All Chapters of 私が愛したのは、面影だけだった: Chapter 1 - Chapter 10

27 Chapters

第1話

結婚式を目前に控えたある日、真里亞は思いがけない光景を目にする。遊助の幼馴染である南沢園子(みなみざわ そのこ)が彼に縋りつき、儚く泣き崩れていたのだ。「遊助さん、真里亞さんのこと好きじゃないって知ってるの。ずっと私のことを想ってくれてたことも。あの頃、私たちあんなに仲が良くて……あと一歩で付き合うところだったのに。でも、おば様が病気になって、優花里ちゃんも学校に通えなくなって、追い詰められて真里亞さんの恋人になるしかなかったんでしょ?あの人はもう何年もあなたを縛りつけてきた。今のあなたはもう成功して、昔とは違うんだから、どうして無理して結婚する必要があるの?私、あの人があなたと結婚するなんて絶対に許せない。本当に結婚するつもりなら、私、今日ここから飛び降りるから!」30階建てのオフィスビル。その高さを見ただけで、遊助の母、三宮福子(さんのみや さちこ)と妹の三宮優花里(さんのみや ゆかり)は青ざめ、慌てて遊助を説得し始めた。「遊助、園子は私が小さい頃から見てきた子よ。ずっと将来はうちのお嫁さんになる子だと思ってきたの。あの子を裏切るなんてできないでしょう!」「そうだよお兄ちゃん、真里亞さんと別れてよ。園子はあんなにお兄ちゃんのこと好きなんだから、あたし、園子にお義姉さんになってほしいの」「ねえ、何か言ってよ遊助さん!今のあなたなら真里亞さんから逃げられるはずなのに、どうして別れないの?それなのに結婚までするなんて!まさか……あの人のこと好きになったの?もしそうなら、私、死んでやるわ!」その混乱した空気の中、遊助はただ黙り込んでいた。いつまで経っても答えが返ってこないことに、園子の感情はついに限界に達し、身を翻して飛び降りようとした。その瞬間、遊助は咄嗟に園子の手をつかんだ。低く沈んだ声で言った。「……わかった。結婚はやめだ」園子の顔にぱっと喜びが広がる。「やっぱり遊助さんの心には私がいたのね。じゃあ、式当日に姿を消してほしいの。真里亞さんに恥をかかせてやりましょう。長年あなたを縛りつけてきた仕返しよ」その言葉に、その場にいた全員の顔色がわずかに変わった。遊助がすぐには頷かないのを見て、園子はまた目を赤くした。「遊助さんもあの人のこと嫌いなんでしょう?これさえ約束してくれたら、もう二度と馬鹿な真
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第2話

まさかこんなに早く戻ってくるとは、真里亞も思っていなかった。けれどこの関係において、常に主導権を握るのは彼女の方だ。だから何も隠すことなく、堂々と結論を告げた。「結婚はやめるって言ったの。それが何?」素っ気ない表情を見て、遊助はいつものように少し拗ねているだけだと思った。本気にすることもなく、上着を脱ぎながら、冷めた声で返した。「しつこく結婚を迫ってきたのはお前だろ。なのに今度は結婚しないって、また何のつもりだ?」遊助は、部屋の中で神妙な顔をして座っているデザイナーたちを一瞥すると、1着のドレスを無造作に指差した。「これにしろ」真里亞が彼の指先を追うと、選んだドレスは数日前に動画で見て気に入っていたものと同じだった。少し意外に思いながらも、深くは考えずただ一瞥して尋ねる。「今日、どこに行ってたの?」「仕事だ。安心しろ、1日1回抱くって約束は、忘れちゃいない」顔色ひとつ変えずに嘘をつくと、遊助は身を屈めて抱き上げ、寝室へ運ぼうとした。だが真里亞はいつになく押しのけた。「しばらくはいらない。ゲストルームで寝て」手がぴたりと止まる。瞳に浮かんだのは、まるで初めて見るような、信じがたいという色だった。「前はいつも欲しがってきただろ」真里亞は自嘲するように笑った。「まあ、あなたよく言ってたじゃない。無理強いしてもいいことはないって」遊助の瞳がわずかに翳る。しばしの沈黙の後、真里亞をそっと下ろした。「好きにしろよ」そう言い残すと、振り返ることもなく階段を上り、ゲストルームへと消えていった。翌朝、ずいぶん早くに目を覚ました。使用人がコーヒーを運びながら、ついでのように様子を報告する。「三宮社長は朝早くから運動にお出かけになりました。お戻りをお待ちになって、ご一緒に朝食を召し上がりますか?」「後で出かける用事があるから、待たなくていいわ」朝食を済ませると、車を出して永住手続きを終わらせ、見晴らしのいいオープンカフェに入って景色を眺めることにした。しばらくスマホをいじってからふと顔を上げると、遊助の姿が目に入った。園子に腕を引かれ、階下のタピオカ店へと入っていくところだった。2人分のミルクティーを注文する際、1つはホットにしてくれと頼んでいる。園子が甘えるように「アイスがいい」とねだると、彼は
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第3話

