All Chapters of 8度目の入籍失敗、別の人と結婚: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

「礼人は、あなたのことが好きなのかしらね……でも、あなたを一番大切にしてはくれなかった」ツンと、目頭が熱くなった。「お母さん、私って……すごく惨めなのかな」母はすぐに水道の蛇口をキュッと止め、私の手をぎゅっと握りしめた。「違うわ。あなたがようやく、目を覚ましただけよ」……実家を出ようとした時、航平はベランダに立って電話をしていた。声はとても低かった。「ああ、入籍したよ。後悔はない。あとのことはこっちでやる」彼は私の足音に気づくと、振り返って私を見た。「もう帰る?」私は頷いた。両親は本当は私を引き留めたかったのだと思う。けれど、分かっていた。いつまでも実家に逃げ込んでいるわけにはいかないと。私と航平はもう結婚した。どんなに突然の出来事であっても、それは紛れもない現実なのだから。車が航平のマンションに着いた時、私はようやく少し緊張し始めた。彼はそれを見透かしたようだった。「君は主寝室を使って。僕はゲストルームで寝るから」私は少し戸惑った。「でも、ここはあなたの家なのに」彼は言った。「今は、君の家でもある。だけど、無理はしなくていいんだよ」彼は鍵の束を私の手に持たせた。「茉央。君を妻にしたのは、どさくさに紛れてつけ込むためじゃない。君が、安心して息をつける場所を作りたかったんだ」私は鍵を握りしめた。胸の奥がぎゅっと締め付けられた。夜、シャワーを浴び終えて、ベッドの端に座ってぼんやりしていると、スマホが絶え間なく震え続けた。すべて、礼人からのメッセージだった。【茉央、電話に出てくれ】【お前が怒ってるのは分かってる】【今日は俺が悪かった】【航平と一緒に暮らすなんて、本気じゃないよな?】【明日、会いに行くから】私は一つも返信しなかった。電源を切ろうとしたその瞬間、もう一件メッセージがポップアップした。莉乃からだった。【茉央、ごめんなさい。あなたがこんなに衝動的なことをするなんて、思わなかったの。礼人、今すごく辛そうだよ。お酒をたくさん飲んでて。ちょっとでいいから、様子を見に来てあげられない?】私はその数行の文字を見つめて、ふっと笑みをこぼした。以前なら、彼女にこう言われただけで、私は必ず駆けつけていた。礼人が苦しむのが怖かったから。飲み過ぎて体
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第12話

航平が私に視線を向けた。私はインターホンの前へ歩み寄り、受話器に向かって言った。「私が自分で決めたの」礼人が、凍りついたように動きを止めた。モニター越しでも、彼のみっともない狼狽えぶりが手に取るように分かった。「茉央、お前が好きだった朝食、買ってきたんだぞ」私は淡々と答えた。「もう、好きじゃないの」礼人はごくりと唾を飲み込んだ。「……なら、降りてきてくれ。少し話そう」「話って?あなたと莉乃の、ブレスレットの話?」彼の顔からさっと血の気が引いた。「昨日のは俺が最低だった。『次は』なんて言うべきじゃなかった。でもあの時は本当に、時間が間に合わないと思ったんだ」私はふっと笑みをこぼした。「間に合わなかったのは私のせいじゃないわ。あなたがずっと、彼女を待っていたからよ」礼人は声を荒らげて弁明した。「お前を傷つけるつもりなんてなかったんだ!俺はただ、莉乃の世話を焼くのが癖になってただけで……彼女は昔から不安になりやすい子だから。一緒に育ってきた手前、放っておけないんだよ」聞き飽きた言い訳に、吐き気がこみ上げてくる。「だったら、これからもずっと彼女の面倒を見てあげればいい。私は身を引くから」彼は即座に声を張り上げた。「ダメだ!茉央、俺を捨てるなんて言わないでくれ」このセリフは、昔も聞いたことがあった。喧嘩をするたび、彼にそう言われると、私は決まってほだされてしまっていたのだ。けれど、今回は違う。私はただ静かに言い放った。