All Chapters of 身代わりの私こそが本命?今さら笑わせないで: Chapter 11 - Chapter 20

30 Chapters

第11話

海外の仕事が残っていた秀明は、茉優より遅れて帰国した。だが、たった今飛行機を降りたところで、茉優が入院したと聞き、慌てて病院へ駆けつけたのだ。「お兄ちゃん!」茉優は秀明を見るなり、ぱっと明るい笑顔を見せた。秀明はスーツケースを壁際に置き、大股で歩み寄る。「どうしたんだ?妊娠してるんだから、もっと気をつけないと」茉優は笑いながら答える。「大丈夫よ。ちょっと驚かされただけ。少し休めば平気だから」秀明は眉をひそめた。「誰に驚かされたんだ?」茉優は甘えるように笑う。「もう、誰でもないわ。そんな怖い顔しないで、せっかくのイケメンが台無しよ」隣のベッドで寝ていた航は、尿意を感じて目を覚ました。寝ぼけ眼をこすりながら秀明の姿を認めると、口をとがらせて訴える。「パパ、俺知ってるよ。あの悪い魔女だ。あの人が、茉優おばちゃんをいじめたんだ」「悪い魔女?」秀明は視線を京介へ向ける。京介はこめかみを押さえながら答える。「……夏目真夕だ」航はふんと鼻を鳴らす。「へえ、あの魔女も、『まゆ』って名前なのか。俺のことも怖がらせたんだよ。パパ、あの悪い魔女をやっつけてよ!」茉優はわざとたしなめるような顔をして航を見る。「ほら、航、女性にそんな言い方しちゃだめよ。お行儀が悪いわ」「だって、あの人は魔女だもん。女の人じゃないよ」そのとき、京介のスマホが再び鳴った。画面を確認した京介は、秀明の肩を軽く叩いた。「お前が来てくれたなら安心だ。茉優ちゃんのことを頼む。俺は用があるから、先に家へ戻る」そう言いながら電話に出る。茉優に視線を向けると、彼女が安心させるように微笑み返してくれたので、京介はそのまま病室を後にした。「ああ、今行く。分かった……」篠原家の本邸は、夜遅くにもかかわらず煌々と明かりが灯っている。真夕が警察に通報したことは、篠原家の顔に泥を塗るも同然だ。この界隈に、絶対に漏れない秘密など存在しない。知るべき人間には、すでに知れ渡っている。幸い、マスコミにはあらかじめ手を回してあるため、勝手な記事を出す者はいない。会社の株価やイメージにまで影響が及ぶことはなかった。それでも、篠原家の怒りは収まらない。京介は屋敷に入る前に足を止めた。たまっていた疲労感をぐっと押し殺し、気を取り直して中へ入る。「じいさん、父さん
Read more

第12話

「京介があいつを甘やかしすぎたから、あいつはこうやって何度も騒ぎを起こして、お前の気持ちを確かめようとしてる。女が嫉妬したときによくやる手だ。お前は恋愛経験が少なすぎるんだよ。だから分かってないんだ」この手の話なら、豪はたしかに専門家と言っていい。付き合う女を次から次へと変え、まるで服を着替えるような頻度だ。「それで?」「簡単なことさ。しばらく冷たくするんだ。甘やかすのもやめて、あいつに与えたものを全部取り上げるんだよ。そうしたら、一人芝居も続けられなくなる。そのうち向こうは捨てられるんじゃないかって不安になって、焦り出す。最後には自分からすごすご戻ってきて、お前の足元に這いつくばって許しを乞うはずさ。お前に振り向いてもらいたくて、愛してもらいたくてな」「分かった。切るぞ」京介は髪を拭いていたタオルを洗濯かごへ放り込み、そのまま電話を切った。頭の中では豪の言葉を反すうしている。たしかに、一理ある。京介は初めて真夕と会ったとき、姉妹でもないのにここまで似ている人間がいるのかと驚いた。あとになって、真夕が顔の修正手術を受けていたことを知った。修正手術というのはあくまで婉曲的な言い方で、はっきり言ってしまえば整形だ。おそらく真夕は、茉優の顔を参考にして整形したのだろう。何のためかは、言うまでもない。それなのに、今になって突然、茉優が帰国し、京介と抱き合っているところを目にした。真夕の心の中では、不安や怯え、劣等感など、さまざまな感情が入り混じっているのだろう。だからこそ、あんなおかしな行動を繰り返している。認めたくはないが、豪はビジネスの才能こそないものの、こういうことに関しては、それなりに役に立つ。翌日、病院。京介は慧の病室のドアを開ける。慧は京介の姿を見ると、淡々と「パパ」と呼んだ。京介は気遣うように尋ねる。「熱は下がったか?まだつらいか?」「へえ、珍しいじゃない。昨日の夜から今まで……」莉桜は手首につけたスマートウォッチをちらりと確認してから、顔を上げ、嘲るような視線を向ける。「もう7時間も経ってるのに、ようやく慧を心配する気になったんだ。さすが、立派なお父さんね」たしかに、昨夜から今まで、京介が慧を気遣う言葉をかけたのはこれが初めてだ。だが、京介は顔色一つ変えず、足を止める
Read more

