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5話

Penulis: Amy
last update Tanggal publikasi: 2026-08-26 17:35:20

私は小箱を拓真の前へ押し出した。

「いらない」

小さな箱が、拓真の皿の脇で止まった。

拓真はそれを見下ろしただけだった。

「何なんだよ、その態度」

「あなたが私に選んだ物じゃないから、受け取れない」

「絵里は喜んでくれてるのに、お前はどうしてそうやって空気を悪くするんだ?」

彼が責めたのは、私の態度だった。

そのまま美弥子へ顔を向けると、美弥子はすぐに眉をつり上げ、拓真の皿の脇にある小箱を睨んだ。

絵里は何も言わず、胸元の石を指で撫でた。

「せっかくの食事だぞ。母さんが用意して、絵里だって来てくれたのに」

テーブルの中央に置かれた花を見た。駅前で選び、茎を切って生けた花だった。

「気に入らないなら、私が処分しましょうか?」

絵里が拓真の前へ手を伸ばした。

「もともと私の買い物についてきた物ですし。澪さんが見るたび嫌な気持ちになるなら、手元にない方がいいですよね」

「置いておいて」

私は絵里の指が触れる前に、小箱を手で押さえた。

「要らない物を、人に渡さないで」

「まあ、卑しい」

美弥子が箸を置いた。

「人から頂いた物の値打ちを、そんなに気にするなんて。妻なら夫の立場を考えて、笑って受け取るものよ」

「値段は気にしていません」

「また言い訳ね。絵里さんのものは何百万もして、自分のはおまけだったから腹を立てているんでしょう?」

美弥子は絵里に向かって、かばうように身を乗り出した。

「絵里さんは海外で苦労して、拓真の仕事も助けてくれるの。感謝の品をもらうのは当然じゃない。澪さんも、もう少し可愛げがあれば、拓真だって何か選んでくれたかもしれないわ」

