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8度目の入籍失敗、別の人と結婚

8度目の入籍失敗、別の人と結婚

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Language: Japanese
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役所の婚姻届の受付時間終了まで、あと15分。 私、白川茉央(しらかわ まお)と佐伯礼人(さえき あやと)はようやく駆け込んだ。 階段の下に集まっていた友人たちが、急かすように声をかけてくる。 「早く入りなよ!やっとこの日が来たね。8回目の正直でようやく入籍に間に合ったじゃない!」 親友の松本彩音(まつもと あやね)は目を潤ませながら、私のメイクを直してくれた。 入り口に向かおうとした途端、突然、後ろの車の後部座席から礼人の幼馴染である桜井莉乃(さくらい りの)の声が聞こえた。 「ちょっと待って、お守りの組紐ブレスレットが切れちゃったの。編み直さなきゃ」 礼人は立ち止まってこう言った。 「分かった。急がなくていい」 莉乃はうつむいて紐を整えながら、私に向かって笑みを浮かべた。 「茉央、焦らないで。すぐに編み直すから。これ、あなたたちの結婚生活がうまくいくようにって、私が特別に用意した開運のブレスレットなんだよ」 そう言うと、彼女はごく自然な動作でスマートフォンを礼人に差し出した。 「ちょっと持ってて」 礼人はそれを受け取った。 その場が急に静まり返った。 ついさっきまで囃し立てていた友人たちも、皆顔色を変えた。 私は彼を見た。「礼人、役所の窓口は17時で受付終了なの。今入れば、ちょうど間に合うわ」 礼人は眉をひそめた。「俺はもうここに来てるんだ。数分くらい待っても変わらないだろ」 車のそばに立ち、莉乃がブレスレットを編み直すのを待っている彼を見て、私はふと笑みがこぼれた。 うつむいてスマートフォンを取り出し、ある番号にメッセージを送った。 【8回目の入籍もダメなら、自分も候補に入れてって言ってたわよね?17時までに、役所に来て】

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Chapter 1

第1話

メッセージを送信すると、スマートフォンはすぐに振動した。

相手からの返信は、たった一言だった。

【わかった】

私はその文字をしばし見つめてから、画面をロックした。

役所の入り口にある電光掲示板の時計が、ちょうど16時46分に切り替わった。

業務終了まで、残りわずか14分。

彩音が焦り出した。「茉央、これ以上は引き延ばせないよ。前回のことを忘れたの?あんたが冷たい木枯らしの中で丸1日待たされて、最後はあと5分のところでシステムが締め切られて、入籍できなかったでしょ!

婚姻届の提出って、パッと出して済む話じゃないんだよ?書類の記入にも確認にも、すごく時間がかかるんだから!今入らないと、今日もまた無駄足になっちゃう」

そばにいた友人も一緒に説得し始めた。

「礼人、先に入れって。ブレスレットなんて後回しでいいだろ。入籍より大事なことなんてないはずだぞ」

入り口に立っていた警備員も、親切に注意してくれた。

「婚姻届を出される方は急いでください。窓口は17時きっかりに閉まります。システムが落ちたら、誰が来ても対応できませんよ」

その言葉が響き、周囲はさらに静まり返った。

皆が礼人を見つめていた。

しかし、彼はまだ車のそばに立ち、莉乃のスマートフォンを持ったままだった。

莉乃はうつむき、ほどけた組紐をのんびりと編んでいる。

「礼人、この結び方で合ってる?ちょっと見てくれる?」

礼人はうなずき、ただ一言答えた。「ああ、合ってる」

私は呆れのあまり、思わず声を上げて笑ってしまった。

「礼人、今日が何の日か本当に分かってるの?」

彼の顔に一瞬、罪悪感がよぎった。

「茉央、安心しろ。ちゃんと計算に入ってる、遅らせたりはしないから」

遅らせたりはしない?