2人がケーキ店に入っていくのを見送った後、真里亞も席を立ち、モールをぶらつくことにした。気に入ったワンピースを見つけてカードを出そうとしたその時、背後から聞き覚えのある声がした。「そのワンピース、いただくわ。包んでちょうだい」振り向くと、挑発するような眼差しの園子と目が合った。この幼馴染が一筋縄ではいかないと知っていた真里亞は、淡々と口を開いた。「私が先に目をつけたの。それに結構なお値段よ。他のデザインにしたら?」店員は園子の服装を一瞥すると、空気を読んで言葉を継いだ。「お客様、申し訳ございませんが、こちらのお洋服は少々お値段が張りますので……もしよろしければ、下の階の量販店などいかがでしょうか」その瞬間、店内の視線が一斉に集まった。園子の顔はかっと赤く染まり、瞳には羞恥と怒りが滲んだ。「人を見た目で判断するわけ!?私、これが気に入ったの。今すぐ払うから!」そう言うと、遊助から渡されたブラックカードを店員に投げつけた。真里亞はそのカードを一瞥し、口をぽかんと開けて見守る野次馬にも目をやってから、自分のカードを差し出した。気前のいい新規客と、先に商品を選んでいた客との板挟みになり、店員はひどく困り果てていた。どう収拾をつければいいのか分からずにいたその時、声が響いた。「どうした?」それを見た園子はすぐさま哀れっぽくすり寄り、先手を打って訴えた。「遊助さん、今日私の誕生日でしょ。自分へのプレゼントにワンピースを買おうと思ったの。そしたら真里亞さんも同じのを選んでて……私が先にお金払おうとしたのに譲ってくれなくて、しかもお金なんてないくせにって言われたのよ」遊助の顔が、さらに冷たくなった。そのワンピースにちらりと目をやり、静かに声を落とした。「真里亞、家にも服はたくさんあるだろ。何もこれを取り合う必要はないだろう。それに、こっちのほうが園子には似合ってる」そして、彼は園子のほうを向く。「これだけじゃ足りないだろ。もっと選べ、俺が払う」その言葉を聞いた園子は、まるで戦に勝った将軍のように得意満面になった。ワンピースにはもう見向きもせず、他のデザインを何十着も抱えて戻ってくる。店内のあちこちから、羨望のざわめきが上がった。「ここまで甘やかしてもらえるなんて、いいなあ。私にもあんな彼氏、誰かちょ
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第4話