第13話

予定通りに結婚式を挙げ、栄一の株式を手に入れて篠原家の実権を完全に握った暁には、京介は真夕にそれなりの待遇を保証してやるつもりだ。だが、もし真夕が身の程をわきまえず、これ以上意地を張って騒ぎ立てるなら、もう甘やかすつもりはない。後になって真夕がどれほど後悔するか、見ものだ。だが、その時になって泣きついてきても、もう遅い。自分で招いたことなら、自分でその結果を引き受けるしかない。そんな考えがあったからこそ、京介は朝一番に病院へ来ると、まず茉優のもとへ顔を出し、それから秀明を連れて慧の病室へ来たのだ。慧が贈り物を受け取ろうとしないのを見て、秀明は自分がここへ来た本当の目的を思い出す。ここへ来る前、秀明は茉優の「身代わり」であるこの女に何の好感も抱いていなかった。茉優の顔を真似て整形したと聞いてからは、むしろ嫌悪感すら覚えていた。海外にいた頃から、真夕の噂は耳にしていたが、実際に顔を合わせるのは今日が初めてだ。ところが、真夕を見た瞬間、秀明の心臓が大きく跳ねた。言葉では説明できない感情がざわめく。特に、その瞳を見たとき。黒く澄んだ瞳は、静かな湖のようだ。見つめられると、心の奥底まで見透かされてしまいそうだ。その名状しがたい感覚は、ますます強くなる。嫌悪や憎しみではないことだけは確かだ。なぜか、懐かしい感覚、そして、もっと近づきたい気持ちが込み上げてくる。だが、秀明はすぐにその理由に思い至り、心の中で自嘲した。きっとあの顔のせいだ。この女の顔は、あまりにも茉優に似すぎているからだ。茉優の顔をもとに整形したと聞いていたが、なるほど、実によくできている。だが、偽物はしょせん偽物だ。身代わりはいつまで経っても身代わりだ。どれだけ似せたところで、本物にはなれない。秀明の目に、かすかな嘲りが浮かぶ。それでも、口調だけは礼儀正しい。「妹のことで、あなたと京介の関係をこじらせて、余計な誤解を招いてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。どうか、もう京介を責めないであげてください。彼は本当に愛しているんですから」一体誰を愛しているというのだろう。言うまでもない。京介が愛しているのは、秀明の妹、茉優だ。真夕を騙すために、京介の周りにいる人間まで、みんな揃って芝居を打っている。彼らの言い分はどれも筋が通っており
Read more