しかし今日という日は、すでに彼と約束した8回目の入籍日なのだ。

1回目、私は3日前にメイクさんを予約し、完璧にメイクを済ませて彼を待っていた。

莉乃が突然胃痛を訴えた。彼は「莉乃を病院へ連れて行く」と言い出し、私との約束をあっさりとすっぽかした。

2回目、私が一人で書類を抱えて彼のところまで足を運び、役所で順番待ちの番号札まで取って待っていた。

莉乃は今度、家の電球が切れて暗いのが怖いと言い出した。

礼人は私に、また今度にしようと言った。

……

7回目、私はすべての書類を準備し、彼さえ来れば入籍できる状態だった。

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第1話
メッセージを送信すると、スマートフォンはすぐに振動した。相手からの返信は、たった一言だった。【わかった】私はその文字をしばし見つめてから、画面をロックした。役所の入り口にある電光掲示板の時計が、ちょうど16時46分に切り替わった。業務終了まで、残りわずか14分。彩音が焦り出した。「茉央、これ以上は引き延ばせないよ。前回のことを忘れたの?あんたが冷たい木枯らしの中で丸1日待たされて、最後はあと5分のところでシステムが締め切られて、入籍できなかったでしょ!婚姻届の提出って、パッと出して済む話じゃないんだよ?書類の記入にも確認にも、すごく時間がかかるんだから!今入らないと、今日もまた無駄足になっちゃう」そばにいた友人も一緒に説得し始めた。「礼人、先に入れって。ブレスレットなんて後回しでいいだろ。入籍より大事なことなんてないはずだぞ」入り口に立っていた警備員も、親切に注意してくれた。「婚姻届を出される方は急いでください。窓口は17時きっかりに閉まります。システムが落ちたら、誰が来ても対応できませんよ」その言葉が響き、周囲はさらに静まり返った。皆が礼人を見つめていた。しかし、彼はまだ車のそばに立ち、莉乃のスマートフォンを持ったままだった。莉乃はうつむき、ほどけた組紐をのんびりと編んでいる。「礼人、この結び方で合ってる?ちょっと見てくれる?」礼人はうなずき、ただ一言答えた。「ああ、合ってる」私は呆れのあまり、思わず声を上げて笑ってしまった。「礼人、今日が何の日か本当に分かってるの?」彼の顔に一瞬、罪悪感がよぎった。「茉央、安心しろ。ちゃんと計算に入ってる、遅らせたりはしないから」遅らせたりはしない?しかし今日という日は、すでに彼と約束した8回目の入籍日なのだ。1回目、私は3日前にメイクさんを予約し、完璧にメイクを済ませて彼を待っていた。莉乃が突然胃痛を訴えた。彼は「莉乃を病院へ連れて行く」と言い出し、私との約束をあっさりとすっぽかした。2回目、私が一人で書類を抱えて彼のところまで足を運び、役所で順番待ちの番号札まで取って待っていた。莉乃は今度、家の電球が切れて暗いのが怖いと言い出した。礼人は私に、また今度にしようと言った。……7回目、私はすべての書類を準備し、
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第2話
だが、莉乃の飼い猫がいなくなった。彼は午後ずっと、彼女に付き添って猫を探し回っていた。私たちが入籍しようとするたびに、莉乃には決まって何かしらのハプニングが起きた。そのせいで、私たちの入籍は礼人の手によって幾度となく先延ばしにされてきた。役所の入り口にある電光時計の数字が、カチリと変わった。16時48分。彩音は私の手首をぎゅっと掴んだ。「茉央、あと12分しかないよ。もう本当に待てないって!」私はうなずき、礼人へと視線を向けた。「礼人、今すぐ私と一緒に中へ入って」礼人はようやく顔を上げたが、私を見るその目には明らかな苛立ちが混じっていた。「茉央、いちいち急かさないでくれないか?間に合わせるって言っただろ。どうしてこの数分が待てないんだ?莉乃がブレスレットを編み直してくれてるのも、俺たちの結婚生活が順調にいくように願ってのことだろ。お前、少しは物分かりよくできないのか?」