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3話

작가: Amy
last update 게시일: 2026-08-26 17:33:07

差し出されたコートへ、私は反射的に両手を伸ばした。

「……わかった」

受け取ったコートは軽く、まだ外気の冷たさを残していた。私は玄関脇のクロークへ戻り、空いていたハンガーへ掛けた。

リビングへ戻ると、絵里は拓真と並んでソファに腰掛けていた。

ローテーブルの上には、絵里が持ってきた淡いピンクの花束が置かれていた。

「まあ、きれい。やっぱり絵里さんはセンスがいいわね。色の合わせ方まで上品だわ」

美弥子は嬉しそうに花束を持ち上げ、何度も眺めていた。

「美弥子さんに似合うかなと思って選んだんです」

「本当に素敵。こういうのは、選ぶ人のセンスが出るものね」

拓真も花束をのぞき込み、「絵里らしいな。母さん、こういう色好きだろ」と笑った。

ひとしきり花の話で盛り上がったあと、美弥子が時計を見た。

「そろそろいただきましょうか」

そう言って立ち上がり、3人はダイニングへ移った。

美弥子はふたりの向かいで笑い、拓真は客用の湯呑を絵里の手元へ寄せていた。

私は台所にいちばん近い端の席へ回った。

椅子を引く音が床へ響くと、絵里がようやくこちらを向いた。

「澪さん、お久しぶりです」

「お久しぶり。帰国したのね」

「はい。拓真さんには、ずいぶん前から相談に乗ってもらって、本当にお世話になっています」

「料理が冷めるわ。澪さん、早く並べてちょうだい」

美弥子の声に、私は腰を下ろしかけたが、そのまま台所へ向かった。

冷蔵庫から舟盛りを出し、煮物の鉢と汁物を運んだ。4人分のご飯をよそい、最後に自分の椀を端の席へ置いた。

「ところで絵里さん、向こうではどんなお仕事をしていたの?拓真から少し聞いているけれど、ぜひあなたから聞きたいわ」

「最初の2年は、西海岸のAI企業にいました。若い会社や投資家が集まっていて、カフェでも新しい事業の話が始まるような街です。その後は、仕事でいくつかの都市を回りました」