真里亞を連れ帰る車中、2人はしばらく無言のままだった。長い沈黙の後、遊助はようやく掠れた声で、ぽつりぽつりと説明を始めた。「今日は園子の誕生日だったんだ。あいつ、子供の頃、学校でパニック状態の人波に巻き込まれ、将棋倒しになったことがあって、その時の心の傷が今も癒えてないんだ。お前を見捨てるつもりはなかった。まず安全な場所に連れて行ってから、戻ってお前を迎えに行くつもりだったんだ」4年もの付き合いの中で、冷たい態度や皮肉には慣れきっていた真里亞にとって、こうしてわざわざ弁解するような遊助の姿はどうにも落ち着かなかった。結局、真里亞の助けを求める声を無視したのは、園子のほうが大切だったからにすぎない。それは理解できる。それに、もうすぐここを去るのだから、今さら気にすることでもない。彼女は軽く頷いた。「分かったわ。そんなに説明しなくていい。じゃないと、私のこと好きになったのかと勘違いしちゃいそう」遊助の顔がすっと険しくなり、口調も再び冷たいものに戻った。「婚約者としての責任を果たせなかったってだけだ。愛情とは関係ない」責任、か。真里亞は小さく息をついた。もうすぐ、もうすぐこの取引も終わる。遊助に課せられた責任も、自分の心を縛っていた枷も、間もなく外れる。家に着くと、遊助は救急箱を持ってきて、傷の手当てを始めた。痛みを与えまいとしてか、傷口を消毒する手つきは驚くほど繊細だった。いつもとはまるで違う、この優しく丁寧な態度に、少なからず戸惑いを覚えた。ほどなくスマホが鳴った。表示された名前が園子だと分かると、遊助はすぐさま立ち上がって電話に出た。「玄関の外で足音がするのか?ドアの鍵をしっかり閉めておけ、怖がらなくていい、誰か向かわせる」真里亞も画面の名前をちらりと見て、微かに目を伏せた。電話を切った後もその場を動かず、綿棒を手に取る遊助を見て、思わず口を開いた。「幼馴染が誰かに付きまとわれてるみたいなのに、直接様子を見に行かなくていいの?」遊助の手がふと止まった。「約束事があっただろ。一緒に過ごすと決めた時間は、外出中だろうと家にいる時だろうと、他の誰かのためにお前を置いて出て行かない」なるほど、そのルールのせいで無理に残っているだけか。真里亞は眉間を揉むと、手を軽く振った。「そ
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第5話

一言一句漏らさず聞き届けた真里亞は、その場に固まった。なるほど、共に過ごした1分1秒のすべてが、嫌悪だったのか。構わない。もうすぐ、彼の苦しみも終わるのだから。自嘲するように笑うと、彼女は気配を消すようにそっと背を向けて立ち去った。きらびやかなホールは賑わいに満ちていた。さらに何杯か酒を頼んで飲み干すと、視界がぐらりと揺れ始めた。朦朧とする意識の中、ひとりの男がグラスを手にして声をかけてきた。本当に酔っていたのだろう、優馬によく似たその瞳を見つめているうちに、魔が差したように、差し出されたグラスを受け取ってしまった。長く押し殺してきた向こう見ずな気性がふいに込み上げ、自ら男の腕に腕を絡めた。「私と、乾杯しましょ。あなたの……あなたの名前、教えてくれない?」「お酒なら付き合いますが、名前は勘弁してくださいよ。ね?」真里亞はその瞳に溺れるように見入り、酔った戯言をぽつりぽつりと呟いた。「教えて、くれないの……あなた、優馬でしょ?」まばたきを繰り返し、その顔をはっきり見ようとした。再び目を開けた時、目に映ったのは、狂ったように駆け寄ってきた遊助が、拳を振り上げて男の顔を殴りつける光景だった。2人は揉み合いになり、酒瓶やグラスが床に散らばって砕け、その破片が真里亞の手を傷つけた。その痛みで、一瞬だけ意識が覚めた。よろめきながら前に出て遊助を止めた。「私よ、私が自分から声をかけたの。遊助、なんで殴るのよッ!」遊助の表情が、すっと凍りついた。射抜くような眼差しだった。なぜだか分からないが、その視線に貫かれて、ふと後ろめたさを覚えた。頭を軽く振り、酔いで濁った頭の中から、いくつかそれらしい理由を探し出した。「ねえ、思わない……?あの人の目、あなたたちにちょっと似てたの。どうせ、あなたも私のこと好きじゃ、ないんだし。だったらもう、これから無理に私と付き合わなくていいわ。私、他の人を囲うことにするわ。どう?」一言一言に、遊助の顔はどんどん暗く沈んでいった。もう我慢の限界だとばかりに、腕を掴んでバーの外へ引きずり出した。「もう飽きたから、遊んで捨てるつもりか?言っとくが、俺は許さない!」真里亞は手を軽く振り、いつものけだるげな口調で答えた。「私たち、ただお互いの欲求を満たしている
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第6話

