ミュージックバーの喧騒の中、スピーカーから流れる重低音のBGMだけが、やけに私の耳に響いていた。渉は舌打ちをすると、吸いかけのタバコを灰皿にゴリッと押し付けた。「お前さ、目覚まし止められたくらいでキレてんの?」苛立たしげに立ち上がった彼が近づいてくる。187センチの長身が、私をすっぽりと暗い影の中に閉じ込めた。「なあ琴音、たかが一日あのクソみたいな会社休んだくらいでどうなるってんだよ。自分が今、どれだけ堅物でつまらない女になってるか自覚あるか?こっちはわざわざサプライズ用意してやったのに、可愛げの欠片もなくさっさと寝やがって。お前と一緒にいるの、マジで息が詰まるんだよ」上から見下ろすように吐き捨てられた言葉の刃が、一つ一つ鼓膜を突き刺す。ああ、間違ってない。別れるという私の選択は、絶対に間違っていない。「……息が詰まるなら、もうやめにしましょう」私の時間だって、タダじゃないのだ。彼に無駄にしていい10年は、もうこれ以上残っていない。渉は不機嫌そうに唇を噛み締め、何も言い返さなかった。私はきびすを返し、迷うことなくその場を立ち去る。背後からは、彼の取り巻きたちがざわめく声が聞こえてきた。「え、嘘でしょ?昨日、10年の記念日祝ったばっかじゃん」「琴音ちゃん、結構ガチっぽかったすけど。渉くん、追いかけなくていいんすか?」戸惑う男友達の声に被せるように、甘ったるい声が響いた。「振られた直後にご機嫌取りとか、プライド高い渉さんがするわけないじゃん」声の主は、渉の遊び仲間の一人である小林莉愛(こばやし りあ)。昔から渉の周りをうろちょろしている、やたらと距離感の近い女だ。彼女は口にくわえていたチュッパチャプスを転がしながら、悪びれもせずに笑う。「ねえ、別れたなら私と遊ばない?私なら重いこと言わないからさぁ」そのあからさまな誘いを軽く聞き流し、渉は別の男友達から差し出された新しいタバコを受け取った。そして、ふっと鼻で笑う。「放っとけ。どうせいつもの当てつけだ」心底どうでもよさそうに、彼は言葉を続ける。「ここ2年くらい、結婚結婚ってうるさかったからな。俺を焦らせて妥協させるための駆け引きだよ。本気で別れる度胸なんて、あいつにあるわけねぇって」――渉は、私がまた
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