「礼人。人は、何もかも手に入れることなんてできないのよ。私にはずっと待つことを強いて、その上莉乃のことも受け入れろだなんて、一体、何様のつもり?」インターホンの向こうは、長いこと沈黙した。やがて、彼が低い声で呟く。「俺と莉乃の間には、やましいことなんて何もない」私は画面越しの彼を見据えた。「ええ、知ってるわ。でもそれは、あなたが私を裏切らなかったという証明にはならない」精神的な偏愛は、肉体的な裏切りよりもずっと人をすり減らす。目に見える証拠がない分、確実に人の心を削り、少しずつ空っぽにしてしまうから。言い捨てて、私は通話を切った。航平が朝食をテーブルに運んでくる。湯気を立てるお味噌汁の隣には、丁寧に焼かれたふっくらとした出汁巻き卵が添えられてい
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第13話

怒りを通り越して、滑稽にさえ思えた。私は昨日、他の人と結婚したばかりだ。なのに今日、彼は私に、自分の幼馴染へ謝れと要求している。私は尋ねた。「どうして私が謝らなきゃいけないの?」莉乃は弱々しく彼の袖を掴んだ。「礼人、もう言わないで……茉央が私のこと嫌いなのは、分かってるから……」礼人はひどく痛ましそうに彼女を見下ろした。「お前はこんなに苦しんでるのに、まだ茉央を庇うのか?」私はついに堪えきれず、声を上げて笑ってしまった。「礼人、あなた忘れてない?私はもう、結婚しているのよ。別の女を抱きかかえて私の職場に乗り込んできて、その女に謝れだなんて。正気の沙汰だと思ってるの?」周囲にいる同僚たちの見る目が、一瞬にして変わった。礼人もようやく事の異常さに気づいたらしい。彼の顔に、サッとバツの悪そうな色が浮かんだ。「俺はただ……」「あなたはただ、いつだって真っ先に彼女を庇うだけでしょう」私は彼の言葉を冷たく遮った。「でもこれからは、もう私の目の前でその茶番を見せないでちょうだい」言い捨てた直後、背後から聞き慣れた穏やかな声が響いた。「茉央」航平が歩み寄ってくる。彼の手には、私の上着が握られていた。「仕事、終わった?」私は少し驚いた。「どうしてここに?」「君を迎えに来たんだ」そう言ってから、彼は礼人の腕の中にいる莉乃へと視線を向けた。その眼差しはひどく冷ややかだった。「佐伯さん。急患をお運びになりたいのでしたら、病院はここを出て右に300メートル先にあります。僕の妻の帰り道を塞がないでいただけますか」周囲で、誰かが堪えきれずに吹き出す音が聞こえた。礼人の顔が青筋を立てて引きつる。莉乃の目には一瞬、毒々しい憎悪の色が走った。だがすぐに、またか弱そうに顔を伏せた。私はそれを見逃さなかった。そして、はっきりと確信した。彼女は決して、無実の被害者なんかじゃないと。……あの日以来、礼人は頻繁に私の前に姿を現すようになった。朝には花束を届け、昼にはランチの差し入れを持ち込み、夜には会社のビルの前で私を待つ。彼がかつて「面倒くさい」とやらなかったことを一つ一つ、穴埋めするかのようにやり始めた。私が昔言った「クチナシの花が好き」という言葉のために、車のトランクをクチナシの花で
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第14話

礼人の体は、殴られたかのように大きくよろめいた。航平が私の手から買い物袋を受け取り、低い声で尋ねた。「……行こうか?」私は頷いた。だが、礼人が突然車のドアに立ちはだかった。彼は航平を険しい目で睨みつけた。「お前、一体茉央に何を吹き込んだんだ!彼女が俺にこんな態度を取るはずがない!」航平は荷物をトランクにしまいながら、変わらず穏やかな口調で返した。「佐伯さん。あなたは未だに理解していないようですね。彼女がこうなったのは、僕のせいではありません。あなた自身のせいですよ」礼人は拳を強く握りしめた。「黙れ!」航平は彼を静かに見据える。「7年間も彼女を傷つけ続けておきながら、今さら許してくれないからと彼女を責めるのですか。