絵里は立ったまま、拓真の返事を待っていた。 拓真は握っていた離婚届を膝の上で伸ばした。自分の名前を書く場所が、折り目の横に見える。 「澪とは俺が話す」 「今、話してくださるんですか?」 「そう言ってるだろ」 絵里は座らなかった。拓真は卓上の時計の箱を脇へ押し、スマートフォンを取った。 紙は膝に残したまま、澪の名前を押す。 …… 新しい部屋へ帰っても、上着を脱いでしばらく動けなかった。 右肩をかばいながら椅子へ座り、鞄を足元へ置く。あの家の鍵は、もう中にない。 返すと決めて持っていったのに、本当に手放すと、何か忘れて帰ってきたような気がした。 父の請求書の横へ、手帳を開いた。今月の支払いに取ってあるお金と、この部屋を借りて減った残高を見直す。 今月分が払えても、来月も父の費用はかかる。私の暮らしも続く。 昨日は、返済について答えてもらう日だった。今日会っても、返す額も日も聞けなかった。 時計を受け取らなかったからといって、貸したお金まで諦める理由はない。 私は、1,200万円、と書いた。その下へ、慰謝料、と書き足す。 その文字を見た途端、消したくなった。 好きだった気持ちまで、お金に換えようとしていると思われるだろうか。 けれど、誰にも責められない言い方を探していたら、私の傷の話は、いつできるのだろう。 電話が鳴った。拓真だった。&nb
آخر تحديث : 2026-10-02 اقرأ المزيد