事故の瞬間、遊助は反射的に前へ飛び出し、園子を庇った。朦朧としていた真里亞がまぶたを開けた時、目に飛び込んできたのはその光景だった。真里亞は激しく車窓に頭を打ちつけ、鋭く砕けたガラスが額を切り裂いた。痛みに顔を歪め、全身を震わせながら、喉の奥から苦しげな呻き声が漏れる。血がどくどくと流れ落ち、視界を赤く染めていく。意識もどんどん遠のいていった。完全に意識を失う直前、見たのは、遊助が園子を抱き上げる姿だった。ドアが開き、また閉まり、2人の姿は消えていった。視界に残ったのは、揺らめくオレンジ色の炎だけだった。再び目を覚ました時、真里亞は病院のベッドの上にいた。ひとつ息を吸い込むと、頭が割れそうなほどの激痛が走った。看護師が胸を軽く叩きながら、包帯を替えつつぽつぽつと話しかけてくる。「大出血で危うく命を落とすところだったんですよ。彼氏さん、あちこちの病院に掛け合って必死に血液を手配して、ご自分もたくさん献血してくださって、それでやっと助かったんです」その言葉に、わずかに呆然とした。ぼんやりしていると、遊助が病室に入ってきた。相変わらず表情のない顔をしていて、声にも気遣いらしきものは微塵も感じられない。「起きたのか。医者呼ぶか?」その無関心な態度を見て、看護師の話していた人物と同一人物だとはとても信じられなかった。乾いた唇を開き、掠れた声で尋ねた。「看護師さんが言ってたけど……私を助けるために、たくさん献血してくれたって?」遊助の目に一瞬、不自然な揺らぎがよぎった。声は冷たく硬いままだった。「献血しなきゃ、お前死んでただろ。ただ、お前がこれまで俺に注ぎ込んだ金の礼をしただけだ。勘違いするな」なるほど、恩返しのつもりだったのか。それなら納得できる。真里亞は小さく相槌を打った。「そういうことなら、もうこれでお互い借りはなしね。これまでの恩も恨みも、全部水に流しましょう」はっきりと線を引こうとする口調に、遊助はなぜか落ち着かない気持ちになった。弱々しい真里亞の様子を見つめ、酔った勢いでバーの前で口にしていた言葉をふと思い出し、顔を曇らせた。「帳消し?俺がお前の命を救って、それで恩は返した。じゃあこれまでお前が俺に与えてきた苦しみは、どう清算するつもりだ?」真里亞は、遊助という人間が
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第7話

「お前が一番よく分かってるだろ」そう言い捨てると、遊助は園子を連れて去っていった。残された真里亞は、この4年間で園子と顔を合わせた数少ない記憶を何度も思い返してみたが、心当たりはなかった。こんな些細なことにこれ以上頭を悩ませる気にもなれず、考えるのをやめた。それから数日、遊助は付き添いのヘルパーを手配して世話をさせた。彼は時折顔を出したが、あまり言葉を交わすこともなく、たいてい少し顔を見せるだけで帰っていく。真里亞もそのほうが気楽で、傷の療養に専念することにした。たまに検査室へ向かう途中、隣の病室の前を通りかかると、いつも遊助と園子が楽しげに笑い合っている光景が目に入った。福子が用意した栄養食を持ってきては、丁寧に冷ましてから手渡してやる。入院生活を退屈させまいと、将棋盤を囲んだり映画を見たりして、昔話に花を咲かせる。園子の言葉ひとつひとつに辛抱強く耳を傾け、頼まれたことは何でも聞き入れてやっていた。静かにその様子を眺めながら、ふと、かつての優馬の姿が重なって見えた気がした。あの頃、骨折で入院していた時、優馬もこうして片時も離れず病室に寄り添い、こまやかに世話を焼いてくれたものだった。これまでずっと、遊助と優馬は外見以外は似ても似つかない2人だと思っていた。けれど今この瞬間、愛する人に見せる姿だけは、2人とも全く同じなのだと悟った。ただ違うのは、優馬が愛したのは自分で、遊助が愛しているのは園子だということ。ようやく理解した。彼が言う「無理強いしてもいいことはない」という言葉の意味を。沈んだ気持ちのまま病室に戻ると、その夜、長い夢を見た。夢の中では、優馬は生きていて、役所に駆けつけ、婚姻届を出し、結婚してくれた。純白のウェディングドレスに身を包み、祝福の声に包まれながら嫁いでいく。司会者がマイクを手に、この人と結婚する意思があるかと尋ねると、涙を流しながら答えた。「はい、喜んで」と。その言葉が終わるや否や、夢は唐突に砕け散った。幻から目覚めた瞬間、目に映ったのは、複雑な表情を浮かべる遊助の顔だった。「何の夢を見てたんだ、そんなに泣いて」手を上げて頬に触れ、指先にひんやりとした涙の感触を覚えた。目を閉じ、荒い息を整えながら、長い時間をかけてようやく気持ちを落ち着け、掠れた声で答えた。「……っ、結
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第8話