あなたの言う『愛』とやらはずいぶんと安っぽいですね」逆上した礼人が、いきなり航平に殴りかかった。私は思わず息を呑んだ。航平は身をよじって避けたが、それでも拳は彼の口角を掠め、すぐに血が滲み出した。私は頭に血が上り、咄嗟に駆け出して航平の前に立ちはだかった。「礼人!あなた、狂ったの!?」私が航平を庇う姿を見て、礼人はまるで雷に打たれたように硬直した。「あいつを、庇うのか……茉央、お前……こいつのために俺を怒鳴るのか?」私は怒りで全身を震わせて叫んだ。「彼は私の夫よ!彼を庇わなくて、あなたを庇うとでも言うの!?」礼人の顔から、完全に血の気が引いた。私はスマホを取り出した。「これ以上手を出すなら、警察を呼ぶわよ」彼は信じられないという目で私を見つめた。「俺を警察に突き出すって言うのか?」私は冷たく言い放った。「これ以上つきまとうなら、同じように通報するわ」航平が私の肩にそっと手を置いた。「怒らないで」彼の口角からはまだ血が流れているのに、真っ先に私を慰めてくれた。胸が締め付けられるように痛んだ。私は彼の手を引いて車に乗り込んだ。もう二度と礼人の方を見なかった。車が走り出した時、ルームミラーの中に、一人その場に立ち尽くす礼人の姿が映った。礼人の手からネックレスの箱がこぼれ落ちる。まるで、彼の遅すぎた愛情が、ようやく地に堕ちたかのように。……帰宅後、私は救急箱を取り出し、航平の傷の手当てをした。ソファに座る彼は、驚くほど静かだった。私
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第15話

四枚目。【あの二人が籍さえ入れなければ、私にもまだチャンスはある】莉乃は顔面を蒼白にし、必死に首を横に振った。「違う、違うの。こんなの嘘よ。誰かが私を陥れようとしてるんだわ」礼人はその傍らに立ち、目を真っ赤に血走らせていた。まるで、今この瞬間に初めて彼女の本当の姿を知ったかのように、まじまじと見つめている。「莉乃。これ、本当にお前が送ったメッセージなのか?」莉乃は泣きじゃくりながら彼にすがりついた。「礼人、お願い、説明させて。私、あの時はすごく怖かったの。あなたが結婚したら、もう私のことなんて見捨てちゃうんじゃないかって。茉央をわざと傷つけるつもりなんてなかったの」礼人はまるで思い切り頬を張られたかのように、よろめいて後ずさった。「じゃあ、あの7回は……全部、お前がわざとやったのか?」莉乃は息も絶え絶えに泣きじゃくった。「だって私、あなたのことが好きなんだもん!昔からずっと好きだったの!あなたが彼女と付き合って、プロポーズするのを見て、本当に耐えられなかったの。礼人だって、私のこと見捨てられなかったじゃない!」その言葉が落ちた瞬間、礼人は完全に凍りついた。そうだ。彼女が何度もこんな真似をできたのは、彼がそのたびに、彼女を選んできたからに他ならない。私はドアの前に立ち尽くしていた。想像していたほどの怒りは湧かず、ただただ滑稽に思えた。私がこの7年間噛み殺してきた悔しさは、彼らにしてみれば、片方は「絶対に見捨てられない」という慢心であり、もう片方は「無自覚な甘やかし」でしかなかったのだ。礼人がゆっくりと私の方を見た。「茉央……」彼の声はひどく震えていた。「俺は知らなかった。あいつがわざとやってたなんて、本当に知らなかったんだ」私はこくりと頷いた。「ええ、あなたは知らなかったわ。でも、私が毎回待たされていたことは、知っていたはずよ」彼は喉を締め付けられたように、一言も発することができなくなった。私は歩み寄り、テーブルの上のスクリーンショットを手に取った。一枚一枚目を通し、そして静かに置く。「これを調べたのは誰?」父が航平の方を見た。「航平くんが調べてくれたんだ」私はハッとした。航平が私の手をきゅっと握る。「ご両親に知ってほしかっただけだよ。君がわけもなく理不尽に騒ぎ立ててい
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第16話

