怜司から店の名前が送られてきたのは、約束の二日前だった。都心から少し外れた住宅街にある、小さな蕎麦屋だった。公式サイトらしいものはなく、検索しても営業時間と簡単な口コミが出てくる程度で、澪が普段会食に使う店とはまるで違う。そのことが、かえって嬉しかった。仕事相手を連れていくために選んだ店ではない。少なくとも、そう思える場所だった。約束の日、澪は会社を出る前に一度だけ鏡を確認した。普段より少し柔らかい色のブラウスに、細身のジャケット。仕事帰りなのだから不自然ではないが、朝に服を選ぶ時間がいつもより長かったことは、自分でも認めざるを得なかった。「……食事するだけなのに」小さく呟き、バッグを手に取る。本部長室を出たところで怜司と合流すると、彼はいつもと変わらないスーツ姿だった。そのことに少し安心し、同時にほんの少しだけ残念にも思う。「お待たせしました?」「いいえ。私も今出たところです」「今日は本当に仕事の話は禁止ですからね」「まだ始まってもいませんが」「先に確認しておかないと、高城さん普通に資料を出しそうなので」「信用がありませんね」そんな会話をしながら会社を出る。少し前まで、怜司と二人で外へ出るなら必ず仕事上の目的があった。取引先との打ち合わせ、現地確認、情報収集。今日は何もない。その違いを意識した途端、澪は歩き方までぎこちなくなりそうで、視線を前へ戻した。店は駅から十分ほど歩いた先にあった。大通りから一本入った静かな通りに、控えめな暖簾が出ている。中へ入ると、木を基調にした落ち着いた空間が広がっていた。席数も多くなく、仕事帰りらしい客が二、三組いるだけだった。「こういうお店、よく来るんですか?」席に着いてから澪が尋ねると、怜司はメニューを開きながら答えた。「何度か。人が多すぎないので気に入っています」「昨日言ってましたね。人混みが苦手だって」「覚えていたんですか」「聞い
Terakhir Diperbarui : 2026-10-22 Baca selengkapnya