第14話

スマホの画面には、一枚の写真が映し出されている。写真の中では、病室のテーブルの上に豪華な朝食が並べられている。真鯛の潮汁、ひつまぶし、牛肉のロースト、色とりどりのおかず、そして見覚えのある重箱……その隣には、二つのベルベットの箱が置かれている。どちらも蓋が開いていて、中にはそれぞれルビーの指輪とエメラルドの指輪が収められている。そして、その病室のベッドに座っているのは茉優だ。その写真は、茉優の病室の看護師がこっそり撮ったものだ。非公開アカウントに投稿され、若い看護師たちがコメントで【素敵な旦那さんね】などと羨ましがって盛り上がっていた。たまたま莉桜もそれを見て、スクリーンショットを真夕に送ったのだ。それがなければ、京介が朝早くから病院に来ていたことなど、真夕は知る由もなかっただろう。病院に着いたのに、妻と息子の様子を見に来るどころか、食事を持って真っ先に向かったのは茉優の病室だ。指輪も、まずは茉優に選ばせた。そして、茉優が選ばなかったほうを、真夕に渡して機嫌を取ろうとしている。つまり、真夕に押しつけようとしているのは、茉優がいらないと言った残り物だ。ぐぅぅ……隣のベッドで、慧のお腹が鳴った。慧は少し気まずそうに顔を赤らめたものの、平静を装っている。使用人の祥子は朝食を用意していたが、病院へ来る途中で朝の渋滞に巻き込まれてしまい、まだ到着していない。真夕も慧もまだ朝ご飯を食べていない。「慧、まだ朝ご飯を食べてないのか?」京介は驚いたように尋ねた。だが、真夕が冷ややかな笑みを浮かべて自分を見つめているのに気づくと、バツが悪そうに顔をしかめる。「あんたが持っていたあの重箱、私が出張先で買ったものよ。前に慧のご飯を作って本邸に持っていったとき、そのまま置いてきてしまったのよね」「真夕、これには事情があるんだ」京介はすぐに言い訳を並べ始める。「茉優ちゃんは、お前のせいで危うく大変なことになるところだったし、今朝も具合が悪かったらしい。もし何かあったら、お前が責任を負うことになる。だから、お前のために、先に茉優ちゃんの病室へ様子を見に行ったんだ。それに、あの指輪だって、ただの詫びの品だ。それ以上の意味はない。先に茉優ちゃんに選ばせたのも、礼儀として当然だろ。ここへ来る途中、たまたま先に茉優ちゃんの病室へ寄ったか
Read more

第15話

「真夕、後悔するなよ」言い捨てると、京介は離婚協議書をひったくり、そのまま病室を出ていった。秀明は慧におもちゃを残すと、もう一度真夕に目を向ける。視線に気づいた真夕が顔を上げる。黒く澄んだ瞳には、揺るぎない決意と冷たさが宿っている。秀明の心臓が、またしてもドクンと跳ねた。あの、わけもなく近づきたくなるような不思議な感情が、再び込み上げてくる。秀明はその感情を押し殺し、何事もなかったように小さくうなずくと、大股で病室を出ていく。病室を出るなり、秀明は全身から近寄りがたいオーラを漂わせている京介の腕を掴む。「俺には、あいつがただ騒いでるようには見えない。本気でお前と離婚するつもりなんじゃないか?」京介は鼻で笑った。「ありえない。あいつにそんなことできるわけがない」秀明は京介の手にある離婚協議書に目を落とす。「これ、どうするつもりだ?」「あいつの望み通りにしてやるさ」……病室。莉桜がベッドのそばまで歩み寄り、真夕を抱きしめ、背中を優しく叩きながら慰める。「朝ご飯、買ってくるね。真夕が好きな玉子焼きと小松菜の味噌汁にしよう。朝っぱらから、ローストなんて食べたくないわ。普段から食べ飽きてるし、たまにはあっさりした和食がいいわよね」「うん」真夕は微笑んでうなずく。慧はまだ点滴を受けていないが、ベッドから降りて真夕のそばへやって来た。そして、莉桜の真似をして、小さな腕を広げて真夕を抱きしめながら、背中を優しくぽんぽんと叩いた。「ママには僕がいるよ。パパと離婚したら、僕はママについていく。大きくなったら、いっぱいお金を稼いで、ママと莉桜ちゃんに宝石を買ってあげる。たくさん買って、毎日違うのをつけるんだ」こんなときでも、慧は莉桜のことを忘れていない。胸が温かいもので満たされ、莉桜は二人をそっと抱きしめた。慧の怪我に障らないよう優しく頭を撫でると、真夕と慧、それぞれの額にキスを落とす。「じゃあ、給料をもらったら、二人を連れて思いっきり遊びに行こうね」そこへ、ようやく祥子が重箱を提げてやってきた。莉桜が買いに行く手間も省け、3人は一緒に朝食をとることにする。莉桜は小鉢に取り分けた味噌汁を真夕に手渡す。「ありがとう、莉桜」真夕の向かいに座った莉桜は、じっとその顔を見つめながら、何やら考え込んでいる。
Read more

