Semua Bab 最後に信じた嘘~宿敵の御曹司だけが私を裏切らない~: Bab 31 - Bab 40

55 Bab

第31話 返ってきた声

榊原から連絡があったのは、翌日の昼過ぎだった。午前中いっぱい、澪は再開発に関する社内会議と取引先への説明に追われていた。昨日の意見交換会で久我山と交わした言葉も、榊原へ預けた伝言も頭の隅には残っていたが、いつ返事が来るか分からないものを待ち続ける余裕はない。だから本部長室の直通電話が鳴り、秘書から「榊原俊之さんという方からお電話です」と告げられた瞬間、澪は思わず手元の資料から顔を上げた。「つないで」受話器を取るまでのわずかな時間に、九年前から追ってきた記録が頭をよぎる。旧再開発の実務責任者。四年前に特別管理文書を閲覧し、その後突然九条を去った男。そして退職前から久我山と接触していた人物。電話の向こうから聞こえてきた声は、想像していたより落ち着いていた。『突然失礼します。榊原俊之です』「九条澪です。ご連絡ありがとうございます。こちらから急にお願いしてしまって、すみませんでした」『いえ。研究会の事務局から名前を聞いて、少し驚きました』声に警戒がないわけではない。ただ、拒絶されているようにも聞こえなかった。『現在の再開発を担当されているそうですね』「はい。経営戦略本部で責任者を務めています」短い沈黙が入った。その間が何を意味するのか、澪には分からない。『九年前と、同じ場所を』「そうです」『……そうですか』電話越しなのに、その一言だけ妙に重く感じられた。澪はすぐに質問を重ねなかった。こちらが何を知りたがっているかは、榊原にも察しがついているはずだ。それでも自分から話さないのなら、まず相手の速度に合わせた方がいい。「以前の計画について、少しお話を伺いたいと思っています。当時の資料だけでは分からないことが多くて」『資料を見たんですか』榊原の声音がわずかに変わった。「全部ではありません。ただ、計画が承認直前で止まったことや、外部との協議があったことまでは確認しています」どこまで伝え
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-10-14
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第32話 来なかった人

待ち合わせのホテルには、約束の十五分前に着いた。都心から少し離れた場所にあるそのホテルは、華やかな観光客向けというより、商談や会食に使われることの多い落ち着いた雰囲気だった。吹き抜けのロビーには午後の柔らかな光が差し込み、奥のラウンジでは低い音量でピアノ曲が流れている。澪は窓際の席に案内され、榊原を待った。怜司は同じホテルにいる。ただし、榊原が警戒する可能性を考え、最初から同席はしていない。ロビー階の別のスペースで待ってもらっている。時計を見る。午後一時五十分。昨日、電話越しに聞いた榊原の声を思い出した。――電話では、あまりお話ししない方がいいでしょう。それが単なる慎重さだったのか、それとも別の意味があったのか。今日なら少し分かるかもしれない。澪は運ばれてきた紅茶に手をつけず、入口へ何度か視線を向けた。午後二時。榊原は現れなかった。数分程度なら珍しいことではない。電車が遅れることもあれば、仕事の電話が長引くこともある。澪はそのまま待った。十分。十五分。二十分。さすがに気になり始め、昨日着信のあった番号へ電話をかけた。呼び出し音は続いたが、誰も出ない。留守番電話にも切り替わらなかった。「……どうしたんだろう」小さく呟き、もう少し待つことにした。約束を忘れたとは考えにくい。昨日の榊原は、自分から日時も場所も指定していた。午後二時半を過ぎたところで、怜司からメッセージが入った。――まだ来ていませんか。澪は短く返した。――まだです。電話も出ません。返事はすぐに届いた。――そちらへ行きます。数分後、怜司がラウンジへ入ってきた。向かいの席へ座ると、澪の前に置かれたほとんど減っていない紅茶を一度見た。「連絡は?」「ありません
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-10-15
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第33話 怖いということ