莉乃もそれに同調して口を挟む。「そうだよ、茉央。このブレスレットはね、私と礼人がわざわざ特別に用意したものなんだよ。あなたたちの結婚生活を守ってくれるんだから。今日いきなり切れちゃったのに、ちゃんと直さなかったせいで、万が一この先あなたたちの仲がこじれちゃったらどうするの?私も、あなたたちのために良かれと思ってやってるんだよ」彼女の口調は悪びれる様子もなく、まるで本気で私のことを思っているかのようだった。礼人もやれやれとため息をつき、ひどく呆れたような目で私を見た。「茉央、わがまま言うなよ」わがまま?その言葉を聞いて、私は思わず失笑した。要するに、彼の目には莉乃が全員を待たせてブレスレットを編むことは「わがまま」には映らず、私が入籍を急かすことだけが「わがまま」に映るらしい。役所の電光時計が再びカチリと変わった。16時49分。フロアの奥では、職員たちがすでに書類の整理を始め、退勤の準備に取り掛かっている。私は目を閉じ、深く息を吸い込んで波打つ感情を鎮めた。そして礼人を真っ直ぐに見据え、はっきりと言い放った。「礼人、今日の17時までに、私は絶対に入籍するから」礼人は眉間にしわを寄せ、いらだたしげな表情を浮かべた。突然、莉乃が「あっ」と小さく声を上げた。次の瞬間、組紐が再びほどけ、数粒のパワー
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第3話
礼人は莉乃をかばうように前に立ちふさがり、周囲の友人たちを睨みつけた。「もういいだろ。莉乃だって良かれと思ってやってるんだ。そうやって寄ってたかって責め立てるなよ」そして、私の方へ視線を向けた。「茉央、あと2分だけ待ってくれ。莉乃に紐を結び直させたら、すぐに中へ入って婚姻届を出そう」待つ、ですって?それを聞いて、私は思わず乾いた笑いを漏らした。「礼人、前回のことを覚えてる?」彼は一瞬、言葉に詰まった。私は構わず言葉を重ねた。「前回の交際5周年記念日、一緒に役所へ行く約束だったのに、あなたは『莉乃が低血糖で倒れたから、ロビーで10分待っててくれ』って言ったわよね。結局、私は窓口が閉まる時間まで待たされて、最後にあなたから来たメッセージは『彼女の具合が悪いから先に家まで送る。入籍はまた今度にしよう』だった」礼人はわずかに顔色を変え、弁解するように言った。「あの時は特殊な状況だったんだ。莉乃は本当に苦しそうだったから」私は静かにうなずいた。「じゃあ、私の誕生日の時は?莉乃が足を捻挫したからって、あなたが彼女を抱えて病院へ行って、私には役所で合流しようって待たせたわよね。バレンタインデーの時は、莉乃の元カレが騒ぎを起こしたからって、彼女が怯えてるから入籍は数日待ってくれって言った」私が事実を一つ口にするたびに、礼人の顔色はどんどん険しくなっていった。だが、莉乃は涙声で口を挟んできた。「茉央、そうやって昔のことを一つひとつ蒸し返して、私のことを責めてるの?でも、あれは全部ただのハプニングで、私にもどうしようもなかったんだよ……」私は彼女を見て、静かに首を横に振った。「あなたのことは責めてないわ」そう言ってから、うつむいてスマートフォンの画面に目を落とす。16時51分。役所の窓口が閉まるまで、残り9分。私は手元の書類をゆっくりとバッグにしまい、淡々と言った。「編んでていいわ。もう急かさないから。でも今日、私は絶対に入籍する」16時53分。両親から電話がかかってきた。電話口の母の声は、とても弾んでいた。「茉央、無事に入籍は終わった?お父さんと一緒にご馳走の準備もできたし、あなたのおじさんたちももうすぐ着くわ。二人が帰ってきてお祝いするのを待ってるからね」その言葉を聞
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第4話