第16話

血のつながり?真夕は考えたこともなかった。心のどこかで、茉優と血のつながりがあるなんて、考えたくもなかったのかもしれない。想像するだけで、気分が悪くなる。しかし、莉桜にそう言われてみると……ありえない話でもないように思えてくる。真夕は孤児だった。幼い頃は児童養護施設で育ち、のちに今の養父母に引き取られた。養父母は真夕を実の娘のように可愛がり、とても大切に育ててくれた。しかし、親戚たちは真夕をひどく疎んじていた。子どもの頃、いとこたちは人目につかないところで真夕をいじめ、「金食い虫」「どこの馬の骨ともわからないヤツ」「捨てられたゴミ」と罵ったものだ。本当の両親は誰なのか。真夕はずっと知りたかった。なぜ自分を捨てたのか、聞きたかった。自分を愛していないなら、なぜ産んだのか。これまでの間、自分を探そうとしたことはあったのか。夜中にふと目を覚ましたとき、自分を捨てたことを後悔したことはあるのか。かつては、いつか自分が成功して両親を見つけ出し、足元にひざまずいて泣きながら謝らせる妄想を何度も繰り返していた。それが真夕の執念であり、努力する原動力でもあった。しかし、大人になるにつれて、そんな考えは幼稚だと思うようになり、いつしか、その執念も少しずつ薄れていった。真夕は自分の顔に手を当て、尋ねる。「そんなに似てる?」莉桜はうなずく。「かなり似てるわ。でも、真夕のほうは目元がきれいだし、それに、なんていうか……品がある!」里中茉優なんて、ただの派手なだけの女だ。比べるまでもない!今回はさすがに口を慎み、その言葉は飲み込んだ。慧の耳を汚すわけにはいかないからだ。「ママ、聞きたいことがある」慧は幼稚園にいるときのように、素直に小さな手を挙げる。真夕はくすっと笑って、慧の鼻先をつんと指でつつく。「はい、慧くん。どうぞ」慧は小さな顔を引き締め、ひどく真剣な表情で尋ねる。「あのお姉ちゃんは愛人なの?あと、パパがすごく心配してたあの子、パパの隠し子?」慧はまだ5歳だが、篠原家で育つうちに、大人の顔色を読むことを覚えていた。それに、普段から付き合っている友達は、政治家や名門一族の子どもばかりだ。もともと頭の回転も速い。5歳にして小学3年生レベルの勉強をこなすほどだ。だから慧は、「愛人」や「隠し子」
Read more

第17話

莉桜は特に驚く様子もなく、真夕の隣に身を寄せる。頭を寄せ合い、声を潜めて言う。「よくある話よ。自分の子どもと20歳以上も年が離れているのに、周りには弟や妹だって言い張ってる人までいるんだから。まったく、あきれちゃうわよね」真夕は莉桜の情報収集能力に感心する一方で、密かに彼女の推測が本当であってほしいと期待している。京介が、あれほど想い続けている女に、まさか1度ならず2度までも裏切られていたと知ったら、どんな顔をするのだろう。そう考えると、真夕の気持ちは少しだけ晴れた。自分だけが裏切られるなんて不公平だ。泥沼に落ちるなら、あの男も一緒がいい。そのほうが面白い。朝食を終えると、真夕は莉桜に早く帰って休むよう促した。莉桜が帰ったあと、真夕は大学の先輩、修に電話をかけた。本当は今日、修の会社へ見学に行く予定だった。しかし、この状況ではとうてい行けそうにない。「先輩、ごめんなさい。慧が病気になっちゃって、今病院で看病してるの。だから会社に行くのは、数日延期してもらえるかな」修は事情を聞いたあと、電話を切った。思いがけないことに、修はわざわざ病院まで見舞いに来てくれた。真夕は目を丸くして尋ねる。「先輩、どうしてここに?」「可愛い慧くんの顔を見に来たのさ」修は買ってきたおもちゃをベッドの上に次々と並べる。「気に入るかな?」慧は嬉しそうにうなずく。「うん、ありがとう」慧がおもちゃに夢中になっている間に、修は資料を取り出し、真夕に手渡す。それは、修の会社が現在進めている最も重要なプロジェクトの資料だ。修自らが先頭に立って進めているだけに、絶対に失敗は許されない。真夕の実力を、修はよく知っている。真夕が加われば、このプロジェクトはまず間違いなく成功する。修は冗談めかして言う。「サボろうなんて考えるなよ。時間があるときに目を通しておいてくれ。ちゃんとした改善提案を10個出さないと、先輩としてみっちり説教するからな」真夕は笑ってうなずく。「分かったわ」慧は修を見上げながら、手元を見ずにルービックキューブを回し、声を上げる。「修さん、ママは怪我してるんだ。ちゃんと休まないといけないから、お仕事しちゃダメなの」「怪我した?」修は慧が病気だということしか知らず、真夕が怪我をしたことは聞いていなかった。修は眉を
Read more