榊原の死を知ったあとも、澪はしばらくラウンジの席から立てなかった。目の前の紅茶はすっかり冷め、窓の外では夕方へ向かう街が淡い色に変わり始めている。周囲では商談を終えた客が席を立ち、新しい客が入ってくる。ホテルの中では何も変わっていないのに、自分の中だけ時間が止まったようだった。つい数時間前まで、榊原はここへ来るはずだった。この席の向かいに座り、九年前のことを話すはずだった。その人間が、もういない。頭では理解しているのに、どうしても現実として馴染まない。怜司も急かさなかった。事故についてすぐ調べようとも、会社へ戻ろうとも言わない。ただ向かいに座り、澪が言葉を出せるまで待っている。その存在がなければ、今ごろ自分はどうしていただろう。一人でこの知らせを受けていたら。その想像をしただけで、胸の奥が冷えた。「奥様が言ってたんです」澪はようやく口を開いた。「榊原さんが、何かあったときのためにって、私の名前と連絡先を残していたって」怜司の表情がわずかに変わる。「ええ」「普通、会う相手の連絡先をそんなふうに家族に残しますか?」問いかけながら、自分でも答えを求めているわけではないと分かっていた。昨日の榊原は慎重だった。電話では話したくないと言い、宗一郎の指示で調べているのかまで確認した。それでも最後には、澪と会うことを選んだ。そして今日、その場所へ向かう前に死んだ。偶然かもしれない。事故だったのかもしれない。そう考えればいい。けれど、頭の中では別の可能性が何度も浮かぶ。「もし、榊原さんが私に会おうとしたから死んだんだとしたら」口にした瞬間、それまで曖昧だった恐怖がはっきり形を持った。「私が連絡したから、榊原さんが動いたのかもしれない。もしそうなら……私が余計なことをしなければ、まだ生きてたのかもしれない」最後の言葉は、自分でも驚くほど弱か
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-10-16
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第34話 離れたあとで

怜司の車が見えなくなってからも、澪はしばらくマンションのエントランスに立っていた。明るく照らされたロビーにはコンシェルジュがいて、防犯カメラも設置されている。居住者以外は簡単に入れない造りになっており、これまで自宅の安全性を疑ったことなど一度もなかった。それなのに今夜は、背後で自動ドアが閉まる音にさえ身体が反応した。エレベーターへ乗り、階数表示が上がっていく間も、榊原の妻から聞いた言葉が頭を離れない。――主人は、亡くなりました。昨日まで声を聞いていた人間が、今日はいない。偶然の交通事故かもしれない。今のところ、それ以外の事実は何もない。それでも、一度生まれた疑念は簡単には消えなかった。自室へ入り、鍵をかける。いつもならそのままリビングへ向かうところを、澪は立ち止まって施錠を確認した。さらに補助錠にも手を伸ばし、そこでようやく、自分が普段とは違う行動をしていることに気づいた。「……何やってるんだろう」誰に聞かせるでもなく呟いた声が、静かな玄関に落ちた。リビングの照明をつけると、見慣れた家具がいつも通りの場所に並んでいた。朝、何気なく置いていった雑誌も、テーブルの上に残っている。何も変わっていない。変わってしまったのは、自分の方だった。澪はソファへ腰を下ろし、膝の上で両手を重ねた。ホテルでは、もう少し落ち着いていられた。榊原の死に動揺し、恐ろしい想像が頭をよぎっても、怜司と話している間はそれを一つずつ整理できた。けれど今は違う。静かな部屋にいると、考えたくないことばかり浮かんでくる。榊原が何者かに殺された可能性。九年前の計画を巡って、今も誰かが動いている可能性。そして、自分もすでにその誰かの視界に入っているかもしれないという恐怖。澪はスマートフォンを手に取った。父に連絡しようかと思った。けれど、宗一郎の名前を表示したところで指が止まる。父なら適切な対策を考えるだろう。必要であれば警備を強
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-10-17
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第35話 契約の向こう側