遊助が買えることくらい、真里亞も分かっていた。だが、この結婚式が決して成立しないことも、それ以上によく分かっていた。遊助に代金を払われてしまえば、この2つの指輪を自分のものにする口実がなくなってしまう。だから慎重に考えを巡らせ、もっともらしい口実をひねり出した。「ウェディングドレスも式場も、全部あなたが用意してくれたじゃない。私にも結婚式の準備に参加してる実感が欲しいの。指輪代くらい、私に払わせて」「金ならもう払った。お前が気にすることじゃない。サイズが合うか確かめるだけでいい」言葉には取り合わず、ただ手を取ると、そのダイヤの指輪を薬指にはめた。銀色のリングは指の太さにぴたりと沿い、きつくもゆるくもなく、まるで誂えたかのようだった。手を上げ、指先できらめくダイヤを眺めていると、胸いっぱいの満足感に包まれた。うっとりと眺めていると、ふと遊助の声が耳に届いた。「次はお前がはめる番だ」振り向くと、節ばった手を差し出しているのが見えて、目つきがふと引き締まった。これは、指輪をはめてほしいという意味だろうか。式で交換するわけでもないのに、ここまで大袈裟にする必要があるのか。少なからず戸惑い、真意がますます分からなくなった。ためらいながらももう一方の指輪を手に取り、はめようとしたその時、遊助がふいに手を引っ込め、ポケットのスマホを取り出した。席を立って電話に出た。会話の内容までは聞き取れなかったが、急に慌ただしくなった足取りと目つきに、真里亞は何か異変を察した。ほどなく電話を切ると、一言だけ残して立ち去った。「会社で急用ができた。指輪をしまって、運転手に家まで送らせろ」素直に頷こうとした矢先、視界の端に、扉の外を横切る園子の姿がちらりと見えた。これは園子絡みの用件かもしれないと察し、指輪を持ったまま、そっと後を追った。ヒールで歩くのが遅く、追いついた頃には、遊助と園子が橋の上で互いに腕を引っ張り合いながら、言い争っているところだった。「式から逃げるって約束したじゃない!なのになんで、あの人に指輪なんて買うのよ!」「園子、落ち着け。話を聞けって」「聞かない!あなた、私のこと騙してたのね!」園子は少しも落ち着く気配がなく、力任せに遊助の腕を振りほどいた。頭に血が上ったのか、そのまま橋の欄干を乗り
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第9話