莉乃は泣きながら首を横に振った。「私を見捨てるなんて絶対ダメよ。私を『部外者じゃない』って、そう言ったじゃない!」礼人の顔から、さーっと血の気が引いた。それこそが、あの日役所で、彼自身が口にした言葉だった。そして、その言葉こそが、私を完全に突き放した決定打だったのだ。過去の自分の残酷な言葉が、そっくりそのまま自分の心臓を貫く痛みを、彼はようやく味わった。けれど、私はもうかつて彼を待っていた場所にはいない。航平が私の手を引いた。「行こう」私が頷くと、礼人は慌てて私の前に立ち塞がった。「茉央、もう一度だけチャンスをくれ」私は彼を見据えた。「礼人。私があなたにあげるチャンスなんて、もうとっくの昔に使い果たしたわ」そう言い残すと、私は彼の脇を通り過ぎた。立ち止まることも、振り返ることもなかった。……あの日を境に、礼人は本当に莉乃との関係を絶ったらしい。彩音から聞いた話によると、彼は莉乃を佐伯家の会社から異動させ、すべての連絡先を消去し、彼女から贈られたものまで全部捨てたそうだ。莉乃が彼の家の前で泣き叫んでも、彼は決してドアを開けなかった。彼女が会社へ押しかけても、警備員に追い出させた。彼女はみっともないほど騒ぎ立てた。最後にはSNSで長文を投稿し、自分はただ愛する人を間違えただけだの、私が彼女と礼人の20年の絆を壊しただのと被害者ぶった。しかし、もう誰も彼女の言葉を信じなかった。なぜなら、航平がすでにそれらの証拠を弁護士に提出していたからだ。莉乃はそれ以上騒ぐ度胸もなくなり、逃げるようにひっそりとこの街から去っていった。そして、礼人にとっての地獄のような後悔の日々は、まだ始まったばかりだったのだ。彼は毎日、私宛にメールを送ってくるようになった。日に日に長文になっていくそれは、私たちが初めて出会った日のことから綴られていた。大学1年の夏合宿で私が熱中症になった時、彼が私を医務室までおんぶしてくれたこと。初めてのデートで、彼が緊張のあまり映画のチケットを買い間違えたこと。プロポーズの夜、彼もまた本気で私と結婚したいと思っていたこと。私はメールアドレスを受信拒否にはしなかったが、返信もしなかった。それらのメールは、遅すぎた懺悔のようだった。けれど、私にはもう必要ない。
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第17話

私は振り返って、航平をちらりと見た。彼は私の代わりに答えようとはしなかった。ただ静かにそこに佇み、私の方へと傘を傾けてくれている。そのせいで、彼の片側の肩はすっかり雨に濡れてしまっていた。私の心は、ふいに柔らかく解けていった。私は言った。「私は今、彼を愛そうと努力しているところよ。それに、これだけは確かなことだけど、私はもう、あなたを愛してないわ」礼人は、全身から完全に力が抜け落ちたようだった。手から指輪のケースを取り落とし、それは冷たい雨水の中へと転がっていく。彼は身をかがめて拾おうとしたが、指先が激しく震えていて、何度やっても拾い上げることができなかった。昔の私なら、こんな彼を見れば間違いなく胸を痛めていたはずだ。けれど今はただ、こう思うだけだった。人は誰しも、自分の選択の代償を払わなければならないのだと。私は彼を避け、航平と一緒に車に乗り込んだ。ドアが閉まる直前、礼人がふいに私を呼んだ。「茉央!」振り返ると、彼は雨の中に立ち尽くしていた。ひどく惨めで、絶望しきった顔で。「もし時間を巻き戻せるなら……俺は絶対に、お前とあの役所に入って籍を入れてた」私は彼を見つめ、静かに答えた。「でも、時間は巻き戻らないわ」ドアが閉まる。航平がタオルを差し出してくれた。私が手についた雨水を拭き取っていると、彼は不意に尋ねた。「悲しい?」私は首を振った。「悲しいわけじゃないの。ただ……昔の自分が、なんだか可哀想だなって」航平が私の手をそっと握った。「これからは、もうそんな思いはさせない」雨に濡れた彼の肩を見つめていると、胸の奥がじんわりと温かくなった。