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第5話

Author: 涼木
美羽はひと口食べ、熱いとこぼした。

佳代は食べやすいよう小皿に移し、さらにスペアリブを一切れ添えた。

私の茶碗には白いご飯しかない。

大したことではない。箸は手元にあり、料理は目の前にあるのだから、自分で取ればいい。

ただ、最初の一口を私に取り分けようと思う人は、誰もいなかった。

12年間、一度も。

食事の途中で、正孝がふと思い出したように言った。

「詩織。海外へ行ったら、お前の部屋を片づけて、美羽のウォークインクローゼットにしようと思っている。この子は物が多くて、今の部屋には収まりきらないからな」

佳代もうなずいた。

「そうね。あの部屋は狭いし、収納用にちょうどいいわ」

私は口の中のご飯を飲み込んだ。

「分かった」

「私物は先にまとめておきなさい。あとでほかの物と一緒に捨てられても困るだろう」

「うん」

美羽の箸が止まり、私に目を向けた。

また、あの目だった。

私はうつむき、そのまま食事を続けた。

食後の片づけは私がした。

リビングでは、佳代と美羽がバラエティー番組を見て大声で笑っていた。

正孝は書斎で電話をしている。話しぶりからすると、仕事の相談らしい。

シンクの前に立ち、4人分の食器、スープ皿を二つ、鍋を一つ、蒸し器を一つ洗った。

流れる水の音が、テレビの笑い声をかき消した。

ポケットの中でスマホが震えた。

航空会社からのメッセージだった。次の火曜日、15時30分発の便が確定したという。

行き先はヘルシンキ。片道だけ。

蛇口を閉め、エプロンで手を拭くと、自分の部屋に戻った。

ドアを閉め、スーツケースをベッドの上で開いた。

持っていくものをすべて詰め始めた。

パスポート、ビザ、入学許可証、キャッシュカード、着替え、フラットシューズ、洗面用具。

それから、古い缶の箱。

これまでにもらった賞状や入賞通知が、すべて入っていた。全国数学コンテスト最優秀賞、地区の物理コンテスト優勝、英語スピーチ大会優勝。

どれ一つ、リビングの壁に飾られたことはない。

リビングの飾り棚に並んでいるのは、美羽のダンス検定の認定証、ピアノコンクールの賞状、学校からもらった表彰状だった。

私のものはずっと缶の中にしまわれ、クローゼットのいちばん下に押し込まれていた。

一瞬迷ったあと、缶をクローゼットに戻した。

持っていかない。

持っていっても意味はなかった。そこに記された実績は、この家で私が本当に欲しかったものを証明してはくれない。

機内持ち込み用の小さなスーツケースには、それほど多く入らなかった。

けれど、これで十分だった。

スーツケースをベッドの下に戻し、古着をかぶせた。

シャワーを浴びて横になると、廊下から、美羽が佳代におやすみを言う声が聞こえた。

「お母さん、明日ネイルに付き合って。入学前にかわいくしておきたい」

「いいわよ。午後から行きましょう」

「お姉ちゃんも連れていく?」

短い沈黙があった。

「詩織はビザのことで忙しいでしょう。邪魔しないほうがいいわ」

「そっか」

足音が消え、廊下は静かになった。

天井の亀裂を、壁の隅から照明の脇まで目でたどった。

6歳の頃には、枝分かれが7本あった。それから12年が過ぎ、今は9本に増えている。

亀裂は今も広がり続けていた。

けれど、もう数えることはない。

……

火曜日の午前4時30分。空はまだ暗かった。

服を着替え、ベッドの下からスーツケースを引き出した。

部屋のドアを開けると、廊下は暗闇に包まれていた。

美羽の部屋を通り過ぎるとき、ドアの隙間から青い常夜灯の光が漏れていた。

一度だけ足を止めた。

それでも、そのまま歩き出した。

玄関には、靴箱の上に家族写真が飾られていた。

正孝と佳代と美羽。3人が観光施設の入り口を背に並んでいた。

去年の連休に撮った写真だった。

撮影したのは私だ。

ドアを開け、夜明け前の風の中へ出た。

背後でドアがかすかな音を立てて閉まった。

誰も目を覚まさなかった。

私も、二度と振り返らなかった。

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