながら、自分の体が切り刻まれるのを悲鳴も上げる事が出来ないまま、ただ1秒でも早く命が潰えるのを願っていた。

 一緒に駆け付けた同僚はその惨たらしい光景に絶句したが、亨のめは別のものに釘付けになっていた。

 女将に馬乗りになり、亨たちの存在に気が付きながらも、振り下ろされ続ける料理人の持つ包丁に禍々しい姿をしたモノがまとわりついていたのだ。

 それは包丁に根を張り、料理人の腕を伝って耳元まで伸びて、料理人に何かを囁いていた。それはこの世のものではない姿をし、幾つもの目があり醜悪な様相を成していた。

「やめるんだ」

 やっとのことで声を絞り出した亨に、ようやくその目たちが亨に気がつき、一斉にその視線を向けられた亨は今まで感じたことのないほどの恐怖を感じた。

 全身の毛穴が開き、皮膚が引き攣れるような感覚だった。

 全ての目は正確に亨の姿を見つめ、料理人の耳に何かを囁いている。

 ――殺される。

 亨は、恐怖のあまり腰の拳銃に手をやると、躊躇うことなく料理人に発砲していた。

 亨の行為は審議会にかけられたが、正当防衛と認められて懲戒処分を免れた。だが、彼自身は犯人を射殺した自責の念で辞職したと···は処理されていた。

 しかし、実は警視庁特殊捜査課心霊班という組織図には存在しない部署に配属となった。

 亨は常人には見えないモノを見る能力があると判断されたからだった。

 そして現在、辞令により付喪神専門の祓い屋である大和御門の元で、研修と称する修行と見せかけた御門の···をさせられているのである。

 御門は日本でただ一人の付喪神狩だった。

「付喪神ってぇのは、早い話が古い道具に取り憑く妖怪だ。古い道具ってのは経た年月だけ人の思いを溜め込みやすい。それが意志を持ったのが付喪神だ。神っつてるけど神なんてもんじゃねぇ」

 研修の初日、御門は亨にそう説明していた。

「某テーマパークなんかの新キャラでネズミがメスネズミにプレゼントしたクマのぬいぐるみいただろ?メスネズミがこいつが動けばいいっつって願ったら動き出しましたとか。俺に言わせりゃ、あれもいわば付喪神の一種だ」