莉乃の声はか細く、いかにも不憫そうで、まるで全員から寄ってたかって虐げられている被害者のようだった。礼人は即座に眉をひそめた。「莉乃、そんなこと言うな」そしてスマートフォンに向かって、少し冷ややかな口調で言った。「おじさん、おばさん。お二人が焦る気持ちは分かりますが、莉乃だって悪気はないんです。俺たちのためにわざわざ用意してくれたお守りなのに、石が散らばったまま放っておかせるなんて、それもあんまりじゃないですか」父は怒りで声を震わせた。「じゃあ、茉央はどうなる!あの子はずっとお前を待たされていればいいと言うのか!」礼人は一瞬言葉に詰まったが、すぐに請け合った。「茉央とはちゃんと入籍します。もし今回間に合わなくても次回がありますから。安心してください、俺は絶対に彼女と結婚しますから」また「次回」この7年間、私は一体何度その言葉を聞かされてきただろうか。私は深く息を吸い込み、彼の手からスマートフォンを取り上げて言った。「お父さん、お母さん、心配しないで。今日は絶対に入籍するから」そう言い残し、私は通話を切った。礼人は私を睨みつけ、不快そうに眉間を寄せた。「茉央、お前はそこまでして俺を追い詰めたいのか?」私は顔を上げて彼を見つめた。心の中は、自分でも恐ろしいほど凪いでいた。――分かっていたのだ。このまま時間を潰せば、今日は入籍できなくなることを。両親が待ちわびていることも、友人たちが気を揉んでいることも。そして、私が幾度となく後回しにされ、どれほど惨めな思いをしてきたかということも。全部知っていて、それでも彼は、私を待たせることを選んだ。私は彼を見据えて問い返した。「追い詰めてる?私と入籍することが、あなたを追い詰めることなの?」礼人は露骨に不機嫌な顔になり、吐き捨てるように言った。「茉央、いい加減にしろ!」私はもう彼を相手にするのをやめ、視線をスマートフォンに落とした。あの連絡先のトーク画面に、新たなメッセージがポップアップした。【すぐ着く】16時56分。警備員が再び入り口から顔を出した。「あなたたち、結局手続きはするんですか!?残り4分ですよ。今入らないと、今日は本当に対応できませんからね」彩音は焦りのあまり涙声になっていた。「礼人、聞こえてる!
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第5話
みんな、私が当てつけで怒っているのだと、無理に入籍を迫っているのだと思っていた。だけど、私自身は分かっていた。ただもう、二度と彼を待ちたくないだけなのだと。その時、莉乃があの組紐を握りしめて立ち上がり、真っ赤な目で私を見た。「茉央、そんな風に意地を張らないで……入籍は二人のことなのに、どうしてそんなことで礼人を脅したりするの?礼人はもう役所に来てくれてるんだよ?ただ私に、あなたたちへの祝福を最後まで届けてほしいだけなのに……こんな風に彼を追い詰めたら、礼人だって辛いはずだよ」礼人はその言葉でようやく我に返ったように、ひどく失望した目で私を見た。「茉央、お前いつからそんな風になったんだ?昔はもっと聞き分けが良かったのに」彼を見つめながら、私はふいに笑いが込み上げてきた。「聞き分けがいい?それって、7回も入籍をすっぽかされて、それでも笑って『気にしないで』って言うこと?」礼人はごくりと唾を飲み込んだ。私はそのまま言葉を続ける。「私の両親が何度もお祝いのご馳走を準備しては、そのたびに落胆させられること?それとも、今日の17時で窓口が閉まるっていうのに、私がここに立って、あなたの幼馴染がお守りを編み終わるのを待っていること?」彼の顔色が、少しずつ強張っていった。私の声はひどく静かだったが、一言一句がはっきりと響いた。「礼人、私は聞き分けが悪いんじゃないわ。物分かりよく振る舞いすぎただけよ。あまりにも長すぎて、あなたも忘れてしまったんでしょうね。私だって、傷ついて痛みを覚える人間だってことを」16時58分。役所のロビーに、職員のアナウンスが響いた。「最後に手続きされる方は急いでください。今すぐ書類を出していただけないと、システムが終了してしまいます」私はもう礼人を見ることなく、踵を返して役所のロビーへと足を踏み入れた。彩音がすぐに駆け寄ってきて、声を震わせた。「茉央……」彼女は私を慰めようとしてくれたが、私は首を横に振って見せた。そして、必要書類を窓口に差し出した。職員が顔を上げて私を見た。「婚姻届の提出ですか?」私はうなずいた。「はい」彼女は、私の背後をちらりと見た。「お相手の男性は?」私が口を開く前に、背後から足音が聞こえてきた。礼人が、友人たちに背中を押されて