午後四時を過ぎても、怜司は戻ってこなかった。澪は決裁書類へ目を通しながら、机の端に置いた時計を何度目か分からないほど確認した。四時十分。金融機関との打ち合わせが長引くことなど珍しくない。移動時間を考えれば、十分や二十分の遅れを気にする理由もなかった。それでも、廊下で足音がするたびに意識が向いてしまう。自分でも呆れるほど落ち着かない。昨夜、榊原の死を知ってからというもの、頭のどこかで最悪の可能性ばかり考えるようになっていた。誰かが予定より遅れただけで、何か起きたのではないかと想像してしまう。だが、それだけだろうか。澪はペンを置き、深く椅子へ身体を預けた。榊原の事故を知る前から、怜司の存在は少しずつ特別になっていた気がする。判断に迷えば意見を聞き、疲れているときには彼の言葉を思い出す。先日、ホテルのバーへ誘ったのも自分だった。あのときは、誰かと少し話したかっただけだと思っていた。けれど、本当に誰でもよかったのだろうか。そこまで考えたところで、扉がノックされた。「九条さん、少しよろしいですか」聞き慣れた声だった。澪は反射的に顔を上げた。「どうぞ」入ってきた怜司は、普段と変わらない様子だった。片手に資料を持ち、もう片方の手で腕時計を確認している。「予定より遅くなりました。先方から追加の条件確認がありまして」「そうだったんですね。打ち合わせはどうでしたか?」澪は努めて平静な声で尋ねた。怜司は金融機関との協議内容を説明し始めた。融資条件の見直しについて一定の理解は得られたものの、再開発全体の収支計画には修正を求められている。正式な回答までには、もう一度社内で数字を精査する必要がありそうだった。説明は明快で、必要な情報が整理されている。澪もすぐに仕事へ意識を切り替え、いくつか確認したい点を質問した。会話が進むにつれて、ようやく普段の調子が戻ってくる。それなのに、報告
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-10-18
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第36話 会いたい理由

翌日の夕方、澪は珍しく定時に近い時間で仕事を切り上げた。昨夜、大学時代からの友人である相馬千景から連絡があり、久しぶりに食事をすることになったのだ。ここ最近は再開発の問題に追われ、仕事以外の付き合いをほとんど後回しにしていた。榊原の事故以来、一人で過ごす夜が苦手になっている。それも理由の一つだった。本部長室を出ると、廊下の向こうから怜司が歩いてきた。「今日はお帰りですか」「ええ。友人と食事の約束があって。たまには仕事を忘れてこようと思います」「それがいいでしょう。最近は少し働きすぎですから」普段なら軽く受け流す言葉だった。けれど澪は、怜司が自分の仕事ぶりだけでなく、体調まで気にかけてくれていることが嬉しかった。「高城さんも、あまり遅くならないでくださいね」「お気遣いありがとうございます。ただ、今日はまだ片づけるものがありまして」いつもの丁寧な返事だった。澪は小さく笑い、その場を離れた。振り返りたいと思ったが、そうしなかった。彼の姿を見つければ安心する。話しかけてもらえれば嬉しくなる。そして別れたあとには、もう少し一緒にいたかったと思ってしまう。そんな自分を、これ以上彼に知られたくなかった。  千景が予約していたのは、都心の裏通りにある小さなイタリアンレストランだった。煉瓦造りの古い建物を改装した店で、壁には抽象画が飾られ、テーブルには小さなキャンドルが置かれている。大きな窓の向こうでは、仕事帰りの人々が行き交っていた。「澪、ちょっと痩せた?」席に着くなり、千景が心配そうに顔を覗き込んだ。「そんなに変わってないと思うけど」「昔からそう言うのよね。忙しいときほど平気な顔をするんだから。今日はちゃんと食べて帰りなさいよ」学生時代から変わらない遠慮のなさに、澪は思わず笑った。千景は九条の社員ではない。企業の内情や再開発の問題について詳しく
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-10-19
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第37話 知らなかったこと