「大和さん、それ絶対外で言っちゃダメですよ。夢の国の運営母体に暗殺されますからね」

 御門の口の悪さに驚きつつも、呆れを隠しきれない亨が挨拶以外で御門に発した最初の言葉だった。

「今すぐとか酷くない?朝からミケさんの姿が見えないと思ったらペットシッターに預けてたとか計画的すぎん?」

 有無を言わさず車に詰め込まれ、シートベルトでしっかり固定された御門は不貞腐れて30分間ずっと文句を言い続けていた。

「御門さん事前に言ったら逃げたでしょ。もう30なんですから、そろそろ大人の分別をお願いしますよ」

「俺は29だ。逃げてんじゃないの。お・で・か・け。おねーちゃん食わにゃならんでしょ。――ってお前だってそう変わんねーじゃねぇか」

 ハンドルを握りながら言った亨の言葉に、御門は噛みついた。

「僕は28です」

 亨がしれっと答えると、御門は不貞腐れた顔でダッシュボードからタバコの箱を取り出し、一本引き抜いて亨の口に咥えさせた。

 亨は眉間に皺を寄せながらも、慣れた手つきでシガーソケットでタバコに火をつけると、ゆっくりと煙を吐きながら御門の方を見もせずに差し出した。

 御門は嬉しそうにそのタバコを咥えると、満足した表情でシートにもたれてタバコを燻らせた。

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東堂家編 1.付喪神狩
 田舎には不釣り合いな……いや、田舎だからこそなのか、瀟洒な和洋折衷が美しい建物に、女性の悲鳴が響いた。 この家に20年勤めている通いのお手伝いの山根マキの悲鳴だった。「どうした。何事だ」 地元の名士と名高い、この家の主――東堂毅は、マキの悲鳴が聞こえた部屋へ駆けつけた。 そこは東堂が長年探し求め、先月漸く手に入れた、東堂家の祖先であるとされる戦国武将の朝比奈泰朝の鎧と刀が飾られている部屋だった。 30センチほど開いたままの襖に手をかけ、乱暴に引くと、東堂の目に飛び込んできたのはマキの無残な姿だった。 まるで誰かが着て動かしたように、鎧の手甲に握られた鎧通しがマキの喉を突き刺していた。 既に生き絶えたマキの表情は何かに慄き、恐怖に歪んでいた。「東堂が殺したんじゃねーの」 大和御門は態度が悪い。「クソ田舎とか嫌だよ。俺」 そして口も悪い。「マキが刺された鎧通し――短刀の事なんですが、東堂はもちろんマキ本人の指紋は検出されなかった上に、自宅は外部から誰かが侵入した形跡も無かったそうです」 棚橋亨は報告を読み上げた。「警察は事件を事故死と判定。物理的な捜査を終了しました」 亨がそう言うと、御門は切れ長の目で亨を横目に見た。 無駄に顔がいいこの男は、残念なことに背も高く足も長い。 亨は忌々しい表情を隠そうともせずに、更に報告を読み上げた。「4日前、東堂が自室で眠っていると、何かしらの気配を察知して目覚めたところ、室内にその鎧が立っていたそうです」 あまりの恐怖に意識を失い、目が覚めた時には鎧は元の部屋に戻っていた。「鎧に夜這いされるなんてロマンチックじゃねーの」 御門は長い足を机の上に乗せて組むと、亨は無言でその足を払い除けた。「状況的に付喪神で間違いなさそうだと、特殊捜査課心霊班は判断したそうです」「それで俺たちに依頼してきたってか――」 御門は欠伸をすると、涙ぐんだ目で亨を見つめた。「移動に2日、調査に2日。祓いに1日の工程で見積もってます。祓い代、移動費、出張費、人死にが出てることも考慮して危険手当も込みで329万6750円です」 亨が見積表を差し出すと、御門は嬉しそうに数字を眺めて舌舐めずりした。「しゃーねーなぁ。
last updateLast Updated : 2026-08-19
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東堂家編 2.東堂家