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第6話
目の前にいるのは、柏木航平(かしわぎ こうへい)。私の大学の同級生であり、父の友人の息子でもある。かつて私にアプローチしてくれたが、私が断った後に海外へ渡り、3ヶ月前に帰国したばかりだった。母が冗談めかして「航平くん、まだ相手はいないの?」と尋ねた時、航平は私を見つめてふっと笑い、こう答えた。「もし茉央の8回目の入籍がまたダメだったら、おばさん、僕のことも候補に入れてもらえませんか」あの時、その場にいた全員が笑った。けれど彼だけは、ひどく真剣な眼差しで私を見つめていた。てっきりただの冗談だと思っていた。まさか、本当に来てくれるなんて。礼人の顔色が瞬時に変わった。彼は数歩で駆け寄り、私の前に立ち塞がった。「航平……お前、何しに来た?」航平は彼を一瞥だにしなかった。ただ私だけを見つめて尋ねた。「書類は持ってる?」私はうなずいた。「持ってるわ」彼はスーツの内ポケットから、自分の分の書類を取り出した。「入籍しよう」その瞬間、不意に目頭が熱くなった。ああ、世の中のすべての男が女を待たせるわけじゃないんだ。すべての約束が、何度も急かさなければ果たされないわけじゃないのだ。窓口の職員が時計をちらりと見て言った。「16時59分ですね。お二人とも、本当に婚姻届を提出されますか?」航平が私の手を握った。その手のひらは、とても温かかった。「はい」私も迷うことなく、しっかりと頷いた。「はい、お願いします」背後で、礼人がとうとうパニックに陥った。彼は私の腕をガシッと掴み上げた。「茉央、頭でもおかしくなったのか!?結婚は遊びじゃないんだぞ!」私は振り返って彼を見た。「あなたも、結婚が遊びじゃないって分かってたのね?じゃあ、私を8回もすっぽかしてきたあなたの態度は、一体何だったの?」彼の顔から血の気が引いた。「俺はただ、次にするって言っただけだろ。お前と結婚しないなんて一言も言ってない!」私は笑った。「でも、私はもうあなたとは結婚したくないの」そう言い捨てて、私は少しずつ腕を引き抜いた。航平が私を庇うように前に出る。彼の声は、どこまでも淡々としていた。「佐伯さん、少し礼儀をわきまえていただけますか」礼人は彼を憎々しげに睨みつけた。「これは俺と茉央の問題だ」
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第7話
胸の奥が、ドクンと激しく波打った。礼人もその場で硬直していた。彼は私に目を向け、その瞳にようやく焦りを浮かべた。「茉央、そんな仕打ちはないだろ」「礼人、私たちはもう終わったのよ」彼はまるで言葉の意味が理解できないという顔をした。「今日のことだけでか?たかがお守りのブレスレット一つで?」彼を見つめていると、どっと深い疲労感が押し寄せてきた。「今日のことだけじゃないわ。この7年間のすべてよ。私があなたを必要とした時、あなたはいつだって莉乃を選んだじゃない」言い終えるか終えないかのうちに、莉乃がロビーへと駆け込んできた。その手には、まだあの切れた組紐が握られている。私の手にある証明書を見た瞬間、彼女の顔に浮かんでいた不憫そうな表情が凍りついた。「茉央……本当に、他の人と籍を入れちゃったの?」彼女の声はか細く、まるで自分がこの世で一番理不尽に傷つけられたかのような響きだった。「どうしてそんなことするの?礼人はあなたのことを7年も待ってたんだよ」私は彼女を見た。「彼が、私を待ってた?」ふっと冷たい笑いがこぼれた。「莉乃、逆でしょ。私が彼を7年待ったの……もう、待ちくたびれたわ」莉乃の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。「でも、いくらなんでも衝動的すぎるよ。