「どうしていつも、私の方にばかり傘を傾けるの?」彼はふっと微笑んだ。「癖だよ」私は彼に身を寄せ、タオルで彼の肩を拭いてあげた。ごく軽い手つきで。航平はビクッと体をこわばらせ、その耳の先がみるみるうちに赤く染まっていった。私はたまらず吹き出した。「航平。耳、真っ赤よ」彼はプイッと顔を背けた。「……赤くない」私は初めて知った。結婚というものが、こんなにも穏やかで心安らぐものになり得るのだということを。ひたすら待ち続けることでも、言い争うことでも、自分を押し殺して耐え忍ぶことでもない。ただ誰かが自分に傘を差し掛けてくれ
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第18話

病が治った後、私は少しずつ、この結婚生活に向き合い始めた。航平と一緒にスーパーへ行き、一緒にご飯を作り、一緒にカーテンを選び、週末は一緒にソファで丸まって映画を見た。彼は気の利いた甘い言葉など口にしないけれど、どんな些細なことでも完璧にこなしてくれた。残業で遅くなった夜は、会社のビルまで夜食を届けてくれた。私がふと「焼き芋が食べたい」とこぼせば、街を半周してでも買ってきてくれた。生理痛でお腹が痛む時は、言われずとも痛み止めを用意してくれた。彼は、いつになったら自分を愛してくれるのかと問うこともなく、見返りを急かすことも決してなかった。ただ静かに私のそばに寄り添い、ズタズタに砕け散っていた私の安心感を一つ一つ、丁寧に拾い集めて繋ぎ合わせてくれた。一方で、礼人はというと、相変わらず私の生活のあちこちに姿を現していた。ある時のこと。私と航平はウェディングフォトの前撮りに出かけた。スタジオの入り口に礼人が立っていた。彼の手には、一束のクチナシの花が握りしめられている。ウェディングドレス姿で出てきた私を見て、彼は全身を硬直させた。そのドレスはとてもシンプルなものだった。シルクサテン生地の、長袖のデザイン。航平が一緒に選んでくれたものだ。彼は言った。「これを着た君は、まるで月明かりみたいだ」私は「キザね」と笑った。彼はその後ずっと、照れて耳を真っ赤にしていた。礼人は私を見つめていた。その目は恐ろしいほど血走っている。「本当に……あいつと結婚式を挙げるのか?」私は頷いた。「ええ」彼はごくりと生唾を飲み込んだ。「じゃあ、俺たちの結婚式はどうなるんだよ?」私は滑稽に思い、笑いそうになった。「私たちに結婚式なんてないわ。礼人、私たちは籍さえ入れられなかったじゃない」彼は顔面を蒼白にした。「でも、俺はプロポーズしただろ。お前も『はい』って言ってくれたじゃないか?俺だって……もう十分に後悔したんだ」私は彼を冷ややかに見据えた。「後悔は消しゴムじゃないのよ。つけてしまった傷は、二度と消せないわ」スタジオの奥からカメラマンの声が響いた。「新郎新婦様、ご準備をお願いします」航平が出てきた。礼人の姿を認めると、かすかに眉をひそめる。私は自ら彼に歩み寄り、その腕にそっと自分の腕を絡めた。「
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第19話

そこに写っていたのは、彼にペットボトルの水を差し出しながら、満面の笑みを浮かべる私の姿だった。二枚目は初めて二人で行った旅行の写真。彼の肩にこてんと頭をもたせかけて眠っている。三枚目はプロポーズの日。私は目を真っ赤に腫らして泣いていた。それらの写真は、古びたナイフのようだった。かつてほどの鋭さはないけれど、それでも傷跡の痛みを呼び覚ますには十分だ。礼人は声を詰まらせた。「茉央……俺、昔は本当に幸せだったんだ。ただ、俺は分かってなかった。お前が俺から離れていくわけないって、ずっと高を括ってたんだ。機嫌をとればなんとかなるって、そう思ってた……俺は、取り返しのつかない間違いを犯したんだ」私はアルバムを見つめ、長い沈黙の後に口を開いた。「礼人。あなたが幸せだった時、私は幸せじゃなかったの」彼は呆然と固まった。