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All Chapters of 付喪神狩: Chapter 21 - Chapter 30

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番外編 2.大和御門の初恋2

「クラブは人が多いから、適度に霊もいるしね。東雲さんが特別だよって」 如月は大和御門の名前が書かれた免許証を差し出した。御門の生まれ年より2年早い年が記載されていた。「俺教習所とか通ったことないんだけど」「車には乗っちゃだめだよ。乗りたかったら僕が教えてあげるから、今度本庁においで。後、くれぐれもお酒はだめだからね。君はまだ18歳なんだから」 如月はしつこく念を押していたが、御門の手には甘いカクテルが入ったグラスが握られていた。 初めて飲んだ酒は、悪くない味がしたが、大人達はなんでこれをうまいと言って飲むのかわからなかった。 ダンスフロアでは男女がよくわからない踊りらしきものを踊っている。踊っているというより、音楽に合わせて体を動かしているというのが正しい。 バーカウンターにもたれている御門の見た目は人目を引くらしく、さっきから御門の周りには女が群がっていた。 御門に話しかける者もいれば、声をかけられるのを待っているようにチラチラと視線を送ってくる者、ただじっと見つめて嘆息する者など、様々だった。 街中でナンパしてくる女達より肉食獣の気配がして怖い。御門は一人で来た事を後悔していた。せめて如月についてきてもらうべきだった。しかし、そんな事を言えば東雲が嬉しそうな顔で「御門君はまだ子供だからねぇ」と言ってしゃしゃり出てくるに違いない。 一人でやってやると思っても、女性達の勢いに押されて御門はどうする事も、どうしたらいいのかもわからなかった。 それでも、話しかけてくる女達は決まって御門の体に触れてくれるため、彼女らに憑いているモノを喰うには困らなかった。 霊力も触れるだけで喰えたらいいのにと、御門は嘆息した。 女性達を避けてトイレに逃げると、今度は男が絡んできた。「ここは初めて?めっちゃイケメンじゃん」 手を洗っている御門の鏡越しに話しかけてきた男は、なぜか御門の腰をまさぐっている。「さっきから女には興味ない感じだけど、もしかしてこっちの人?」 御門の腰に自分の股間を密着させると、その男は御門の耳元に息を吹きかけるように囁いた。 男の股間は形が分かるほど固くなっていて、御門は全身に鳥肌が立つのを抑えられなかった。「いや――俺はそっちの方じゃないんで」 必死に男を振り切ると、御門は急い
last updateLast Updated : 2026-08-21
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人形編 20.使役

 熊野の山中で、亨は陣を描き獲物を待った。 目の前には手のひらほどの大きさの、赤い漆で塗られた鞘に収まった小刀と、清酒が入った徳利と猪口が三つ並んでいる。 新月の山の中は闇よりも暗い。獣の息遣いや虫の羽音まで聞こえるようだ。 秋も深まり気温は冬に近い。薄い着物を一枚着ただけの亨は陣の真ん中で体温が奪われていくのを感じていた。 特殊捜査課に配属されて、すぐに連れてこられたこの場所で、亨は体術と陰陽の術を教え込まれた。 非現実的な事なのに、なぜか亨にはそれが現実的な事なのだと思えた。  亨が見たモノは付喪神だと東雲は言っていた。禍々しくおぞましい姿は亨にしか見えていなかった。しかし、奴は亨を見ていた。 無数の感情のない作り物のような目が、亨を見た途端まるで意思を持ったかのように、怪しく光った。 喰われる。 そう思ったのは致し方なかったのだろう。亨を見つめるその無数の目は、明らかに亨に対して殺意を抱いていた。 幾つもの目に睨まれた亨は、本能的に命の危険を察知し、腰の拳銃に手をかけた。 訓練以外で握ったことはなかったが、咄嗟に引き金を引くと、弾は正確に料理人の喉を貫いた。即死だったと聞いた。  亨は罪には問われなかった。 なぜか居合わせた同僚が「犯人は棚橋巡査に向かって刃物を振り上げて襲い掛かった」と証言したのだ。 生真面目な亨が鬱陶しいと、決して仲のいい同僚ではなかった。 むしろ、亨が異動になるか辞めるよう、いつも声に出して嫌がらせをしてきたような奴だ。そんな彼が亨を庇うような事を言うだろうか。 全てが非現実的に思えた。 しかし、全ては現実に起きていた。こうやって陣を敷いてる今も、目の前に現れた鬼神も、全て現実なのだ。 初めて見る鬼神は、天狗のようにも見えた。姿はぼやけて正確には掴めないが、強い霊圧は感じられた。 神というには神々しさは無く、かと言って付喪神のような禍々しさは感じない。 しかし、亨が気を抜くとすぐにでも命を奪われる殺気だけは全身で感じられる。毛穴という毛穴から汗が一度に噴出した。 落ち着け――亨は心の中で自分に言い聞かせると、着物の懐から人形の紙を取り出すと、目の前に置いた小刀を持ち上げ、赤い鞘を引き抜いた。そして手のひらに押し当てると、皮膚が割れて血が
last updateLast Updated : 2026-08-21
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人形編 21.後朝の朝

