夫が初恋の女へ3,600万円を送った明細を見つけたのは、結婚3周年の記念写真に着るワンピースを買って帰った日だった。午後2時すぎ、玄関で靴を脱いで、正面左側の階段を上がり、2階の寝室へ入った。レースのカーテン越しの光が白い床へ広がっていた。紺色の衣装袋を窓辺の椅子へ掛けた。結婚3周年まで、あと1か月。半日だけ休みを取り、写真撮影に着る服を選んできた。34歳の夫、相良拓真(さがら たくま)には内緒だった。彼の驚く顔が見たかった。店では、拓真の好みに合わせ、胸元に飾りのない服を選んだ。結婚記念日の当日は、この服でふたりの写真を撮り、彼がプロポーズしてくれた洋食店へ行くつもりだった。スマートフォンの予定表には、1か月後の欄に【結婚3周年記念撮影】と入力してあった。夫に合わせることを、不自由だと思ったことはなかった。寝室の奥にある衣装室へ入った。壁一面のクローゼットから、結婚前に着たあと、一度も袖を通していなかった拓真の濃紺のスーツを取り出した。写真スタジオへ行く前に、クリーニングへ出すつもりだった。上着をハンガーから外した拍子に、内ポケットからふたつ折りの紙が床へ落ちた。拾い上げると、折り目は固く癖づき、紙の縁にはうっすら黄ばみが浮いていた。拓真名義の銀行の振込明細だった。上に並ぶ数字が目に入った。【振込金額 36,000,000円】次に、受取人の名前を見た。【お受取人 カシワギ エリ】一瞬、見間違えたのかと思った。柏木絵里(かしわぎ えり)は、私の1学年下で、大学の時から拓真が何かと世話を焼いていた後輩だ。卒業後は海外へ行ったと聞いていた。3,600万円。どうして拓真が、絵里にこれほどの大金を――。仕事か何かで、私の知らない事情があったのだろうか。そう考えながら、私は明細の日付へ目を移した。そこで、指が止まった。3年前の5月2日。その日付を見た瞬間、ダイニングテーブルで父の治療費を頼んだ時のことがよみがえった。当時、父、一ノ瀬雄二(いちのせ ゆうじ)は事故で意識を失ったまま、病院のベッドにいた。医師からは、状態がよくなる可能性のある別の専門治療を提案されていた。その治療を始めるには、あと90万円を用意しなければならなかった。あの日、私はテーブルを挟んで拓真の向かいに座っていた。拓真からは、会社の資金繰りが苦しい
최신 업데이트 : 2026-08-26 더 보기