私は続けた。「あなたは私がいつまでも待つと思ってたわね。でも、私があなたを待つたびに、少しずつ、少しずつ失望していったの。7年という月日は、ある日突然終わったわけじゃない。毎日の積み重ねの中で、日々終わりに向かっていたのよ」彼の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。「じゃあ……ほんの少しも、名残惜しいとは思わなかったのか?」私は嘘をつかなかった。「あったわ。あの役所に行く日までは、ずっと手放したくなかった」彼の瞳に、すがりつくような微かな光が灯る。しかし、私の次の一言がそれを容赦なく踏み消した。「でも、あの日を境に、きれいさっぱり消えたわ」彼は完全に打ちのめされたように、がっくりと背中を丸めた。「……俺の負けだ」私は言った。「航平に負けたんじゃないわ。あなたは、あなた自身に負けたのよ」礼人が帰った後、テーブルにはアルバムが置かれたままだった。私はそれを持って帰ることはしなかった。後になって聞いた話では、彼は3日間部屋に引きこもり、誰とも会おうとしなかったらしい。礼人の母から電話がかかってきた。泣き出しそうな声だった。「茉央ちゃん、礼人があなたに酷いことをしたのは分かってるわ。でも、あの子も今は本当に反省しているの。お願い、一度だけでいいからあの子に会ってやってくれない?」私はスマホを握りしめ、ひどく穏やかな声で答えた。「おばさん。彼が苦しいなら、お医者さんに診てもらってく
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第20話

「もう二度と、彼女を一人で待たせたりはしません。物分かりよく我慢させるようなこともしません。今日この日から、彼女のいる場所が僕の帰る家です」私の目から涙がこぼれ落ちた。牧師が私に問いかける。「あなたは柏木航平さんを夫とし、生涯愛することを誓いますか?」私は彼を見つめた。脳裏に、たくさんの情景がフラッシュバックする。役所の窓口が閉まる最後の1分前、彼が私に差し伸べてくれた手。車の中に用意されていたフラットシューズ。熱を出した夜に持ってきてくれた白湯。雨の中、私の方へと傾けられた傘。そして彼が事あるごとに、私に尋ねてくれた言葉。「……いいかな?」私はふっと、心からの笑みをこぼした。「はい、誓います」参列者たちから拍手が沸き起こる。波の音も、どこまでも優しかった。指輪の交換の時、参列者の最後列に、一人の姿があるのが見えた。礼人だった。彼は黒のスーツを着て、青白い顔をしていた。近づいてくることも、騒ぎ立てることもなく、ただ遠くから見つめている。私の指にリングがはめられた瞬間。彼はうつむき、その肩を小刻みに震わせた。私は動きを止めることも、心が揺らぐこともなかった。なぜなら、はっきりと分かっていたから。私は今、新しい生活へと歩みを進めている。過ぎ去った泥沼を、二度と振り返るわけにはいかないのだ。披露宴が終わり、お色直しのドレスから着替えて出てきた時、控室の入り口で礼人と鉢合わせた。彼の手には、一つの封筒が握りしめられている。「茉央」その声はとても弱々しかった。「邪魔しに来たわけじゃないんだ。ただ、これを渡したくて」私は受け取らなかった。「何、これ?」「……お祝いだよ」彼は自嘲気味に笑った。「それと、謝罪」航平は少し離れたところに立っていた。歩み寄ってくることはせず、私に選択権を委ねてくれている。私は結局、その封筒を受け取った。「ありがとう」礼人は私を見つめていた。その目はひどく赤く充血している。「今日のお前……すごく綺麗だったよ」私は答えた。「ありがとう」彼は長く沈黙した後、ぽつりと尋ねた。「彼は、お前を大事にしてくれてるか?」私は少し離れたところにいる航平へと視線を向けた。彼は私の母と穏やかに言葉を交わしている。その腕には、私が冷えないようにと、私のシ
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