朔也は本邸の書斎で、一晩中ただ座り続けていた。夜が明けると、秘書に頼んで、郁実がかつて暮らしていたアパートの大家を探してもらった。大家はすでに60歳を過ぎた男だ。郁実の名前を聞くと、しばらく黙り込んだ。「あのお嬢さんは、その後どうなったんだ?」朔也は、すぐには答えられなかった。「……亡くなりました」大家の手から、湯呑みが落ちそうになる。「どうして……」「彼女がここを出ていったとき、どんな様子だったか教えてください」朔也を見つめる大家の視線が冷たくなる。「……お前が、あの男だったのか」7年前、郁実が出ていったとき、すでに何日も高熱が続いていた。病院へ行くお金もなく、いちばん安い解熱剤を買ってしのぐしかなかった。部屋は隅々まできれいに掃除し、敷金もすべて大家に残した。そして、もし朔也が訪ねてきても、自分がどこへ行ったのかだけは絶対に教えないでほしいと頼んだ。「あのお嬢さん、出ていく前に、下で一晩中立っていた」大家は静かに語る。「誰を待っているのかと聞いたら、誰も待っていないと言っていた。でも、通りの向こうから車が来るたびに、顔を上げていた」朔也の目が潤む。あの夜、朔也は郁実を探しに行かなかった。郁実に裏切られたと思い、酒を浴びるように飲んで、友人たちの前で誓った。いつか必ず、郁実に自分と別れたことを後悔させてやる。そして後に、その願いは本当に叶った。しかし、後悔したのは郁実ではなかった。「彼女は、自分が妊娠していることを知っていたんですか?」「出ていったばかりの頃は、まだ気づいていなかった」大家は深いため息をつく。「1か月ほど経ってから、置き忘れた荷物を取りに戻ってきた。そのときには、もうつわりが始まっていた。子どもの父親に連絡するよう、何度も説得したんだがね。彼女は連絡はできないと言った。お前が彼女のために灰原家へ戻るのを諦めて、また何もかも失ってしまうのが怖かったんだろう」朔也は、誓約書を強く握りしめる。「……彼女は一度も、戻ってこようとは思わなかったんですか?」「思っていたよ」大家は、ほこりをかぶった古いブリキの箱を取り出す。「これは、あのお嬢さんが私に預けていったものだ。もしお前がいつか苦しい暮らしをしていたら、これを渡
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