 亨が目を覚ますと、自宅ではない所だった。 自宅――と言っても御門とのマンションの一室なのだが、とにかくそこにある自分の部屋ではなかった。  昨日は居酒屋で如月と御門の3人で閉店まで飲んで、御門に引きずられるようにクラブに連れて行かれてからの記憶が途切れ途切れだ。 体を起こすと、服を着ていない事に気が付いた。 ――下着は――履いている。汚れた気配もない。 痛む頭を回すと、どうも所謂ラブホテルの一室のようだった。 ベッドの横の台には、亨がいつも飲むペットボトルのミネラルウォーターが置いてある。手に取るとまだ冷たい。 新品であることを確認して一息に飲み干すと、ベッドの隣を確認したが、亨は一人だった。 御門が一緒ならマンションに戻っているはずだ。あの人の帰巣本能はこの3年で熟知している。 しかし、御門は居ない。そうだ、クラブに入って早々に寄ってきた女とどこかに消えたんだ。 ――あの女好きめ。 飲み干したペットボトルを握りつぶす。それより、ここはどこだろう、なぜ一人なんだ。 ベッドから起き出ようとしたその時、部屋のドアが開いて、バスタオル一枚を纏った女が部屋に入ってきた。 亨よりいくつか年下だろうか。メイクのない顔は幼さが残るものの、長いまつげが魅力的な美人で、体に視線を落とすとくびれたウエストが立派な胸を強調させている。 亨は慌てて下半身を布団に隠した。「あれ?起きてたの?」 あっけらかんと女は微笑むと、ベッドにやってきて亨の隣に腰掛けた。「昨日はかっこよかったよ。覚えてる?」 女の問いかけに亨は黙って首を左右に振った。自分の吐息が酒臭い。 御門が「すぐ戻るね」と言って女と消えてから、亨はしばらくバーカウンターでタバコを吸いながらビールを飲んでいた。 クラブに来たのは初めてだったが、とにかくうるさい。酒を注文するにも大声で喚かないといけない。 腹に響く低音が酔いを加速させるような気がした。 ――もう帰ろう。御門なんか放っておいても勝手に帰ってくる。そう思ってグラスをカウンターに置いた時だった。「いい加減にしてよ!離せよ!」 周囲の音楽に負けない女の怒声が耳に入った。 声の方向を見ると、女性が壁際で男に迫られている。あれがクラブで有名なナンパってやつかと、亨はぼんやりと眺めていた。
last updateLast Updated : 2026-08-21
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人形編 22.人形