 3時間ほど高速を走り、亨は大きめのサービスエリアに車を入れると「飯にしましょう」と、御門に告げたが、御門は助手席ですやすやと気持ち良さそうに眠っていた。  ――静かだと思ったら寝てたのかよ。  亨は起こすと面倒だと思い、サービスエリア内に設置された飲食店に一人で向かった。  渋滞もなく順調に来れている。  あと2時間も走れば最寄りの出口に着くはずだ。  地図によればそこから30分程度。  田舎の小さな村だ。近くに宿がないようなら車中泊も覚悟しなければならない。  亨は手軽に食べられそうなパンやおにぎりを物色していた。 「本当にとーるちゃんは色気がないねぇ」  突如後ろから抱きつかれ、耳元で囁くように御門の声がした。 「食い物に色気なんかあってたまりますか。あと耳に息を吹きかけないでください」  亨は鳥肌を抑えながら御門を引き離すと、御門を睨んだ。 「食いもんってのはな、その土地土地で表情を変えるんだよ。ほら見てみろ、あの肉まんなんか美味そうだぞ」  御門は意に介さずと言った表情で、亨の肩を抱くとフードコートに並ぶ飲食店を指差して見せた。 「あれは肉まんじゃなくてお焼きっていうんですよ。食べたいんですか?」 「皮に餡が入ってんだから一緒だろ。せっかくこんなとこ、仕事でもなきゃ滅多に来ないんだから食おうぜ」  御門は悪びれずに言うと、亨の肩を抱いて引きずるようにフードコートに入った。 「あら、お兄ちゃん達えらい綺麗な顔して。モデルさんかね」  すらりと背の高く、切れ長の目が特徴的な御門はもちろん、亨とて一般的には充分に平均以上の容姿をしていた。  184センチの御門に対して176センチの亨は小さく見えたし、二重の深い丸い目は幼さを感じさせる。  二人が並ぶと中々に眼福なのだが、亨にとっては御門と並ぶと自分の童顔が際立つようで嫌だった。 「まぁそんなとこっす」  御門はお焼きによく似た、色白で素朴な笑顔のおばちゃんに笑顔で答えた。 「あらまぁ、こんな田舎でなっから綺麗な兄ちゃん達に会えるなんて生きてるといい事もあるもんだにぃ」  おばちゃんはお焼きを2つ袋に入れると、御門に差し出して「おばちゃんからのサービスだっぺよ」と、小声で囁いた。  御門はお焼きを受け取りがてら、おばちゃんの
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東堂家編 3.大口真神
「――悪いが一人にしてもらえるか」  御門は東堂と亨に言うと、亨は頷いて東堂を連れて部屋を出て行った。  二人が完全に姿が見えなくなったのを確認すると、鎧に向き直った。 「どうだ――?」 『間違いない』  御門が小さく呟くと、御門の中からゆらりと狼が姿を現し、答えた。  霊体ではあるが白い毛並みが神々しく、立ち上がると御門程はありそうな巨大な狼だ。 「祓うか?」  御門の問いに、狼は首を振った。 『いや、奴は今ここにはいない。あるのは残滓だ』  ――逃げたか。  御門は舌打ちした。 『焦る事はない』  狼は御門の中に戻りながら続けた。 『付喪神が依り代から離れていられるのもせいぜい一昼夜――明日の夜には否が応でも戻る事になる』 「それまでのんびりと寝て待てってか」  狼は答えなかった。 「御門さん、大変です」  その代わりに部屋に飛び込んで来たのは亨だった。 御門が16歳の時だった。  自宅でくつろいでいると、突然目の前に現れた白い巨大な狼は左半身を失っていた。  御門はこれまでいくつも霊や妖怪を見てきたが、ここまで神々しく恐ろしいのは初めてだった。 『お前が依り代か』 「え、話せるの?」  御門は驚いた。これまで人型の霊や妖怪は人語を話すのは知っていたが、動物霊は感情が伝わるのみで明確な会話などできなかったからだ。 『我は日本武尊が眷属、大口真神ぞ。人語など容易いわ』  半身を失った狼は御門の呟きに尊大な態度で答えた。 「すげー。俺話せる犬とか初めてだわ」 『……我は狼だ』 「おー!狼も初めてだぜ」  御門は興奮して狼に近寄ろうとした、その時。狼は前足で御門の体を押し倒すと、鋭い牙が生え揃ったその口を鼻先に近付けた。 『その霊力――確かに我の依り代となるに相応しい』 「いてて……ってか足どけろよ重い。霊なのに重いとか意味わからん。あと、依り代ってなんだよ」 『そなたは我が主に選ばれたのだ。この我の依り代にな』  大口真神と名乗る狼は、そう言うと御門の体に消えるように入り込んでいった。 「えっ、ちょっ……俺の意思はどこにあるんだよ」 大口真神は500年に一度封印が解ける熊襲尊の怨念を封印する
last updateLast Updated : 2026-08-19
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東堂家編 4.祓詞
