บททั้งหมดของ 金目当てとされた妻、7年遅れで悔やむ夫: บทที่ 11 - บทที่ 20

22

第11話

朔也は本邸の書斎で、一晩中ただ座り続けていた。夜が明けると、秘書に頼んで、郁実がかつて暮らしていたアパートの大家を探してもらった。大家はすでに60歳を過ぎた男だ。郁実の名前を聞くと、しばらく黙り込んだ。「あのお嬢さんは、その後どうなったんだ?」朔也は、すぐには答えられなかった。「……亡くなりました」大家の手から、湯呑みが落ちそうになる。「どうして……」「彼女がここを出ていったとき、どんな様子だったか教えてください」朔也を見つめる大家の視線が冷たくなる。「……お前が、あの男だったのか」7年前、郁実が出ていったとき、すでに何日も高熱が続いていた。病院へ行くお金もなく、いちばん安い解熱剤を買ってしのぐしかなかった。部屋は隅々まできれいに掃除し、敷金もすべて大家に残した。そして、もし朔也が訪ねてきても、自分がどこへ行ったのかだけは絶対に教えないでほしいと頼んだ。「あのお嬢さん、出ていく前に、下で一晩中立っていた」大家は静かに語る。「誰を待っているのかと聞いたら、誰も待っていないと言っていた。でも、通りの向こうから車が来るたびに、顔を上げていた」朔也の目が潤む。あの夜、朔也は郁実を探しに行かなかった。郁実に裏切られたと思い、酒を浴びるように飲んで、友人たちの前で誓った。いつか必ず、郁実に自分と別れたことを後悔させてやる。そして後に、その願いは本当に叶った。しかし、後悔したのは郁実ではなかった。「彼女は、自分が妊娠していることを知っていたんですか?」「出ていったばかりの頃は、まだ気づいていなかった」大家は深いため息をつく。「1か月ほど経ってから、置き忘れた荷物を取りに戻ってきた。そのときには、もうつわりが始まっていた。子どもの父親に連絡するよう、何度も説得したんだがね。彼女は連絡はできないと言った。お前が彼女のために灰原家へ戻るのを諦めて、また何もかも失ってしまうのが怖かったんだろう」朔也は、誓約書を強く握りしめる。「……彼女は一度も、戻ってこようとは思わなかったんですか?」「思っていたよ」大家は、ほこりをかぶった古いブリキの箱を取り出す。「これは、あのお嬢さんが私に預けていったものだ。もしお前がいつか苦しい暮らしをしていたら、これを渡
อ่านเพิ่มเติม

第12話

朔也はブリキの箱を抱え、葬儀社へ向かう。郁実と海人の遺体は、まだ火葬されていない。警察による最終的な身元確認と、必要な手続きを終える必要があったからだ。遺体保冷庫の前に立ち、朔也は長いこと扉を開けることができなかった。昨日まで、二人が本当に死んだなどと信じようとしなかった。だが今日、二人の姿を再び目にすることをひどく恐れている。係員が、2通の書類を差し出す。「ご遺族の方に、埋葬先をご確認いただく必要があります」朔也はペンを受け取る。「灰原家の墓だ。一番いい場所を選んで、墓石も一番高価なものにしてくれ」早口でそう告げる。まるで、金をかければかけるほど、償いができるとでも思い込んでいるかのようだ。だが、係員は書類を受け取ろうとしない。「郁実さんは生前、委任状を残しておられます」朔也が勢いよく顔を上げる。「委任状?」そこへ弁護士が扉を開けて入ってきて、1部の書類を朔也に差し出す。「郁実さんは2年前、私に離婚について相談に来ました。その際、死後の手続きを委任していました」「2年前?」それは、郁実が逃げ出そうとして失敗した時期だ。あの頃からすでに、彼女は自分のもとを去る準備を始めていた。朔也がパスポートやキャッシュカードを取り上げたせいで、郁実は灰原家から出ることさえできなかったのだ。弁護士は書類の最後のページを開く。「郁実さんは、自分と子どもの葬送について、指定した代理人に一任することを明確に記しています。灰原家の墓には絶対に入らないこと、それに、灰原家の嫁、あるいは灰原家の跡取りとして、外部に訃報を出さないこと」朔也はその数行を、食い入るように見つめる。「俺はあいつの夫だ。海人の父親でもあるんだぞ」「法律上は、そうでしたね」弁護士が冷ややかに訂正する。「ですが、郁実さんはすでに離婚を求めています。それから、もう一つ付記があります」弁護士は、メッセージのスクリーンショットを朔也に見せる。【もし私に万が一のことがあったら、私とこの子を一緒に葬ってください。灰原朔也には、絶対に知らせないでください。海人は生きている間、ずっと父親を待っていました。死んでからも「灰原」という苗字を背負って、待ち続けさせたくありません】朔也の手が止まる。突然
อ่านเพิ่มเติม

