جميع فصول : الفصل -الفصل 20

46 فصول

11話

病院に着く頃には、すっかり空が暗くなっていた。 面会の記入を済ませ、病棟の廊下を歩いた。拓真との電話を切ってから、スマートフォンは一度も鳴っていなかった。 父は窓側のベッドに横たわっていた。 「お父さん、来たよ」 枕元の椅子を引き、鞄を足元へ置いた。呼びかけても返事はなかったが、顔を見ているうちに、肩に入っていた力が少し抜けた。 「今日はね、仕事で困ってる人がいて、一緒に調べたんだ」 私は、会社で起きた小さな問題を話した。最初は原因が分からなかったこと。残っていた記録を見ながら、昨日と違うところを探したこと。 「まだ確認することはあるけど、止まっていたものは動くようになったよ」 仕事のことなら、言葉が続いた。 父が聞いてくれたら、きっと途中では口を挟まず、最後に「よかったな」と笑っただろう。 「家のことも、大丈夫だよ」 いつものように口にしてから、父の顔を見た。 その先が続かなかった。 拓真と結婚したいと告げた時のことを思い出した。 父は私の顔を見たまま、しばらく何も言わなかった。 「澪、その結婚には賛成できない」 「どうして?私、拓真さんとなら幸せになれるよ」 私は拓真がどれほど優しいかを話し続けた。父に分かってもらえさえすれば、最後には祝ってくれると思っていた。 「お父さんに心配かけないから。大丈夫だから」 あの時は、迷わずに言えた。 
last updateآخر تحديث : 2026-09-13
اقرأ المزيد

12話

吐き気がした。 私は客間の入口から目をそらした。 このままごみを捨ててしまおうかと思った。見なければよかった。 少なくとも、昨日までの私には戻れない。 ごみ袋の端へ手を伸ばし、途中で止めた。 拓真に聞いても、そんなものはなかったと言われたら。私が勝手に疑っているのだと、また話を終わらされたら。 私はスマートフォンを取り出した。 画面越しに見るのも嫌だったが、ごみ箱の中を撮った。包装と、その横にあったものが写っていることを確かめ、すぐに画面を閉じた。 ごみ箱は動かさなかった。 掃除機だけを廊下の端へ寄せ、洗面所で手を洗った。水を止めてからも、しばらく洗面台の前に立っていた。 昨夜、私は父に家のことを話せなかった。 拓真を選んだのは自分だから。幸せになると言い切ったのも自分だから。 そうやって言葉を飲み込んでいた間に、ふたりはここで何をしていたのだろう。 リビングへ戻り、ソファに座った。 拓真とのメッセージを開いた。加湿器を買ってこいという命令の下に、父の病院へ寄ると送った私の言葉が残っていた。 電話をかけようとして、拓真の名前へ指を置いた。 けれど、ふたりは一緒にいる。 運転中だ。店にいる。帰ってからにしろ。 そう言われて切られたら、私はまた待つしかなくなる。 スマートフォンを膝へ置いた。 帰ってきたら、顔を見て聞く。&n
last updateآخر تحديث : 2026-09-13
اقرأ المزيد

13話

私はしばらく、拓真の顔を見ていた。 けれど、拓真は「出ていけ」という言葉を取り消さなかった。 「拓真さん、もういいです」 絵里が、客間の入口から声をかけた。 「それなら、私が出ていきます。私のことで、おふたりがこんなふうになるのは……」 足元には、買ってきたばかりの紙袋が置かれていた。絵里はそれを持ち上げず、拓真を見ていた。 「絵里が出ていく必要はない」 拓真はすぐに答えた。 「でも、澪さんが――」 「いいから。お前はここにいろ」 私は拓真を見た。 「私には出ていけと言ったのに、絵里さんは引き留めるんだね」 「お前が嫌だって言うからだろ。絵里は自分から出ていくとまで言ってるんだぞ」 「だったら、そうしてもらって」 絵里の視線が、拓真へ戻った。 拓真は私を睨んだ。 「絵里には、技術アドバイザーとして新事業に入ってもらったばかりだぞ。海外との話も、絵里が頼りなんだ」 「仕事を続けるのに、この家に住む必要はないでしょう」 「帰国したばかりで、住む場所まで心配させるのかよ。うちにいれば、時間を気にせず打ち合わせもできる。俺の妻なら、少しは仕事を支えろよ」 「絵里さんと寝たことまで、仕事のためだと言うの?」 「またその話か。今は絵里がここにいる理由を話してるんだろ」 私は拓真を
last updateآخر تحديث : 2026-09-14
اقرأ المزيد