 ――真神が引っ込んだと思ったらとーるちゃんかよ……。 御門は口には出さずに、そう思うと亨に抱きついた。「どったの?とーるちゃん」 なぜか真神は亨がいると姿を現さない。御門の中から話しかけもしない。 御門は亨と出会い、真神が取り憑いてから初めて静かに過ごせる幸せを噛み締めていた。 何せあのバカ犬ときたら、すぐに腹が減っただの、散歩に連れて行けだの、早く次の付喪神を探せだの四六時中話しかけてきてうるさいったらない。 だから御門は亨を自分のマンションの空き部屋に住まわせることにした。 それは非常に効果的だったが、一つ弊害があった。 亨は思いの外真面目な性格だった為、御門が朝まで飲み歩いたり夜中に女をひっかけて連れ帰るのをよく思っておらず、事あるごとに小言を言われるのだった。「鎧通しがこの家の裏で見つかりました。――被害者は東堂の妻です」 亨の言葉に御門は鎧を見た。横に立てかけられた刀掛けにあるべき鎧通しが消えていた。「本体はそっちだったのか――」 御門は舌打ちして亨の案内で現場に向かった。 現場では東堂の妻が倒れており、その横には鎧通しが禍々しい気配を放って捨てられていた。「なんで頼子が……」 御門と亨のただならない様子を見て着いてきた東堂は、血を流して妻に駆け寄ろうとしたが、御門が制した。「奥さんはさっきいなかったよな?」 御門の質問に東堂は頷いた。「マキさんがあんなことになって、妻は気味が悪いと東北の実家に帰ってたんだ。今朝も電話で実家にいると――」 東北からここまでこんな時間で来れるはずがないと狼狽する東堂の答えに、御門と亨は見つめ合うと頷きあった。 亨はジャケットのポケットから数枚の和紙を取り出すと、霊力を込めた。「左が青龍は|万兵《まんぴょう》を避け 右が白虎は不祥を避け |前《さき》が朱雀は|口舌《こうぜつ》を避け 後が玄武は万鬼を避くる 前後を扶翼す、|乾坤元亨利貞《げんこんげんこうりてい》|急急如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》」 亨の清浄な声が響くと、札は次々に亨の手を離れ、空中に浮いたまま固定された。「もったいねぇ……護符高いのによぉ」「緊急時です。これも経費のうちですよ」 こんな事態なのに金のことを考えてる御門に苛つきながら、亨が睨む
last updateLast Updated : 2026-08-19
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過去編ー棚橋亨ー 5.始まり
 繁華街にある骨董品屋を覗いた帰り、真神が御門の中から話しかけた。  『近くにいるぞ』  御門は言葉を返さず、頷いてその気配のする方向に向かった。  付喪神だ――それも新しい気配だ。最近生まれたのか。  御門は気配のより強く漂う場所に辿り着くと、高級感の漂う料亭の前にパトカーが数台止まっていた。 「ここで間違いなさそうだな」  御門は真神に話しかけたが、真神から返事はなかった。  入口には警察官が立ち塞がっていて、御門は「遅かったか」と唇を噛んだ。  警察が来ていると言う事は、付喪神が人を傷つけたのだろう。生まれてすぐに人を襲うとは、中々せっかちな奴だ。  御門は警察官の肩越しに中の様子を伺おうとしたが、警察官に阻止された。  東雲に連絡をする方が早いか――と携帯電話を取り出したその時だった。  中から乾いた火薬音が鳴り響いた。誰かが発砲したのだ。 「真神!出てこい!」  御門は真神を呼んだが、真神は相変わらず返事をしなかった。  ――おい、仕事しろよ!出てこい!  御門がいくら呼び掛けても真神は返事をしない。  ――どうなってんだ。  御門は苛立って携帯電話を取り出すと、東雲に電話を掛けた。 本庁で懲戒審査会が行われている隣の部屋に御門は東雲と椅子に腰かけていた。 「棚橋亨――25歳か。奴は見えているのか」  手元の資料を捲りながら、御門は目線だけを東雲に向けて尋ねた。 「ああ。間違いない。料理人の腕から耳元にかけて、おぞましい姿形をしたものが貼り付いていて、自分を見ていたと言っていた」  東雲は手元の缶コーヒーを口に運ぶと一口飲んで顔をしかめた。 「ブラック苦手なら飲むなよ」  御門は呆れた顔で東雲に言うと、東雲は仕方がないと肩をすくめた。 「太ったりハゲたりしたら離婚だと妻に言われてるんでね。砂糖はなるべく避けたいんだ」 「あんた見てると結婚が幸せなのか懐疑的になるね」  御門は資料を机に置くと、手を頭の後ろで組み、長い足を会議卓の上に放り投げた。 「幸せだぞ。家に帰ったら最愛の妻と子供達が待ってるんだ。あいつらの為なら例え深夜まで残業続きだろうが、小遣いが月3万しか貰えなかろうが、頑張ろうって思えるんだ」  東雲の言葉に、御門