柏木さんのこと、何も分かってないじゃない!」ここで初めて、航平が彼女に視線を向けた。「桜井さん。茉央が僕を理解しているかどうかは、僕たち夫婦の問題です。あなたが口を挟む筋合いはありません」莉乃はさっと顔面を蒼白にした。だが、礼人はまるで痛いところを突かれたように声を荒らげた。「航平、猫かぶってんじゃねえよ!人の弱みにつけ込むなんて、それでも男か!」航平の表情は微塵も揺るがなかった。「僕は役所に駆けつけ、書類を提出し、彼女の意思を尊重しただけです。これが、弱みにつけ込むことですか?」彼は真っ直ぐに礼人を見据えた。「なら、佐伯さんが彼女を8回も待たせたことは一体何だと言うんです?」周囲が水を打ったように静まり返った。窓口の職員でさえ、たまらず礼人の方をちらりと見たほどだ。礼人は顔を真っ青にして、何か言い返そうと口をパクパクさせたが、結局一言も発することはできなかった。私はもうそこには留まらず、証明書を手に
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第8話
航平は車をしっかりと停めると、低い声で私に尋ねた。「僕が貼ってもいいかな?」私はこくりと頷いた。彼の手つきはとても優しく、私に痛い思いをさせないよう、細心の注意を払ってくれているのが伝わってきた。絆創膏が貼られた瞬間、不意にボロボロと涙がこぼれ落ちた。かかとが痛かったからじゃない。ずっと押し殺してきた惨めさが、あまりにも遅れて込み上げてきたからだ。航平が顔を上げ、その瞳に微かな焦りを走らせた。「……痛かった?」私は首を横に振った。「ううん、違うの」彼は少しの間沈黙し、それから私にティッシュを差し出してくれた。「泣きたい時は、泣いていいんだよ。今日くらい、物分かりのいい子にならなくていい」その一言は、まるで鍵のようだった。私が必死に保っていた強がりの殻を、あっさりとこじ開けてしまった。私はうつむいたまま、ひどく惨めに声を上げて泣きじゃくった。7年。私はもう、本当に疲れ果てていた。21歳から28歳まで。一番情熱的だった愛のすべてを、私は礼人に捧げてきた。彼がプロポーズしてくれた日。私は泣きながら頷いた。彼は言った。「茉央、絶対に幸せにするから」と。けれど、その後、私の幸せはいつだって莉乃の次だった。私が風邪で熱を出して寝込んでいる時、彼は莉乃の引っ越しを手伝っていた。私が胃痛で入院している時、彼は莉乃のドレスの試着に付き合っていた。私の父が手術を受けた時、彼は「莉乃が精神的に不安定になっているからそばにいる」と言った。彼が私を愛していないわけじゃない。かつて私は、そうやって自分自身に言い聞かせていた。彼は昔からの癖で、莉乃の面倒を見てしまうだけ。彼は情に厚くて、断れないだけ。彼はお互いの境界線を引くのが苦手なだけなのだと。けれど、人間がずっとその境界線に気づかないなんてことがあるだろうか?彼が「私が絶対に離れていかない」と高を括っていたのでもない限り。航平は私を遮ることはしなかった。私が泣き止むのを静かに待ち、それからペットボトルの水を渡してくれた。「今夜は、ご両親の家に帰るの?」私はペットボトルをぎゅっと握りしめた。「うん、みんな待ってるから。親戚も集まってるし……」私は苦笑いを浮かべた。「本当は、私と礼人の入籍祝いのはずだったんだけ
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第9話
玄関の扉を開けると、リビングには親戚たちが集まっていた。テーブルには湯気を立てるご馳走が並べられ、壁にはお祝いの飾りが掛けられている。すべてが、まるで夢の中の光景のようだった。母が歩み寄ってきて、私をぎゅっと抱きしめた。私の背中を優しく撫でながら言った。「……よく帰ってきたね」父は少し離れたところに立っていた。その顔はひどく険しい。彼は航平へと視線を向けた。航平は持参した手土産を置くと、礼儀正しく頭を下げた。「おじさん、おばさん。申し訳ありません。本日は急なご挨拶となってしまい、事前にお伺いすることもできず……」父は彼を数秒間じっと見つめてから言った。