14話

「父は、反対した理由を話していません」 電話の向こうが静かになった。 「だったら、今さら考えても仕方ないでしょう」 「でも、私は、お義母さんのことを何か言われたとは一言も――」 「言葉のあやよ」 美弥子は私の言葉を遮った。 「それより、今はあんたと拓真の話をしているの。昔のことまで持ち出さないでちょうだい」 「昔のこと?」 「結婚に反対された時の話よ。いちいち言葉尻を捉えないで」 「……分かりました」 「分かったなら、絵里さんを困らせるようなことはやめなさい」 「分かったのは、お義母さんがどう考えているかです」 「あんたね――」 「今日は、もう切ります」 返事を待たず、通話を終えた。 耳から離したスマートフォンを、しばらく見つめていた。 ――私のことを、何て言っていたの? 美弥子が何を気にしていたのか、私には分からなかった。 その言葉だけが引っかかったまま、答えは出なかった。 けれど、今夜もこの家で眠れないこととは別の話だった。 私は、開いたままになっていた宿の予約画面へ戻った。 宿泊人数は、ひとり。 日付と部屋を確かめ、氏名を入力した。 これまで泊まる場所を選ぶ時は、拓真の車を停められるか、朝食が付いているか、
last updateآخر تحديث : 2026-09-14
اقرأ المزيد

15話

「どいて」 「離婚したいなんて、二度と言わないと約束しろ」 「約束しない」 「お前ひとりで決めることじゃないだろ」 「一緒に暮らせないという私の気持ちまで、あなたには決められない」 取っ手へ手を伸ばすと、拓真は扉に背をつけたまま、鞄をつかんだ。 「離して」 「まず部屋へ戻れ。落ち着いてから話す」 「私は落ち着いてる。今夜はここにいない」 鞄を引き戻そうとしたが、拓真は手を離さなかった。 「ホテルなんかに泊まって、俺を悪者にするつもりか?」 「誰にも話してないよ」 「だったら出ていく必要はないだろ。少し頭を冷やせば済む話を、離婚だのホテルだの、大げさにするな」 「大げさにしてるんじゃない。私は何日も、あなたと話そうとした」 「今は仕事が忙しいんだ。落ち着いたら話すと言ってるだろ」 「その間も、絵里さんはこの家に住むの?」 「また絵里のせいにするのか」 「絵里さんと関係を持ったのは、あなた自身だよ」 拓真の表情が変わった。 鞄を引く力が急に強くなり、私の体が前へよろめいた。 「拓真さん、危ない!」 客間の入口で、絵里が目を見開いた。とっさに一歩踏み出したものの、伸ばしかけた手は途中で止まった。 「絵里は黙ってろ」 拓
last updateآخر تحديث : 2026-09-15
اقرأ المزيد

16話

目を開けると、白い天井がぼやけて見えた。 救急車の中で一度だけ目を開け、病院でも何度か名前を聞かれた記憶があった。傷の処置が終わってから、眠っていたらしい。 まばたきをすると、額の奥が脈を打つように痛んだ。右肩にも重い痛みがあり、腕を動かそうとしただけで息が止まった。 顔の横から、規則正しい電子音が聞こえた。カーテンの隙間の向こうは暗く、ベッドの正面にある時計は、午後7時を少し回っていた。 カーテンが開き、看護師が入ってきた。 「目が覚めましたか。気分はいかがですか?」 「ここは……」 「病院です。ご自宅から救急車で運ばれました。お名前を言えますか?」 答えると、看護師は私の目へ小さな光を当て、日付とここがどこかを尋ねた。 額には厚いガーゼが貼られていた。 傷は縫合され、脳震盪の疑いがあるため、少なくとも今夜は経過を見るという。右肩は強い打撲で、骨に異常はなかった。 「ご主人が救急外来の家族待機室にいますが、お会いになりますか?」 すぐには答えられなかった。 玄関の扉をふさぐ拓真。腕へ食い込んだ指。上がり框にぶつかった靴のかかと。 伸びてきた手を思い出し、シーツの上で左手を握った。 体を起こそうとすると、吐き気が込み上げた。 「急に起きなくて大丈夫ですよ」 看護師がベッドの背を少しだけ上げた。 「私が……救急車を呼んだんですか?」 「緊急通報の途中で意識を失われたようです。その
last updateآخر تحديث : 2026-09-16
اقرأ المزيد