last updateLast Updated : 2026-08-20
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過去編ー棚橋亨ー 6.特殊捜査課
「自主退職――ですか」 予想した通りだった。上層部は警察の不祥事を公にしたくなくて、敢えて処分なしとなるよう手を回したんだ。そして自分から退職するよう、説得しに来たんだろう。 亨は東雲警視正を見た。 目の前に座っているこの警視正は年の頃30代後半と言ったところか。警察には似合わない柔和な表情の優男だ。女にもモテそうな顔をしている。 差し出された名刺をもう一度見る。  長官官房人事課理事官 東雲裕一郎(警視正)  大学を出てエリートコースをひた走ってきたキャリア様だろう。現場に出た事もなく、こうして内部の汚点を掃除して回る仕事をしてきたのは想像に易い。 亨は唇を噛んだ。しかし、自分が犯した罪は罪だ。本当であれば懲戒解雇の上、殺人罪に問われてもおかしくない事をしたのだ。 罪から逃げたいとは思わなかったが、こんな風に切り捨てられるのならば、いっそ潔く罪を償いたかった。 だが、それは同時に警察の不祥事となり警察全体の信用の失墜を意味する。 罪を償いたいなど、自分には贅沢すぎる望みなのだろう。――であれば。「――拝命します」 立ち上がって背筋を伸ばし、敬礼をすると、亨は東雲を真っ直ぐ見つめて言った。「勘違いしているようだね。僕は上司に辞表を出せと言っただけだ」 東雲は亨の思いつめた表情を見て、苦笑いを浮かべると亨に言った。「それはつまり自主退職と言う意味であると、自分は認識しております」「ちょっと違う」 東雲は笑顔を作って亨を見つめて座るように促した。「立たれると首が痛くてね」と言って首を回している。「40にもなるとね、首やら肩やらあちこち悪くなるんだよ。君も気を付けないといけないよ」 どう見ても30代後半がいいところだと思っていたのに、40代と言われて亨は驚いた。 亨の視線に気が付いた東雲は「妻が元エステティシャンでね――スキンケアにはうるさいんだよ」と言って自分の頬を撫でて見せた。「そんな事よりも――だ。君は聞いた事がないかな。警察には裏の組織があると」 東雲の言葉に亨は息を飲んだ。まことしやかに囁かれる噂の一つにそんな話があった。超常現象や心霊現象に対応した組織があると。「私はね――表向きはその通りだが」 東雲は亨が手にしたままの名刺に視線をやった。「その実は、警察庁特殊捜査課と言うところ
last updateLast Updated : 2026-08-20
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過去編ー大和御門ー 7.大和御門
 亨は几帳面な性格だった。夜は23時に就寝し、朝は6時に目覚める。コーヒーの代わりにプロテインを飲むと、じわりと汗が滲むまで筋トレをして、家の周囲を1時間かけて走り込む。帰ったら熱いシャワーで汗を流し、朝食の支度をする。 これがここに来てから3年近くの間、亨の朝のルーティーンだった。 御門の住処であるこの高級そうな部屋は、タワーマンションと言われる高層マンションの最上階にあった。 驚いた事に玄関が二つあり、一つは公共のエレベータに繋がり、もう一つはこの部屋専用のエレベーターに繋がっていた。「ここは俺の持ち物じゃねぇよ。お国がここに住めってんで住んでるだけだ。家賃かからねぇし、お手伝いさんという名の監視役が週に3回掃除と洗濯迄してくれる。慣れりゃ気楽だぜ」 と、御門が言うように、普通のマンションではないと知るまで時間はかからなかった。 この日も、亨は目覚ましと同時に目を覚ますと、顔を洗いに洗面所に向かった。 無駄に豪華なこの部屋だが、洗面所は一つしかない。 そして、その洗面所を開けると、シャワーを浴びた直後だろうか。濡れた髪を滴らせた女性が立っていた。「し――失礼」 亨は慌てて洗面所のドアを閉めると、慌ててキッチンへ逃げた。 冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出すと、一息に飲み干して頭を抱えた。 ――御門さん、またかよ。「あのー、私にもお水もらえるかな」 髪にタオルを巻いて、亨のお気に入りのバスローブに身を包んだ女性がパントリーを通ってキッチンにやってきて、亨に艶めかしい視線を送った。「それ……俺の」 ジョギングから帰ったらシャワー浴びて着るつもりだったのにと、亨は悲しそうな顔で女性を見つめたが、すぐに諦めたように溜息をついて冷蔵庫からペットボトルを取り出し、女性に手渡した。「ありがとう」 女性は亨から視線を離さず、ペットボトルを受け取ると美味しそうに口に含んだ。 20代後半だろうか。化粧を落とした顔はそれなりに整っているが、美人とまではいかない。中肉中背と言ったところか。男好きしそうな雰囲気ではあるが、特に目を引く女性ではなさそうだ。 あの人の女性の好みは全くわからん。 亨は前回の女性は亨より年上でスレンダーな美人だったり、その前は20代前半と思しき顔が思い出せないくらい平坦だったのを
last updateLast Updated : 2026-08-20
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過去編ー大和御門ー 8.大和御門2
 ひと悶着の末、朝のルーティーンに出かけた亨を見送ると、真神が御門の中から姿を現した。 亨が近くにいると、真神は活動を酷く制限される為、亨がいない間しか姿を現さない。亨がいると声すら聞こえないのだ。 だから御門は亨が大好きだった。 『昨日の女は中々だったな』 真神は犬がおやつをもらって満足したような顔で御門に話しかけた。「あー。ありゃ相当だったわ。素人にするには惜しい霊力な上、腹ン中真っ黒過ぎてよくないものをわっさわさ引き連れてたな。あれでよく正気を保てるもんだ」 御門は女が忘れていったストッキングを見つけると、指で摘んでゴミ箱に放り投げた。『しかしおかげで足しにはなった。また見かけたらお願いしたいものだ』 すました顔で言っているが、尻尾はぶんぶんと機嫌よく揺れている。 ここひと月ほど付喪神を食っていない真神は、御門の霊力を蝕み始めていた。御門の霊力が尽きると次は命を削られる。 回避する方法は一つだけだった。悪霊を喰らう事。 真神の神力の回復には膨大な霊力が必要になる。 その為、悪霊を食い霊力を集めろと真神が言った時は、世界中の悪霊を食い尽くさないといけないんじゃないかと、気が遠くなった。「付喪神は神ではないが、神と呼ばれるに相応しい霊力の強さだ。強さはバラバラだが概ね1,000体も食えば神力は大方回復するだろうと、日本武尊はおっしゃられた」 真神に取り憑かれた翌日に現れた東雲警視正は、御門の自宅の客間に姿勢よく正座したまま、しれっと言ってのけた。「いただきものですみませんが」 俳優ばりのイケメンの訪問に、御門の母は大喜びで東雲に茶と手土産の羊羹を出す。「いえ――私も好物なんですよ。こちらこそすみません、おでかけのご予定があるのに突然お邪魔して」 御門はその言葉に違和感を覚えた。 今日は母さんは一日中暇だと言っていたはずだ。 しかし、母は笑顔で「いいんですよ。じゃあ私は失礼しますね」と言って出て行ってしまった。  この家には東雲と御門の二人――いや、真神を入れて二人と一匹しかいない。『なるほど。確かに付喪神であればちまちまと悪霊を喰らうより早いな』「その通りでございます。大口真神様」 真神が見え
last updateLast Updated : 2026-08-20
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過去編ー大和御門ー 9.狩り場