「……証明書を見せてくれ」私は証明書を父に手渡した。父はそれを長い間じっと見つめていた。やがて、その目頭がゆっくりと赤く染まっていく。父は私のことを非常識だとも、衝動的すぎるとも責めなかった。ただ、低い声でこうこぼした。「……入籍できたなら、それでいい」母も目元を拭った。「茉央は、ずっと待ち続けてきたんだもの。こうして駆けつけてくれる人がいてくれた。それだけで十分よ」親戚たちは顔を見合わせ、ヒソヒソと囁き合っている。「いくらなんでも急すぎないか?佐伯のところの息子さんじゃなかったのか?どうして相手が代わってるんだ?」父は証明書を勢いよくテーブルに叩きつけた。「今日は俺の娘の入籍祝いだ。この席が不満だと言うなら、今すぐ帰ってもらって構わない」リビングが水を打ったように静まり返った。航平は私の隣に立ち、低い声で囁いた。「おじさんに感謝しないとね」私は首を横に振った。「感謝するのは、私の方よ」食事が始まる前、インターホンが鳴った。母が玄関へ向かう。ドアの外に立っていたのは、礼人だった。手には手土産の紙袋を提げている。そして彼の背後には、莉乃の姿もあった。彼女は目を真っ赤に腫らし、いかにも泣きはらしたような顔をしている。礼人はリビングに足を踏み入れるなり、私へと視線を向けた。彼はまるで何事もなかったかのような口ぶりで言った。「おじさん、おばさん。茉央を迎えに来ました」リビングの空気が、一瞬にして凍りついた。父がガタッと立ち上がる。「誰を迎えに来たって?」礼人が私を見た。「茉央、いい加減にしろよ。入籍したって、
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第10話
「俺の娘は、別の男の妻になったんだ。聞こえなかったのか!」その言葉に急所を突かれたかのように、礼人は弾かれたように私を振り向いた。「茉央。ちょっと表へ出ろ」私は動かなかった。航平が、私の手首をそっと握る。無理に引き止めるような強さはなく、ただ優しく触れてくれただけ。まるで、助けが必要かどうかを尋ねるかのように。私は礼人を見据えて言った。「話があるなら、ここでして」礼人は深く息を吸い込み、少しだけ声のトーンを和らげた。「茉央、今日俺が悪かったことはわかってる。時間を無駄に長引かせた俺が悪かった。でも、だからって当てつけに他の男と結婚するなんて間違ってるだろ。俺たちの7年間の絆を……お前は本気で捨てる気か?」彼を見つめていても、不思議と心は痛まなかった。残っているのは、ただ深い徒労感だけだった。「礼人。私はあなたに7年という月日を捧げたわ。それに、8回もチャンスをあげた。それを一度も掴もうとしなかったのは、あなたでしょう」彼の目頭が赤く滲んだ。「俺は直すから。これからはもう、莉乃のことで邪魔させたりしない」莉乃の体がピクリと強張った。彼女は信じられないといった顔で彼を見つめた。「礼人……」だが、礼人は彼女を一瞥だにしなかった。ただ私だけをじっと見つめてすがる。「茉央、一度だけでいい、俺を信じてくれ」私は首を横に振った。「もう十分すぎるほど信じてきたわ。今はもう、信じたくないの」礼人が一歩踏み出す。すかさず航平がその前に立ちはだかった。父も歩み寄り、冷徹に言い放った。「出て行け」礼人は動かない。父は声を荒らげた。「桜井さんを連れて、今すぐ出て行け!今日は我が家のお祝いの日だ。お前たちを歓迎するつもりはない!」礼人の顔から完全に血の気が引いた。莉乃が泣きながら彼の腕を引く。「礼人、帰りましょう。今の茉央には、何言っても無駄だよ……」礼人は彼女に引っ張られるようにして後ずさった。だが、玄関口まで来た時、不意に振り返った。「茉央。俺は絶対にあきらめないからな」私は彼を冷ややかに見据え、一言一言、はっきりと告げた。「好きにすれば。でも、私が振り向くことは二度とないから」……その夜の食事は、ひどく静かに進んだ。親戚たちも空気を読み、これ以上
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