「え?それでやらなかったの?――え……とーるちゃんもしかしてマジ童貞?」 クラブに戻ると亨は女と出ていったと顔なじみのバーテンから聞いた御門は、亨が帰ったら問い質そうと珍しく寝ないで待っていた。 そして、昼前に漸く帰宅した亨をリビングのソファに座らせると、昨日の出来事を聞き出した。 聞き終わった今、珍しく呆気にとられて間抜けな顔をしている。「違います。僕にだって経験くらいありますよ。――ただ、そういう事は好きな人とだけしたいんです」 純粋か――亨の返事に、御門は目の前の生き物が人間かどうか本気で疑った。「好きな人って――とーるちゃん、そんな人いるの?」「こんな生活してているわけないでしょ」「ですよねー。ちなみに、最後のセック……彼女っていつよ」「なんなんですか。いいでしょ、僕の恋愛事情なんて」 亨はムッとして立ち上がろうとしたが、ソファに並んで座ってる御門にしっかり抱きしめられていて、動けない。 なんで無駄に力が強いんだ。 亨とて可愛い顔をしているが、柔道3段の腕前だ。熊野で体術も叩き込まれている為、決して弱くはないし力も強い。 だが、その亨を以てしても動けないほど、御門は力強かった。「大学から付き合ってた彼女がいましたけど、僕が警察学校にいる間に他に男ができたって振られて以来いませんよ」 亨は諦めて白状した。「え――じゃあもう7年も童貞なの?」 御門が珍しくドン引きしているのを、亨は忌々しい表情で睨んだ。「警察学校を終了してからは仕事に慣れるのにいっぱいいっぱいでしたし、慣れた頃には山に放り込まれてここですからね。僕に恋愛する時間があったのかなんて、一番わかってるのは御門さんだと思いますよ」 驚きのあまり、力を抜いた御門の腕を力一杯振り払うと、亨は立ち上がって怒り気味に早足で部屋に戻った。 ホテルの部屋で、女に服を着てもらうよう頼み込んで清算すると、女にタクシーとして1万円を渡して逃げるようにその場を離れたが、さすがに失礼だったのではないかと、亨は反省していた。 しかし、探し出したところでどうすると言うのか。どうにもできるわけがない。 それに、服が濡れたのは亨のせいでも、あの状況から救ったのは亨であり、感謝すべきはあの女性ではないか。 ホテル代だって払ったし、安全に帰れるようにタク
last updateLast Updated : 2026-08-21
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人形編 23.佐川良太

「おい佐川、最近元気ないけど大丈夫か?」 同級生に声をかけられて佐川良太は、ぼんやりしていた事に気が付いた。 昼休みの食堂は学生で込み合っている。早めに来ていたはずなのに、いつの間にか正面に同級生が座っている。ぼんやりしている間に時間が経っていたのだろう。「……山科か。なんだよ」「なんだよってなんだよ。さっきも教授に集中してないって怒られてただろ」 山科がそう言うと、佐川は目元を押さえて、「最近眠れないんだ」と呟くように言った。 ここ数日繰り返し同じ夢を見るようになり、その夢を見た日は凄く疲れて一日中ぼんやりしてしまうのだと、佐川が言うと、山科は驚いた顔を見せた。「お前――それってもしかして、人形の夢か?」「なんで山科が俺の夢を知ってるんだよ」 怪訝そうな顔で佐川が山科を見ると、山科はテーブル越しに顔を近付けると、声を落とした。「篠川教授の生徒は呪われるって有名な話だぞ。知らねえのか」 山科の真剣な表情に、佐川は一瞬息を吞んだが、すぐに表情を崩して噴出した。「呪いだなんてバカバカしい。お前、今は21世紀だぞ」 佐川の言葉に山科も体を戻すと、「ですよねー」と笑って返した。「この前教授の家でトイレを借りた時にさ。仏壇が置いてある部屋のドアが少し開いてて、見ちまったんだよ。人形を――それで多分その噂を思い出して夢に見てんだろな」「試験も近いしな」 そう言って二人は苦笑いを浮かべると、午後の講義の為食堂を後にした。  次に山科が佐川に会ったのは、その2週間後の事だった。 佐川が大学に来なくなったと、同級生から聞いた山科は、初めは風邪か何かだろうと気にしていなかったが、一週間を過ぎた頃には、心配になってきた。 メッセージを送っても返事がない事に業を煮やして、佐川が独り暮らしをしている学生マンションを訪れたのが、食堂で会話を交わしてから二週間が経った頃だった。 インターホンを鳴らしてしばらくして姿を現した佐川は、二週間前とは別人のようにやつれ、顔色は土気色になり、目は落ち窪んでいたが、やたらとギラギラしていた。 部屋に通された山科は、見舞いのスポーツドリンクや、レトルトの食事を佐川に差し出すと、言葉に迷った。 そんな馬鹿なと思いながら、篠川教授の呪いの話が頭から離れない。 ――いや
last updateLast Updated : 2026-08-21
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人形編 24.再会