「まあ、拓真と話が合うはずだわ」

拓真が身を乗り出した。

「湾の見えるオフィスの写真、前に送ってくれたよな」

「覚えていたんですか?近くの海沿いのレストランも送りましたよね」

「ああ。窓際の席から海が見える店だろ」

箸を取ったまま、私は拓真を見た。そんな写真が送られていたことさえ知らなかった。

拓真は、絵里の職場も、彼女が訪れた店の窓から何が見えたかも知っていた。

「絵里さん、鯛を取りましょうか」

美弥子は、絵里にだけやわらかな声を向けた。

「ありがとうございます。でも私、煮物もいただきたいです」

「もちろんよ。澪さん、絵里さんに取り分けて差し上げて」

煮物の鉢は美弥子の前にあり、手を伸ばせば届く距離だった。

絵里は空の小皿を、テーブルの上で私の方へ滑らせた。

「里芋を多めにお願いできますか」

私は立ち上がり、絵里の小皿へ里芋と人参を取り分けた。

「ありがとうございます、澪さん」

絵里は笑顔で小皿を受け取った。

ようやく腰を下ろすと、ご飯から上がっていた湯気は薄くなっていた。

「絵里、これ好きだっただろ」

拓真は舟盛りから形の整った鯛の身を数切れ選び、絵里の小皿へ重ねて置いた。

「覚えていてくれたんですか?」

「昔、よく食べてたからな」

「拓真ったら、絵里さんのことは本当によく覚えているのね」

美弥子が嬉しそうに笑った。

拓真は絵里に鯛を取り分けると、そのまま自分の食事へ戻った。

私の小皿は、まだ空だった。

「向こうの生活は大変だったでしょう?」

「忙しかったですけど、面白かったです。いろんな方と知り合えましたし」

「その人脈が、今度の事業で生きるんだ」

拓真が身を乗り出した。

ふたりはテーブルの上へスマートフォンを置き、画面を見ながら会社や人の名前を挙げた。

美弥子は話についていけていない様子だったが、絵里が答えるたびに感心していた。

「やっぱり拓真の隣には、こうして仕事の話ができる人がいるといいわね」

私は椀を持ち上げた。

誰も、美弥子の言葉を訂正しなかった。

「向こうでは、何をよく食べていたの?」

美弥子は絵里の椀へ煮物を足しながら尋ねた。

「忙しい日は外で簡単に済ませていました。でも、帰ってきたら和食が恋しくて」

「それなら、今度はすき焼きにしましょう。絵里さん、松阪牛と神戸牛なら、どちらがいい?」

「松阪牛がいいです。昔から、すき焼きなら松阪牛って決めているんです」

「そうよね。拓真も同じなのよ」

美弥子はもう次の夕食を決めるように話した。私には、今夜食べたい物さえ一度も尋ねなかった。

「今度の打ち合わせ、あの方にも声をかけてみますね」

「頼む。絵里からなら話が早い」

絵里が話すたび、拓真は顔を向け、美弥子も箸を止めた。私が椀を置いた音には、ふたりとも振り返らなかった。

「澪さん、冷たいお水をいただけますか?」

絵里が空のグラスを軽く押した。

「お茶なら、まだ急須にあるけど」

「お水がいいんです。氷も少しだけ」

私は席から立って冷蔵庫を開けた。グラスへ水を注ぐ間も、背後では次の事業の話が続いていた。

戻ると、私の席の前には、絵里が食べ終えた小皿が重ねて置かれていた。

「澪、これ下げて。代わりの小皿もよろしく」

拓真は絵里の皿を指で押した。

グラスを渡し、皿を重ねて台所へ運んだ。

結婚してから、このテーブルを囲むたび、私は何度、席を立っただろう。

足りない箸、取り皿、調味料。呼ばれる前に気づけば気が利く嫁で、座ったままでいれば気の利かない嫁だった。

席へ戻った時には、話題は海外から将来へ移っていた。

「絵里さんは、ずっとこちらにいるの?」

「今のところは。そのつもりです」

「それなら安心ね。拓真のこと、これからも助けてあげて」

「もちろんです。私にできることなら」

絵里は拓真と顔を見合わせた。

書斎で聞いた言葉を思い出し、膝の上で組んでいた指をほどいて拓真を見た。

「私も、結婚記念日の準備を――」

「澪、飯おかわり」

拓真は私を見ないまま、空になった茶碗を差し出した。

私は口を閉じ、その茶碗を受け取った。台所でご飯をよそい、戻って渡しても、拓真は礼を言わなかった。

「記念日がどうしたの?」

美弥子が遅れて尋ねた。

「あと1か月なので、写真に着る服を今日――」

「その話ならさっき聞いたわ。拓真は忙しいんだから、今ここですることじゃないでしょう」

「母さん、いいよ」

拓真は私ではなく、美弥子をなだめた。

「澪は記念日とか好きなんだよ。休みの日も家のことばかりで、ほかに楽しみもないからな。あれでも渡しておくか」

拓真が椅子の横の手提げ袋から濃い色の小箱を取り出すと、袋と一緒にテーブルの上を滑らせ、私の前へ差し出した。

「何?」

「見ればわかる」

一瞬だけ、期待した。

拓真も、あと1か月だと覚えていた。私のために贈り物を用意してくれたのだ。

小箱の蓋を開けると、細い鎖に小ぶりな飾りのついたネックレスが収まっていた。

「私に?」

「そうだよ。ほかに誰がいるんだ」

拓真は面倒そうに、開いた小箱へ顎を向けた。

「せっかくだから、着けてみたら?」

絵里も着けるように勧めた。

私は留め具を外し、髪を片側へ寄せた。留め具がうまくかみ合わず、2度やり直して首へ掛けた。

「似合うじゃない」

美弥子が一度だけ見て言った。

私は胸元の小さな飾りに目を落とした。

小さくてもよかった。値段ではなく、拓真が私のために選んだ物なら、それでよかった。

視界の端で、淡いピンク色が動いた。

顔を上げると、絵里が拓真の方へ身を寄せ、肩にかかっていた髪を後ろへ払っていた。

その何気ない動きに合わせて、ワンピースの襟元に隠れていたネックレスの飾りが、ちらりと姿をのぞかせた。

絵里のネックレスは、中央の大粒の石を、細かな宝石が幾重にも囲んでいた。

彼女が肩を動かすたびにシャンデリアの光を拾い、胸元でまばゆくきらめいた。

美弥子もネックレスに気づくと、「まあ」と声を上げた。目を見開き、テーブル越しに身を乗り出した。

「やっぱり素敵ねえ。絵里さんによく似合っているわ」

「私も、とても気に入っています」

絵里は飾りを指でつまみ、拓真へ笑いかけた。

「そうでしょう?拓真ったら、絵里さんの写真まで持って、何度もお店へ通ったのよ。最初に私へ見せに来た時も、『絵里にはこれが一番似合う』って――」

「母さん!」

拓真の鋭い声が、美弥子の言葉を断ち切った。

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