ストレッチャーを追うように、私の魂は病室を抜け出していく。廊下の蛍光灯が放つ無機質な白さが、シーツの下に横たわる体の冷たさを際立たせる。タイルの継ぎ目を車輪が乗り越えるたび、規則的な軽い振動が響く。垂れ下がった手も、それに合わせてゆらゆらと揺れている。シーツの中へしまおうと手を伸ばしても、指は空しく自分の手首をすり抜けるばかりだ。病室の入り口に立つ研嗣は、しばらくその光景を眺めていた。視線が薬指の指輪に止まると、ふっと低く笑う。「よく似てるな」そのあと、怜花の点滴のチューブを整えながら、どこか甘やかすような声音で呟く。「安奈が、こんなことで俺を驚かせるはずない。俺に嫌がらせするにしても、こんな縁起でもないことまでしないだろ」見えていなかったわけではない。ただ研嗣は、私が自分を置いて死ぬはずなどないと、信じ切っているだけなのだ。病室のドアが閉まる。外に取り残された私は、透明になった自分の手を見下ろす。処置の時に貼られた電極パッドの焼けるような痛みがまだ皮膚に残っている気がする。けれど、もう胸の奥が痛むことはない。研嗣はもう一度私にメッセージを送る。【雨降ってきたから傘忘れるなよ。風邪ひくぞ】雨に濡れるとすぐ熱を出すことも、喧嘩をしたあと、雨の中に私を長く一人でいさせてはいけないことも、研嗣は、ちゃんと覚えている。たった一行のメッセージに、私は危うく、地下一階へ運ばれていく自分の体のことを忘れそうになる。研嗣は私に電話をかけている。遺品袋に収められたスマホが、どこかで鳴り響く。誰も電話に出ないまま切れると、今度はボイスメッセージを送る。「わがままにもほどがある。もう怒ってないから、上着持ってきてくれ」その声は、驚くほど優しかった。私たちが付き合って10年を迎えた記念日の夜と、まったく同じ声だ。あの日は突然停電して、暗闇が苦手な私は思わず体をこわばらせた。研嗣は何も言わず、私を自分の膝の上に抱き上げ、スマホのライトで部屋を照らしてくれた。そして、私の額にキスを落とした。「お前は俺の一番大事な存在だ。病気になるどころか、少しでもケガをしたら、俺はきっと耐えられない」大袈裟だと笑う私を強く抱きしめ、絶対に嘘はつかないと研嗣は誓った。なのに今、私がもうこの世にいないことも知らず、彼は別の
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