「佐川は――ノイローゼだったんです」 何度も繰り返される質問に、何度も同じ答えをしてきたのだろう。疲れ切った顔で山科が言った。「人形が追いかけて来るなんてありえない話です」 山科は首を横に振ると、吐き捨てるように言った。 亨は山科が最後に佐川とした会話をもう一度確認していた。 友人が目の前で飛び降りたのに、最後に会っていたのが自分と言うだけで何度も事情を聞かれて、忘れたくても忘れさせてもらえないのだろう。 山科はかなり荒んだ表情をしていた。 無理もない。 亨は仕方がないとはいえ、山科に同情した。 亨も警察になったばかりの頃、事故処理に立ち上がって一部を肉塊と化した死体を見た時はしばらく何も食べられなかった事がある。 亨の場合は仕事だからと割り切る事が出来たが、ただの学生である山科にはきついだろう。 唯一の救いは昏睡状態とは言え、佐川が死んでいない事だろうか。「辛いかもしれないけど、君が居合わせてすぐに救急車を呼んでくれたから、佐川君は助かったんだよ」 せめてもの慰めにと亨が言うと、山科は堰が壊れたように涙を流し出した。張り詰めていた糸が切れたのだろう。「俺――俺がもっとちゃんと話を聞いてやれば……面白半分で篠川教授の呪いの話なんてしなければ、あいつはあそこまで追い詰められなかったのかも知れない……」 泣き崩れる山科の肩に手を置くと、亨は「それでも、君がいたから彼は生きてる。過ぎた事を後悔するより、彼が意識を回復してまたフルートを演奏できるようになる事を祈ろう」と、声をかけた。「被害者の佐川良太にも会ってきましたが、かなり魂を喰われています――やはり付喪神で間違いないないかと」 亨は助手席で丸くなってタバコを吸っている御門に、調査の内容を報告した。「その匂いだと、付喪神になったのはやはり最近だな――今回はただ喰えばいいってわけにもいかなさそうだぜ」 亨の首筋に顔を近づけ、匂いを嗅いで御門は嬉しそうに言った。 御門には大方の目星はついているのだろうが、亨には全く分からない。 しかし、聞いたところではぐらかされて終わりなのだ。 経験の差――それだけでは説明できないものが御門にはあるのだろう。 しかし、それは御門はもちろん、東雲も、亨には比較的甘い如月でさえ絶対に教えてくれ
last updateLast Updated : 2026-08-21
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人形編 25.呼び出し

 まゆみからも話が聞きたいと、御門がまゆみのメッセージアプリのIDを聞き出すと、亨のスマホに登録した。 車に乗り込むなり、亨は御門に「なんで俺なんですか」と抗議した。「だってぇ。俺だと喰っちゃうじゃん。せっかくとーるちゃんの脱童貞の相手なのにダメでしょ」 御門は亨の足の上にスマホを投げて渡すと、ダッシュボードからタバコを取り出して、いつものように亨に渡した。 火をつけたタバコを御門に渡しながら、「童貞じゃないし依頼人の娘さんに手出しなんかしませんよ。人聞きの悪いことを言わないでください」と、御門を睨んだ。「だってホテルでタオル一枚の女目の前にしても、何も手だししなかったんでしょー?ないわー。俺だったら無理。すぐ喰っちゃう」「喰うとか酷い言い方はやめてください」「えー。だって俺にとっちゃ女は喰いもんだもん」 女性の敵め――亨はハンドルを持つ手に無意識に力が入った。「何度も言いますけど、僕は誰でもいいってわけじゃないんです。ちゃんとお付き合いをして、お互いが合意の上でないと嫌なんです」「付き合わなくても合意ならいいじゃん」 御門が楽しそうにタバコの煙を吐き出すと、亨の足の上に投げ出されたスマホが小さく震えた。 信号で止まった時に画面を確認すると、まゆみの名前が表示されていた。「ごめんね。呼び出して」 2日後、まゆみからメッセージアプリで呼び出された亨は、繁華街のバーに赴いた。 まゆみは今日も体のラインを強調するようなカットソーに、美脚も露わなミニスカートで亨を待っていた。 周囲にはナンパだろうか、カウンターに座っていたまゆみに話しかけていたらしい大学生くらいの男達が3人いたが、亨を見るとそそくさと傍を離れた。「お友達――ではないですよね」 男達の背中を見送りながら亨が尋ねると、まゆみは笑って「ないない」と言った。 そして、慣れた手つきで亨の腕に自分の腕を絡ませてると、店の奥の半個室になっている席へ案内した。 腕を組まれた瞬間、亨は思わず顔が赤らむのを自覚したが、幸い店内は薄暗く、まゆみには気付かれなかった。  御門が連れて帰る女達は、5人に3人の割合で亨にも色目を使うし、先日のように体を押し付けてくるどころか、押し倒されそうになる事も多々あった。 そんな生活を送っているのだから、女性が密着する事には
last updateLast Updated : 2026-08-21
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人形編 26.帰宅