 耳が痛くなるような爆音で音楽が鳴り続けるフロアで、御門は酒を片手にバーカウンターにもたれていた。 平日の0時を過ぎているのに、クラブには人が溢れている。「平和だねぇ」 御門が呟くと真神は御門の中から何か答えたが、フロアの爆音にかき消されている。 御門はこの場所が好きだった。 人が多く酒とタバコと香水の匂いが入り交じり、腹に響くほどの重低音が鳴り響くクラブは現実を忘れる事ができる上、絶好の狩場でもあった。 人が多く集まる場所には霊も多く集まる。特にクラブやバーなど、享楽に興じるような場所には、それに相応しく低俗で悪質な霊が集まるものだ。 そして、中には霊力の高い人間もいる。効率的に狩りと補給ができるのだ。 東雲に付喪神の憑いた面を見せられた翌週には、御門はどこかの山に連れてこられていた。 昨日まで通っていた高校はいつの間にか転校の手続きが取られたらしい。もちろん、御門の意志など介在しない。「真神様の依り代となったとは言え、君自身は単に馬鹿みたいに霊力の高いただの子供だからね。霊力を使い君自身が付喪神と戦えるようにならなければならない、と日本武尊はおっしゃられたんだよ」 東雲は柔和な笑顔でそう言った。 そして、その日から東雲自ら指導し、3か月目を迎える頃には、御門は一通りの術を使えるようになり、悪霊や霊力を喰えるまでになっていた。「素晴らしいね。通常はそこまで出来るようになるのは無理なんだが。術を覚えるだけでも1年はかかるのに――真神様の加護を得ているとは言え、君の才能の賜物だね」 東雲の言葉に御門は荒んだ目で東雲を睨みつけた。「お前が――お前が事あるごとに霊力の補充だっつってキスするからだろ!」「やだなー。キスじゃなくて霊力の補充だよ。僕を変態みたいに言うのはやめてほしいな」 16歳の少年の心は弱く脆い。過酷な修行より、御門には東雲からの霊力の補充が苦痛でたまらなかった。 平家の隠れ里だったと言う山の中は、なるほど恨みつらみを抱えた霊がうようよといて、霊力の高い御門の体を欲しては昼夜問わず襲い掛かってきた。 真神は御門の修行のためだからと、御門を通してしか霊力を摂取できないよう、術で縛りをつけたせいで、御門が
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寄木細工の呪い箱編 10.寄木細工
 いつものように亨が朝のルーティーンを終えて、リビングでコーヒーを飲んでいると、眠たそうな顔をした御門がのそのそと入ってきた。「とーるちゃん、俺にもコーヒーちょうだい――あ、その前に水」 亨の座っている座り心地のいい革のソファの空いた場所に埋もれるように腰掛けると、御門は甘えた声で言った。「僕は御門さんのお世話係じゃないんですよ」 文句を言いながら立ち上がるとキッチンに向かい、冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、サーバーのコーヒーをマグカップに入れると、その二つを御門に手渡した。 足元にはいつの間にかリビングにやってきた三毛猫のミケさんがゴロゴロと喉を鳴らしながら亨の足に擦り寄り、亨はミケさんを蹴らないように気を付けながら、御門の隣に腰掛けた。 なんだかんだと面倒見のいい亨を、御門は笑顔で見つめていた。  亨と同居を始めて2年余りが経過したが、御門にとって亨は最高の同居人だった。 生真面目で職務に忠実だとか、綺麗好きでお手伝いさんが来ない日に御門が散らかしてもすぐに片付けてくれるとか、そういったところではなく、亨がいるだけで御門は静かに一日を過ごすことができるのだ。 勝手に真神の依り代とさせられて10年間。御門はずっと真神と一緒だった。 四六時中話しかけてくる真神のせいで、御門に一人の時間など夢のまた夢だったが、亨が現れてからは亨が傍にいると真神は気配さえ感じさせない。 嫌がらせのつもりで家に置くのを許している猫でさえ、真神の神経を逆撫でする程度だったというのに。 更に亨に触れていると、それだけで真神に霊力を喰われるのを防ぐことができる。 運が悪く依頼もなく、狩りもできない時が稀にあるのだが、そういう時に亨に触れていると、御門は安心して生きることができた。 「お世話係なんて思っちゃないさ。とーるちゃんは俺の大事な大事なとーるちゃんだよ」 亨から手渡された水を飲み干すと、御門はいつの間にか膝に乗ってきていたミケさんの背を撫でながら、隣に座った亨の肩に頭をもたげた。「――御門さん。ソファもう一個買いませんか……何が悲しくて野郎二人で並んで座らなきゃダメなんです」 以前リビングにあった豪華なL字のソファセットは、亨が出かけている隙に二人掛けのソファに入れ替えられていた。 御門の
last updateLast Updated : 2026-08-21
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