17話

朝になっても、頭を動かすと鈍い痛みが残った。 窓から入る光がまぶしく、私はカーテンを半分閉めてもらった。右肩には湿布が貼られ、左腕の赤紫色の跡は、昨夜より濃くなっていた。 診察に来た医師は、額の傷を確認したあと、検査画像を画面に表示した。 「CTでは、頭の中に出血や骨折は見つかっていません。額の傷からの出血も止まっています。ただ、一時的に意識を失っているので、脳震盪の症状には注意が必要です」 医師は画面から私へ目を戻した。 「午前中に歩行と食事の状態を確認します。吐き気やめまいが強くならなければ、午後には退院できるでしょう。ただし、退院できることと、治ったことは別です。数日は無理をしないでください」 「分かりました」 「頭痛が急に強くなる、何度も吐く、意識がぼんやりするといった症状が出た場合は、すぐに救急外来を受診してください。 症状が落ち着いていても、1週間後に外来で額の傷を確認します。その時に抜糸する予定です」 医師はそう念を押してから、手元の記録へ目を落とした。 「けがをした時の状況について、看護師から報告を受けています。玄関で転んだのではなく、ご主人に腕をつかまれ、引き戻された時に頭をぶつけた。それで間違いありませんか?」 「はい。離してほしいと、何度も言いました」 「左腕の跡も、その時につかまれたものですか?」 「そうです」 医師は左腕の跡をもう一度確認し、私の答えを記録へ書き加えた。 「退院したあと、ご自宅へ戻ることに不安はありますか?」 「家には戻らないつもりです」&nb
last updateآخر تحديث : 2026-09-17
اقرأ المزيد

18話

「どうして絵里さんがいるの?」 「心配して、わざわざ来てくれたんだ。絵里だって昨日のことで参ってる。責めるようなことは言うなよ」 絵里は助手席から降りることも、私を振り返ることもしなかった。胸元にネックレスを光らせたまま、何事もなかったように前を向いていた。 「乗らない」 拓真の手が、後部座席のドアに掛かったまま止まった。 私は看護師から鞄を受け取り、病院のタクシー乗り場へ向かった。 乗り込むと、運転手に昨夜予約していたホテルの名前を告げた。 「空室を確認しますので、ひとまずそちらへ向かってください」 車が走り出してからホテルへ電話をかけると、幸い、今夜は空いている部屋があった。 …… ホテルの部屋に入ると、真っ先にドアガードをかけた。 金具の重なる音を聞いて、ようやく息を吐いた。 鞄を床へ下ろそうとすると、右肩に痛みが走った。無理に持ち上げず、その場へそっと置き、ベッドへ腰を下ろした。 上着を脱ぐだけでも額の傷が脈を打った。壁の鏡には、ガーゼを貼った青ざめた顔が映っていた。 一晩なら、ここで過ごせる。これからのことは、今夜ひとりで考えればいい。 充電器をつなぐと、スマートフォンに拓真からの着信履歴が並んだ。 画面を伏せた直後、再び着信音が鳴った。 迷った末、通話ボタンを押した。 「澪、今どこにいる?」 「ホテル」 「どこのホテルだ。迎
last updateآخر تحديث : 2026-09-18
اقرأ المزيد