第18話

慧は熱こそ下がったものの、病み上がりでまだ元気がない。真夕が抱き上げようとすると、時哉に止められた。時哉は資料の入ったバッグを真夕に差し出す。「真夕はこれを。慧くんは俺が抱っこするから」真夕は少しでも力を入れると腰に痛みが走るため、ここは遠慮せずに好意に甘えることにした。折悪しく、エレベーターの扉が開く。中には航を検査に連れていく秀明が立っている。秀明は真夕を見ると軽く会釈し、紳士的に開くボタンを押して待っている。真夕はエレベーターに入ると、見知らぬ人に向けるようなよそよそしい口調で礼を言った。「慧くんはもう退院ですか?もう少し様子を見なくても大丈夫でしょうか?」秀明は相変わらず紳士的な態度を崩さない。しかし真夕には分かっている。それはあくまで表面上のものだ。京介や豪とつるんでいる男が、まともな人間であるはずがない。ましてや、秀明は茉優の従兄なのだ。真夕は秀明に好感を持っていない。これ以上、話をするつもりもない。「里中さん、私たち、親しく話をするような間柄ではないと思いますけど」秀明はなおも礼儀正しい態度を崩さない。「ただ慧くんのことが心配なだけです。京介の息子ですから」真夕はふっと鼻で笑い、冷たく言い放つ。「結構です。実の父親も気にかけていないんだから、里中さんが心配する必要はありません」秀明はそれ以上何も言わず、ただ、視線だけをさりげなく隣の時哉へ向ける。普段は海外を拠点にしている秀明だが、国内で名の知れた人物についてもある程度は把握している。何しろ時哉は、最年少で五大法律事務所のパートナーに昇格した敏腕弁護士だ。これまでに手がけたいくつもの大型案件は全国的な話題になり、法曹界でその名を知らない者はいない。エレベーターを降りると、秀明は京介に電話をかけ、先ほど病院で真夕と時哉に出会ったことを伝える。「あの二人、どうも普通の関係じゃなさそうだ。相馬が慧くんを抱っこしていて、事情を知らない人には、まるで親子3人に見えるぞ」電話を切ると、京介は机の上に置かれた離婚協議書を手に取る。真夕から突きつけられたものだ。記載された内容、特に財産分与の項目に目をやると、なんと財産の半分を要求している。よくもこんな図々しいことを考えついたものだ。それに、慧の親権についてもだ。たとえ真夕を愛してい
Read more