『あの者を一人で行かせて良かったのか』 久しぶりに御門の中から真神が姿を現し、気持ちよさげに伸びをしている。「いやお前伸びなんかしても意味ないだろ。霊体なんだから」『気分と言うものがある』 御門のツッコミを軽くいなして真神が言うと、御門は「霊力の無駄使いなんだから出てくんなよ」と呟いた。『お前を見ていると、あの者が大事なのか違うのかよくわからんな』 真神の言葉に御門はゆっくりと立ち上がると、部屋を出てリビングに向かった。 リビングではミケさんが真神を見るや、毛を逆立てて威嚇している。「ほらほらミケさん。喰われたくなかったらどっか行っちゃってよ」『霊力の足しになろうとも、猫など喰っては腹を壊すわ』 ソファの横に腰を下ろすと、長い尻尾でミケさんを払って転ばし、ミケさんもまたその尻尾に嚙みつこうと追いかける――じゃれあって遊んでいるようにしか見えない光景を、御門はキッチンの換気扇の下でタバコに火をつけながら眺めていた。 ――どう見ても犬と猫だろ。あんなもんが神とか日本おかしすぎるだろ。 タバコを一本吸い終わる頃には、ミケさんも飽きたのか姿を消しており、真神はその大きな体をリビングの床にのびのびと伸ばして寛いでいた。「とーるちゃんが付けて帰ってきたあの匂い。人形と同じ霊力を感じた」 ソファに腰掛けて御門が言うと、真神は片目だけを開けて御門を見た。「それだけじゃない。あの娘もだし篠川の夫婦もだ」 家族だから匂いが付くのは当然と言えば当然だが、何か腑に落ちないと言った様子で、御門はソファに体を埋もれさせた。 真神の姿が御門の中に消えるのを見て、御門は亨の帰宅を察した。 亨が出て行って2時間ほどしか経っていない。御門はニヤリと笑って「お帰り」とリビングに入ってきた亨に声をかけた。「その様子じゃ今日も童貞は捨ててない感じだねぇ」 御門の揶揄いにも反応せず、亨は呆然とした様子で部屋に入ろうとして、御門に抱き止められた。「ちょっと、無視とか酷くない?」「――あ、御門さん。すみません。僕――今日はそっとしておいてください」 そう言うと、亨は御門の腕をそっと解いて自室に入ってしまった。 いつもの亨ではないことは、御門でなくてもわかる。 ――童貞は捨ててはないけど……軽く喰われたか。 御門は亨に沁みつい
last updateLast Updated : 2026-08-21
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人形編 27.大見得の顛末