19話

社員寮で迎えた最初の朝、目を覚ましても、すぐには起き上がれなかった。 知らない天井を見たまま、ここがどこなのかを思い出す。額の傷は脈を打ち、右肩を下にすると痛んだ。 それでも、扉の向こうに誰の気配もないと分かると、もう一度だけ枕へ頭を戻せた。 机の上には、管理人から受け取った鍵と、昨夜書いたメモがあった。 仕事用の服。予備の眼鏡。通帳と印鑑。 最後に丸で囲んだ、父の書類箱。 スマートフォンの通知を戻すと、拓真からのメッセージが並んだ。 【どこにいる】 【迎えに行くから場所を送れ】 【勝手なことをせず、まず俺と話せ】 最後の一通は、午前1時を過ぎていた。 【朝までに連絡しろ】 私は返信せず、位置情報の共有が解除されていることだけを確かめた。 旅行用の鞄ひとつでは、仕事へ戻るにも、これからの生活を考えるにも足りない。右肩が治るまで、自分で荷物を運ぶこともできなかった。 荷物運搬サービスへ電話をかけ、作業員ふたりと車を手配した。来てもらうのは、拓真が会社にいる平日の午後にした。 事前に知らせれば、また家から出るのを止められるかもしれない。持ち出すのは私の物だけだ。 申し込みの途中で、立ち会う人を尋ねられた。 「私です。けがをしているので、箱詰めからお願いしたいんです」 そう答えると、電話の向こうの担当者は、持ち主が分かる物から順に確認し、判断できない物には触れないと説明した。 誰の物
last updateآخر تحديث : 2026-09-19
اقرأ المزيد

20話

「待ってください。どうしてお義母さんが、父の書類を確認するんですか?」返事の代わりに、通話が切れた。画面には、終了した通話時間だけが残った。父の箱を置いた場所を知っていたのは、私と拓真だけだ。美弥子は、ただ部屋を片づけるために持ち出したのだろうか。分からない。けれど、分からないまま預けておくことはできなかった。すぐにかけ直したが、美弥子は出なかった。【あの箱は、父から預かった私の物です。中身に触れず、返してください】送信してから、絵里を見た。「お義母さんは、箱の何を見ていたの?」「さあ。私がそばを通った時には、ノートをめくっていましたけど」「どのノート?」「そこまでは覚えていません」絵里は肩をすくめた。「ご家族の物だと思ったので。私が口を出すことじゃないでしょう?」私の父の物を持ち去る時には家族だから止めず、私が自分の服を運ぶ時には家を任されているから確認する。絵里の言う家族の中に、私はもう入っていなかった。階下から、作業員が次の荷物を尋ねる声がした。私は空いた棚から目を離した。「今日は、運び出した物だけでお願いします」この家で絵里と言い争っても、父の箱は戻らない。玄関へ下りると、絵里がついてきた。「拓真さんが帰ったら、今日のことは全部話します」「どうぞ」「本当に、このまま出ていくつもりなんですか?」私は振り返った。「出ていけと言ったのは拓真だよ。あなたの前で」絵里は一瞬黙ったが、すぐに表情を整えた。「でも、拓真さんは本気ではなかったと思います」「本気かどうかを、あなたが決めるの?」返事を待たず、外へ出た。石畳を進む間にも、家の中から絵里の声が聞こえた。もう拓真へ電話をかけているらしい。作業員が荷台を閉めると、私のスマートフォンが震えた。拓真からだった。出ずにいると、切れた直後にまた鳴った。通知を消し、作業員の車を見送った。社員寮へ戻る途中、美弥子から短い返事が届いた。【返してほしいなら、明日うちへ来なさい】私は立ち止まらずに返信した。【家の中には入りません。正午に門の前で受け取ります】すぐに電話がかかってきた。「門の前って、何を大げさなことを言ってるの。せっかく来るなら、中へ入って話をすればいいでしょう」「箱を受け取りに行くだけです」「拓真も反省しているのよ。あの子が迎えに行った
last updateآخر تحديث : 2026-09-23
اقرأ المزيد
السابق
12345
امسح الكود للقراءة على التطبيق
DMCA.com Protection Status