第19話

祥子は家から真夕と慧の着替えを持ってきた。二人が泊まっている特別個室は、専用のトイレやバスルームなど、高級ホテルにも引けを取らないほどの設備を備えている。慧が起きている間、真夕は修や時哉が持ってきてくれた知育玩具などで一緒に遊んだ。知恵の輪、ボードゲーム、ルービックキューブ、小型ロボットにドローン……昼間にたっぷり眠ったせいか、夜になっても慧はなかなか眠れず、小型ロボットを夢中になっていじっている。まだ5歳なのに、漢字もかなり読める。何事にも根気強く、一つのことにじっくり向き合うことができる。分からないことがあっても、すぐに助けを求めたりはしない。まず自分で説明書を読み、あれこれ試してみる。それでもうまくいかなければ、どこが悪かったのかを振り返り、原因を考える。そうやって何度も試行錯誤を繰り返しても、新しいアプローチが思いつかなくなって初めて、真夕のほうをちらりと見るのだ。真夕は微笑みながらも、すぐに答えを教えたりはしない。慧がこれまでに考えたことを踏まえながら、少しずつヒントを与えていく。慧はすぐにピンときたようにぱっと目を輝かせ、尊敬のまなざしを向けてくる。「ママ、てんさいだね!」熱を出した日に慧が泣きながら言った言葉を思い出して、真夕は心が痛んだ。慧はずっと、自分自身を疑っていたのだ。自分は頭がよくない、何をやっても上手くできない。そんなふうに思い込み、そのことで自分を責めていた。このまま放っておけば、やがて自己否定や劣等感をこじらせ、心を病んでしまうかもしれない。真夕は愛おしそうに、慧の小さな頬を軽くつまんだ。「慧だってすごく頭いいよ。ただ、自分で考えていると、どうしても目の前のことに夢中になっちゃうからね。ママみたいにそばで見ている人のほうが、全体を見やすいの。ほら、28回目に振り返ったときなんて、もうほぼ正解じゃない?だから、もう少し時間をかければ、慧ならきっと自分で答えを見つけられるよ」慧は自信なさげに尋ねる。「本当?僕にもできるかな、ママ」真夕は力強くうなずき、まっすぐ慧の目を見つめた。「もちろん。慧はまだ5歳だもの。これから何だってできるよ」慧はそのまま真夕の胸に飛び込み、ぎゅっと抱きついてくる。「ママ、僕、絶対にがっかりさせないから」真夕はうなずく。「信じてるよ。でもね、これ
Read more

第20話

茉優は高級ブランドのオーダーメイドの白いスーツに身を包み、すらりとした長い脚と細い腰を際立たせている。凛としていながらも優雅さを失っていない。手首には高価な腕時計をつけ、栗色の巻き髪を高めの位置でまとめている。華やかで、自信に満ちあふれている。京介は、体によくなじむ仕立てのいい黒のスーツ姿だ。背が高く、冷徹で気品がある。片手をポケットに入れ、もう片方の手には女物のバッグを持っている。白と黒、冷徹さと華やかさ。まるで絵に描いたようなお似合いのカップルだ。真夕の視線が、女物のバッグを持つ男の手に数秒間止まった。それに気づいた茉優は、笑みを浮かべた。「私、前からみんなと出かけると、いつも誰かがバッグを持ってくれてたから、すっかり癖になっちゃってて。気にしてないよね?」京介は冷たい目で真夕をちらりと見ただけで、何も説明しなかった。認めているのか、それとも真夕に説明することすら面倒なのか。京介がどんな態度をとろうと、今の真夕にはどうでもいい。茉優を相手にするつもりもない。スマホで莉桜に返信を続ける。茉優の言葉など雑音として聞き流した。真夕が何も言わないのを見て、茉優は鼻で笑い、目を細めた。茉優は京介のカードキーをかざして、社長専用エレベーターのロックを解除した。扉が開くと、小首を傾げて真夕を見る。「何も言わないってことは、またヤキモチ?まさか、本当に妬いてるの?そんなふうにいちいち目くじらを立ててたら、男に嫌われちゃうよ」朝っぱらから、耳元でぺちゃくちゃとうるさい。真夕は莉桜への返信を終えると、スマホの画面を消し、顔を上げてにっこりと笑った。「頭が悪いの?それとも目が悪いの?話したくないことくらい、見れば分かるよね?ヤキモチを焼こうが、男に嫌われようが、あなたには関係ない。ごちゃごちゃとうるさいわね。私たち、そんなに親しかったかしら?話にならない!もし頭に問題があるなら、ここを出て左に曲がって、三キロほど行けばいいわ。そこにある精神科病院で診てもらえるから」そう言い終わると、真夕はようやくすっきりした。茉優もさすがに笑っていられなくなった。顔を強張らせ、唇を噛み締めたまま、黙り込んだ。これで静かになるかと思いきや、京介が口を開いた。氷のように冷たい声だった。「真夕、謝れ!」真夕は笑いな
Read more
PREV
123
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status