翌朝、澪が本部長室へ入ると、机の上にはすでに昨夜依頼していた資料が届いていた。再開発に関する金融機関側の追加条件と、それに対応した収支計画の修正版。数字には怜司の確認済みを示す付箋がついている。澪はその文字へ一瞬目を止めたあと、資料を開いた。昨夜、千景に言われたことが頭の隅に残っている。高城怜司について、自分はほとんど何も知らない。毎日のように顔を合わせているのに、知っているのは仕事の能力と判断の癖ばかりだ。それまでは何とも思わなかった。今は、少し違った。 午前の打ち合わせが一段落したのは、正午を少し過ぎた頃だった。会議室を出たところで、怜司が端末を確認しながら言った。「午後一時半から先方とのオンライン会議です。それまでに修正版の数字だけ確認しておきましょう」「その前に、お昼にしません?」怜司が顔を上げる。「九条さんが昼食を優先されるとは珍しいですね」「私だって食事くらいします」「存じています。ただ、いつも十五分ほどで済ませている印象がありますので」否定できず、澪は少し口を尖らせた。「今日はちゃんと食べます」「それは結構です」二人は本社ビル内のレストランへ向かった。社員食堂ほど気軽ではないが、取引先との軽い打ち合わせにも使われる落ち着いた店だった。注文を終えると、怜司はいつものように端末を開こうとする。「高城さん」「はい」「食事中くらい、仕事やめません?」怜司の手が止まった。「九条さんに言われるとは思いませんでした」「昨日、友人にも同じことを言われたので」怜司はわずかに口元を緩め、端末を伏せた。「では、従います」そこで会話が途切れた。仕事を禁止したのは自分なのに、いざそうなると何を話せばいいのか分からない。昨日なら簡単に思
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-10-20
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第38話 今度はあなたの番

午後のオンライン会議は予定より長引いた。金融機関側から追加された確認事項は細かく、収支計画だけでなく、再開発後の運営体制にまで話が及んだ。澪と怜司は画面越しの担当者と一つずつ条件を整理し、会議を終えた頃には窓の外がすっかり夕方の色へ変わっていた。「今日はここまでにしましょう。残りは明日の朝でも間に合います」怜司が端末を閉じると、澪は机上に積まれた資料へ目を向けた。「珍しいですね。高城さんから仕事を切り上げようって言うなんて」「九条さんが昨日から少しだけ人間らしい生活を始めたので、邪魔しない方がいいかと思いまして」「少しだけって何ですか」「昼食を十五分以上取った程度ですが」「基準が低すぎません?」「これまでが低すぎたんです」反論できず、澪は思わず笑った。二人で会議室を出ると、廊下にはすでに人が少なくなっている。社員たちが帰り始める時間で、遠くからエレベーターの到着音が聞こえてきた。本部長室へ戻ろうとしたところで、怜司が声をかける。「九条さん。昨日、私ばかり質問されましたので、今日は私から聞いても?」澪は足を止め、少し警戒するように彼を見る。「……何をですか?」「そんなに警戒しなくても、仕事の機密は聞きません」「高城さんに言われると、冗談なのか分かりにくいんですよね」怜司はわずかに笑った。「では、簡単なところから。九条さんは、仕事以外で何をしているときが一番楽しいんですか」昨日、自分がした質問より少し難しい。澪は歩きながら考えた末、友人と食事をしているときだと答えた。「昨日会われた方ですか?」「ええ。大学時代からの友人です。何年経っても扱いが全然変わらないので、楽なんです」「本部長でも、九条家のお嬢さんでもない、と」澪は少し驚いて彼を見る。「そう。それです」怜司はそれ以上深く聞かなかったが、澪が何を言いたかったのかをすぐ理解してくれたことが嬉しかった。「ほかには?」
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-10-20
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第39話 仕事ではない誘い