真里亞は、遊助なら喜んですぐに応じるものだと思っていた。だが遊助はなかなか口を開かず、動く気配もなかった。園子の我慢も限界に達し、また死ぬと騒ぎ立てて、ようやく身を屈めて軽くキスしたが、すぐに離れた。その微妙な様子には気づかず、園子は笑顔で胸に飛び込んだ。仲直りした2人を眺めながら、真里亞は声もなく笑った。黙って背を向けると、指にはめていた指輪を静かに外した。家に戻った真里亞は、3日後にアイルランド行きの航空券を予約した。航空会社から確認の電話がかかってきて、それに応じた。「はい、午前9時発のファーストクラスで」話の途中で遊助が帰ってきて、意外そうな顔を向けた。「何のファーストクラスだ?」電話を切ると、平然と答えた。「もちろん飛行機のよ」「お義母さん、結婚式に来てくれることになったのか?いつ着く?迎えに行こうか?」勘違いしているのに気づいたが、あえて訂正しなかった。「いらない」遊助はそれ以上尋ねることなく、ネクタイを緩めた。ふと室内を見回すと、家の中の物が随分減っていることに気づき、眉をひそめた。「最近、業者に家の片付けでも頼んだのか?」真里亞はさりげなく頷いた。「そうよ。もうすぐ新しい生活が始まるんだもの。要らないものは処分しておかないと」結婚後の新生活のことだと思い込み、彼は深くは考えず、浴室へと向かった。残りの2日間、遊助は何をしているのか、ずっと家を空けていた。それについて詮索することはなかった。結婚式前日、永住ビザを受け取り、優馬が生前一番好きだったひまわりを手に、墓地へ足を運んだ。「優馬、あなたが亡くなる前、最後に私へ遺書を残してくれたでしょう。そこには、あなたに囚われず、新しい人生を歩んでほしいって書いてあった。でも7年経った今も、私はまだあなたを忘れられずにいる。怒ってる?」「怒るなら怒っていいわ。どうせ私、いつもあなたを怒らせてばかりだったから。この先もずっと、私が愛するのはあなただけ」心の中の言葉をとりとめもなく語り続け、墓標の前に長い長い時間立ち尽くした。夕日が沈む頃、遊助から電話がかかってきて、今どこにいるのか尋ねられた。墓地の場所を告げると、迎えに行くと言った。真里亞も断らなかった。車に乗り込むと、彼は珍しく気遣う言葉をかけた。「明日
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第10話

結婚式場では、招待客が次々と着席し、華麗な装飾と優雅な音楽がロマンチックな雰囲気を醸し出していた。だが、目の前のモニターに映る防犯カメラの映像を見つめる遊助の胸は、見えない手に締め付けられているかのように、不安はどんどん膨らんでいった。遊助は、式場からそう遠くないバーの個室に腰を下ろしていた。隣には園子と、友人たちがいる。園子は遊助の様子がおかしいことに気づき、そっと尋ねた。「遊助さん、どうしたの?体調悪いの?」遊助は首を振り、眉間に皺を寄せた。「何でもない」「何だよ、いざとなって緊張してるのか?お前らしくないな」「もしかして、式をすっぽかされた真里亞が、壇上でぽかんと立ち尽くしてる姿を想像して笑いを堪えてるんじゃないか?」「はははは、確かに、それは楽しみだな。あの女のお嬢様気質、俺も前々から気に食わなかったんだ。金があるからって何でも思い通りになると思ってやがる」「そうそう、遊助、お前が普段甘やかしすぎなんだよ。最初から無理やり付き合わされてたんだろ?本当に結婚してたら、この先どんな馬鹿げたことしでかしてたか分かったもんじゃない」遊助は、隣で囃し立てる友人たちの声を聞きながら、かろうじて笑みを作ったが、視線は何度も壁の時計へと向かっていった。結婚式の開始まで残り30分を切ったというのに、心臓の鼓動はどんどん速くなり、まるで胸を突き破って飛び出しそうな錯覚さえ覚えた。なぜだろう。何かを失いかけているような感覚に襲われ、こめかみに汗がにじんだ。脳裏に自然と浮かんでくるのは、ここ最近の真里亞の異変だった。自分への無関心さ、家の中からどんどん減っていく彼女の私物、そして、自分を見るたびにますます冷たくなっていく瞳。真里亞はいったい、自分に何を隠しているのだろう。「ねえ、思わない……?あの人の目、あなたたちにちょっと似てたの。どうせ、あなたも私のこと好きじゃ、ないんだし。だったらもう、これから無理に私と付き合わなくていいわ。私、他の人を囲うことにするわ。どう?」あの日バーでふと漏らした言葉が、今また脳裏に蘇る。あなたたち……?自分以外に、誰がいるというのか。遊助の呼吸は乱れ、胸が激しく上下した。次の瞬間、遊助は勢いよく立ち上がった。その顔色はひどく悪かった。「駄目だ、様子を見に行かな
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