「返せって……お前、本気で言ってるのか」拓真の声が低くなった。机の上には、さっきまで開いていた療養費のノートがある。私はその角を指で押さえた。「本気だよ」「夫婦の間で、そこまで金を数えるのかよ」頬に残った涙が冷たくなった。まだ結婚する前、会社が苦しいと聞いて、1,200万円を貸した。好きな人の力になれることが、うれしかった。それなのに今は、「夫婦だろ」という言葉で、返してほしいと頼むことまで責められている。「夫婦なら、返さなくてもいいと思ってた?」「そうは言ってないだろ。今すぐ動かせる金ばかりじゃないんだ」今夜全部返せと言いたいのではなかった。どう返すつもりなのか、それだけでも聞きたかった。受話口の向こうで足音がした。「誰と話してるの。澪さん?」美弥子の声だった。「あとにしてくれ」「絵里さんを待たせて。まだ何か言ってるの?」拓真はすぐには答えなかった。私との電話も、向こうの食卓を待たせている時間なのだ。美弥子にどう説明するのかと思っていると、短い声が返った。「前に出してもらった金を返せって」「まあ。あんな席に来て、今度はお金?」椅子から立ちかけた。あそこへ呼んだのは拓真だ。何の祝いかも知らなかった。口を開きかけた私より先に、拓真が声を上げた。「母さん、やめろよ」押さえていたノートから、指が離れた。「俺が話してるんだから。向こうに行っててくれ」呼んだのは俺だとは、言わなかった。私が何をされたかではなく、誰が私を相手にするか。それだけで話が終わっていく。「会社を助けたいって、自分で出したんでしょう。こんな時に恩を着せるなんて」少し遠くなった美弥子の声が、最後まで聞こえた。唇を閉じた。助けたかったのは、本当だった。夫に頼りにされたことがうれしくて、力になれることが誇らしかった。その気持ちを、今、恩を着せるために使っていると言われた。「聞こえた?」私は拓真に尋ねた。「母さんの言うことを、いちいち気にするな」「私、助けたかっただけだよ」声がかすれた。言ってから、もう一度泣きそうになった。貸した金を返してほしいと言うために、あの時の気持ちまで弁明しなければならないのだろうか。拓真がため息をついた。「分かってるよ。落ち着いたら考えるから」「いつ、返事をもらえる?」「今は会社の方も忙しいんだ」「返し
آخر تحديث : 2026-09-27 اقرأ المزيد