 篠川まゆみの物心がついた頃から、両親は3歳年上の姉にかかりきりだった。 入退院を繰り返していた姉が家にいる事は少なく、家にいる時はもちろん、入院中はずっと母が付き添っていた。 父は世界中を飛び回る音楽家だったので滅多に家にはおらず、まゆみの世話は母の妹が見てくれていた。  フリーランスのイラストレーターだった叔母は母より7歳年下だったこともあり、姉のような存在で、いつもまゆみの事を気に掛けてくれていた。 暁の容態が悪くなったのがまゆみの誕生日だった日も、叔母は「お母さんには内緒だよ」と、こっそりまゆみを連れてケーキを食べに連れて行ってくれた。 まゆみが7歳になった年に、姉の心臓に欠陥が見つかったと聞かされた。 元気な時は一緒に遊ぶこともできていた姉は、少し動くと息が切れるようになり、やがて部屋から出てこれなくなった。 いつ容体が悪くなるかわからないと、父はオーケストラを辞め、大学で音楽を教えるこになったと聞かされた。 両親がずっと日本にいる事に喜んだまゆみだが、両親は相変わらず姉につきっきりだった。 そんな時、叔母に雑誌のキッズモデルをやらないかと勧められた。 子供の頃から可愛い顔をしていたまゆみは、すぐに採用され、初めて載った雑誌を姉に見せると、姉は自分の事のように喜んだ。 姉とまゆみは生まれた年は違うが、瓜二つだった為、「自分がモデルになったみたい」と喜んでいた。 だからだろうか。両親もまゆみがモデルを続けることを認めていた。 まゆみが10歳になった時、父と一緒に演奏がしたいからピアノを習いたいと願い出た。 それを聞いた母は、烈火の如く怒り、まゆみをぶった。「お姉ちゃんがやりたい事も出来ないのに、なんであんたは我慢ができないの」 その言葉にまゆみは傷つき、悲しんだ。 しかし、姉は「私が何も出来ない分、まゆみがいっぱいやってほしいの」と、母に願い出た。 自分と同じ顔のまゆみが元気に笑っていると、自分も元気になるのだと。だから、まゆみを叱らないでほしいという言葉で、まゆみは自由を手に入れた。 そして、毎日姉の部屋で今日あった事を話して聞かせ、姉のやりたい事を聞いてはそれをやって見せた。 そんなまゆみを姉はいつも微笑んで見ていた。 姉が亡くなったのはまゆみが17歳の時だった。 何度も手術を繰り返した姉は、遂
last updateLast Updated : 2026-08-21
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人形編 28.告白

 次の日の朝、部屋から出てきた亨は死人のような顔色だった。 それでも、毎朝のルーティーンをしっかりとこなす辺り、生真面目な亨らしいと御門は思っていた。 しかし、真面目過ぎるのが仇となったのが今朝だった。 集中力を欠いていたのだろう。シャワーを浴びて、出てきた亨だが、バスマットに足を取られて転んでしまった。「あーあ。こりゃ今日は家でじっとしてろよ」 亨の転んだ音を聞いて様子を見に来た御門は、亨が裸で洗面所の床に這いつくばっている姿を見て、ひとしきり大笑いした後、腫れた足首に湿布を貼ってやると、そう言った。「運転くらいはできますよ」「やめとけやめとけ。今日は如月か東雲に頼むわ」 御門は確かめたいことがある為、篠川家に行く予定をしていたのだと、手当を受けながら聞いていたので、亨は内心安堵の溜息をついた。 バスローブを羽織り、御門に肩を借りてリビングまで行くと、御門はキッチンでごそごそと何かをしながらスマホを取り出して誰かと話している。 通話を終えると、氷嚢を持って来て亨に渡し「不本意ながら東雲と行って来るわ」と言葉通り不本意そうな顔で告げると、自室に引き返した。 亨は氷嚢で足首を冷やすと、心の中で東雲に感謝しつつ、御門に謝った。 だが、これで今日はまゆみに会わないですむ。 亨はいつの間にか隣に来ていたミケさんを撫でると、深いため息をついた。 小一時間程して東雲が迎えに来たのか、御門は厚手のコートを羽織って出かけて行った。 アイシングが効いたのか、痛みもかなりマシになったので、自室に戻るとバスローブのままベッドに潜り込み布団を被った。 昨日はまともに眠れていない。 亨は、着替えるのも億劫なほど疲れていた。 御門には申し訳ないが、少し眠らせてもらおう。 目を閉じるとまゆみが浮かぶ。そして唇に昨日の感触が蘇る――やばい。これは本当に重症だ。 亨は深いため息をつくと、ゆっくりと眠りに落ちた。 疲れすぎていたのか、自分がバスローブのままなのに気が付いていなかった。 どのくらい眠ったのかわからなかったが、目が覚めると頭がすっきりしていた。「あ、起きた?」 聞き覚えのある女性の声がして、体を起こすとまゆみがベッドの傍に座っていた。「なん――なんで」「大和さんがね、『とーるちゃんが滑
last updateLast Updated : 2026-08-21
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