絵里は止めず、伏せていた目を上げて拓真へそっと笑った。

「もういいです、美弥子さん。私は拓真さんの気持ちだけで十分ですから」

拓真はその言葉にうなずいた。

「絵里は昔から欲がないよな」

絵里の胸元では、拓真が何度も店へ通って選んだネックレスが、シャンデリアの光を返していた。

私は黙って箸を置いた。

それを見た美弥子が、当然のように言った。

「もうお腹いっぱいなら、次はデザートを出してちょうだい。食べ終わったお皿も片づけて、洗い物もお願いね」

私は何も言わずに席を立った。

台所へ向かった途端、背後では途切れていた会話が何事もなかったように戻った。

流し台には、料理に使った鍋とまな板が残っていた。

「向こうでよく行ってたレストラン、予約が取りにくかっただろ」

「拓真さんが連絡してくれたから入れたんです」

「次は母さんも連れていってよ」

「もちろんです、美弥子さん」

3人の声の間に、グラスの触れ合う音がした。

食事が終わると、3人はそれぞれのグラスを持って、リビングへ移った。

テーブルの器を重ねていると、背後から声が飛んだ。

「澪、ワインクーラーに氷を入れて持ってきて。絵里の白ワインがぬるくなるだろ」

氷を入れたワインクーラーを持ってリビングへ戻ると、絵里はソファの中央に座り、拓真が隣でボトルを傾けていた。

美弥子は微笑みながらふたりを眺めていた。

私の座る場所はなかった。

私はワインクーラーをローテーブルの脇へ置いた。

「ありがとう、澪さん」

絵里はグラスを手にしたまま、すぐ拓真へ顔を向けた。

私は台所へ戻り、蛇口をひねった。

4人分の箸と椀、料理に使った鍋をひとつずつ洗っていった。絵里の小皿はきれいに空になっていたのに、私の椀には冷えた汁が半分残っていた。

それを流しへ捨て、最後にテーブルを拭いた。

リビングからは、3人の笑い声が途切れることなく聞こえてきた。

私は濡れた布巾を握ったまま、しばらくそこに立っていた。戻ったところで、私の座る場所があるようには思えなかった。

「覚えてる?大学の時、拓真さんが――」

「あれは絵里が先にやったんだろ」

「ふたりとも、昔から仲がよかったのねえ」

笑い声がまた重なった。

洗った皿を棚へ戻し、花瓶の下に落ちた水を拭いた。淡いバラの向こうで、3人が顔を寄せて話していた。

拓真がグラスを置いて立った。

「絵里、昔のアルバムが上にある。見せるよ」

「見たいです」

絵里も立ち、拓真のあとを追った。

美弥子はふたりを呼び止めず、笑顔のままその背中を見送った。

その間、私は台所で、乾いた布巾を手に、最後の皿の水気を拭き取った。

布巾を干すと、美弥子が台所のところへ来た。

「終わったなら、これもお願い」

黒いごみ袋を差し出された。口はもう結ばれていた。

「外の集積箱に入れてきて。明日の朝まで置くと匂うから」

「今ですか?」

「今だから頼んでいるのよ。絵里さんに持たせるわけにはいかないでしょう」

美弥子は階段の方へ目をやったが、何も言わなかった。

袋を受け取った。

玄関で靴を履き、外へ出た。夜の空気が頬に冷たかった。門の脇にある集積箱まで運び、蓋を開けた。袋を入れると、底へ重い音を立てて落ちた。

蓋を閉じたあとも、足はすぐには玄関へ向かなかった。しばらくその場に立ち尽くした。

窓の向こうでは、リビングの明かりが暖かく見えた。

あの中へ戻れば、また何かを頼まれる。それでも自分の鞄は玄関に置いたままだった。

ようやく、家へ戻った。

家の中は、出た時より静かだった。

リビングには美弥子だけが残っていた。ソファに座り、空になったグラスを手にしていた。

「拓真さんは?」

「さあ。絵里さんと、思い出の物でも見ているんじゃない?」

美弥子は目を合わせず、酒の瓶へ手を伸ばした。

「まだ2階にいますか?」

「いちいち探さなくていいでしょう。あんたは台所が終わったなら、少し座っていれば?」

美弥子は、自分の隣の座面を軽く叩いた。

私は座らず、階段へ目を向けた。

その時、頭上で、2階の床板が軋んだ。

続いて、低い笑い声が聞こえた。拓真が実家にいた頃に使っていた部屋の方だった。

私は廊下へ出た。

「澪さん」

美弥子に呼ばれても、振り返らなかった。

階段を1段ずつ上がった。途中で、絵里の声がした。

「下に澪さんがいますよ」

「気にするな」

拓真の声は近かった。

2階の廊下には、部屋から細い明かりが漏れていた。扉が完全には閉まっていなかった。

私は足を止めた。

「でも、さっき怒ってたでしょう?」

「いつものことだ。放っておけば何も言わなくなる」

「拓真さんって、昔から私には甘いですよね」

「絵里に頼まれたら、断れないんだよ」

扉の隙間から、ベッドの端が見えた。

絵里が腰掛け、拓真がその前に立っていた。絵里の両腕は拓真の背に回り、拓真はその肩を抱いていた。

見間違える距離ではなかった。

拓真が顔を伏せた。

絵里が顎を上げ、ふたりの唇が重なった。

短く離れて、また重なった。

私が同じ家の1階で、ふたりの皿を洗っていた間に。

拓真の手が絵里の髪をすくい、頬へ触れた。その手つきは、私へ小箱を押し出した時とは違っていた。

背後で、階段の板が鳴った。

振り返ると、美弥子がすぐ後ろまで来ていた。

怒鳴りつけたい衝動が込み上げた。けれど、今ここで声を上げれば、ふたりはすぐに離れるだろう。

私はまず、美弥子がどこまで知っていたのか確かめたかった。

声を押し殺して尋ねた。

「お義母さん、知っていたんですか」

美弥子は扉の隙間を一度見た。

驚きはしなかった。

「声を出さないで。絵里さんを困らせるでしょう」

「困らせる?」

「あんたにも原因があるとは思わないの?夫がほかの女に慰めを求めたなら、妻はまず自分を振り返るものよ」

扉の向こうで、絵里が何かを囁いた。拓真が笑った。

「今ここで騒いだら、拓真の仕事にも差し支えるわ。絵里さんは大切な人なのよ」

美弥子は私の腕をつかみ、階段の方へ引いた。

「下へ行きましょう。何も見なかったことにしなさい」

私は美弥子の指を外した。

半開きの扉を、それ以上押し開けなかった。拓真の名前も呼ばず、部屋から一歩離れた。

美弥子の脇を通り、階段へ向かった。

この家へ来た時には、まだ拓真から聞きたい言葉があった。ダイニングテーブルでも、私は彼の答えを待っていた。

いまも、拓真が私を呼び止めるのを、どこかで待っていた。

けれど、扉の向こうから拓真の声はしなかった。

階段へ足をかけようとした時、背後の部屋から絵里の声が追ってきた。

「美弥子さん。今夜、拓真さんの部屋で泊まってもいいですか?」

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