翌日の午後、澪は再開発に関する報告書へ目を通していた。榊原の事故について、警察から九条へ正式な連絡が入ったわけではない。現時点では通常の交通事故として扱われており、外部から見れば、それ以上でもそれ以下でもなかった。それでも澪には、簡単に過去のことへできなかった。榊原が自分と会う予定だったこと。宗一郎の指示なのかと確認したこと。そして、待ち合わせ場所へ現れなかったこと。どれも事故そのものと結びつける証拠にはならない。その一方で、九年前の計画を調べる手を止めるには、あまりにも引っかかるものが多かった。机の端に置いた端末へ新しいメールが届く。現在の再開発に関係する取引先からだった。件名を確認した澪は、わずかに眉を寄せた。計画そのものに大きな問題が起きたわけではない。だが、「一部の投資家の間で九条側の体制変更が近いとの話が出ている」として、今後の窓口について確認したいという内容だった。まただ。事実ではない情報が、もっともらしい形へ加工されて外へ流れている。榊原が亡くなったからといって、こちらの問題が止まったわけではない。澪はメールを閉じた。三時から怜司との打ち合わせが入っている。時計を見ると、あと数分だった。以前なら、彼が来たらまずこのメールを見せ、どこから出た話なのか考えただろう。今もそれは変わらない。ただ、それとは別に昨日の会話も覚えていた。――では、次回に。好きな食べ物を聞いただけの話なのに、そんな小さな約束まで楽しみにしている自分が少し可笑しかった。三時ちょうどに扉がノックされた。「どうぞ」入ってきた怜司はいつも通り資料を持っていた。澪はまず先ほどのメールを見せた。怜司は画面へ目を通し、すぐに表情を引き締める。「体制変更、ですか」「そんな予定はありません。少なくとも、私が知らない範囲では」
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-10-21
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第40話 近づいた距離

高城怜司が九条ホールディングスを出たのは、午後七時を少し回った頃だった。昼間の雨はすでに上がっていたが、舗道にはまだ薄く水が残り、ビルの明かりを滲ませている。地下駐車場へ向かいながら、怜司は今日の打ち合わせを頭の中で整理していた。再開発そのものは、少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。少なくとも表面上は、金融機関との条件整理も進み、取引先との交渉も以前ほど混乱してはいない。しかし、九条側の体制変更を示唆する噂が新たに流れ始めている以上、誰かが手を引いたと考えるには早かった。むしろ、直接計画を揺らすのではなく、経営体制そのものに不安を生じさせる方向へ手口を変えた可能性を考えるべきだろう。企業価値を毀損するには、十分効果的な方法だった。怜司は車のロックを解除し、運転席へ乗り込んだ。エンジンをかけても、すぐには発進しない。今日の打ち合わせでは、もう一つ確認できたことがある。九条澪との距離だ。以前の彼女なら、外部アドバイザーである怜司へ必要以上の情報を渡さなかった。判断材料は共有しても、最終的な決断は一度自分の中で処理し、それから必要な部分だけを問いかけてくる。それが今では、迷った段階で話を持ち込み、怜司がどう考えるかを確認した上で次の行動まで組み立てようとする。榊原俊之の事故以降、その傾向は明らかに強くなっていた。仕事以外でも同じだった。食事に誘われ、私生活についても聞かれたうえ、今日に至っては、自分ばかりが誘っているのではないかとまで確かめてきた。澪が自分へ好意的であることは、疑う余地がない。だが、怜司はそれを感情として評価するつもりはなかった。重要なのは、そこから生まれる状況の変化だった。澪の信頼が深まれば、怜司が彼女の近くにいることは自然になる。会議へ同席しても警戒されにくくなり、外部との交渉へ同行する理由も作りやすい。澪が抱いた疑問や、宗一郎や隆臣との会話についても、以前より早い段階で耳に入る可能性が高くなる。九条の内側を観察するには、これ以上ない位置だった。高城側が本来求めていたものも、そこにある。九条ホールディングスがどこで判断を誤るの
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