第13話

三浦知夏(みうら ちなつ)のビンタは、ひどく重かった。朔也は顔を横に向けただけで、避けようともせず、やり返しもしなかった。目を真っ赤にした知夏が、もう一度手を振り上げる。だが、弁護士がそれを止めた。「まずは、郁実さんとお子さんの葬儀を済ませましょう」その言葉を聞き、知夏は手をおろした。「遅くなって、ごめんね」2つの遺体安置台を見つめ、知夏は堰を切ったように涙をこぼした。「郁実が最後に電話をくれたとき、金を貸してほしいとしか言わなかった。どうして、もう一言、聞かなかったんだろう」朔也は喉を鳴らす。「いくら借りた?」「200万」知夏は振り返り、朔也を睨みつける。「すぐに返すから、少し立て替えてほしいって言っていた。私はてっきり、郁実がようやく決心して、海人を連れて灰原家から逃げ出すための資金だと思った。もし、海人が死んだと知っていたら……」知夏はむせび泣き、それ以上言葉を続けることができなかった。ほどなくして、警察が葬儀社にやって来た。明紗が撮影現場で郁実を故意に傷つけた件について、警察はすでに現場の監視カメラの映像を確認した。警察は、朔也と現場にいたボディガードに、事情を聞くことになった。取調室で、監視カメラの映像がもう一度再生される。映像に音声はない。それでも、何が起きたのかは十分すぎるほどはっきり映っている。明紗が郁実の髪をつかんで、平手打ちをした。熱いコーヒーを浴びせかけた。そしてボディガードに命じ、郁実を床に押さえつけさせた。ヒールで郁実の右手を踏みつけ、何度も、力任せに踏みにじった。郁実は最初から最後まで、一切抵抗しなかった。ただ顔を上げ、何かを訴えていた。警察官が、現場の音声データを流す。「1000万……朔也に会わせて……海人はまだ、病院にいるの」朔也は画面を見つめ、顔から血の気が引いていく。やがて控え室のドアが開き、画面の中に自分の姿が現れた。郁実の顔の傷も、踏みつけられている姿も、確かに目にしていたはずだ。なのに、彼はただ自分の上着を明紗の肩に掛けただけだった。郁実が海人はもう死んだと告げたあとでさえ、母親失格だと吐き捨てた。そして最後には、ボディガードに命じて彼女を外へ放り出させた。映像が、スタジオの外のカメ
อ่านเพิ่มเติม

第14話

明紗は、その日のうちに声明を出した。朔也とは、ただの友人だと主張した。撮影スタジオでのトラブルについては、郁実が突然乗り込んできて1000万円を要求し、さらに暴力を振るおうとしてきたためだという。自分は恐怖のあまり、つい過激な行動を取ってしまったのだ。声明の最後で、すべての責任を朔也に押しつけた。【灰原さんはすでに離婚していると思っていました。彼は何度も、立花さんは子どもを利用して金をせびっているだけで、もう立花さんを愛していないと話していました。あの200万円は、私が立花さんを気の毒に思い、渡したものです。誰かを傷つけるつもりなどありませんでした】声明が発表されてから30分も経たないうちに、スタジオの監視カメラの映像がネット上に流出した。映像には、郁実がボディガードに床へ押さえつけられている姿が映っている。明紗は郁実の頬を何度も平手打ちしながら、郁実と子どもを合わせても200万円の価値しかないと罵っていた。最後に朔也が現れても、明紗を止めるどころか、傷ついた郁実を冷たい雨の中へ放り出すよう命じていた。批判の火の手は一気に広がった。ネット上では、過去数年間のゴシップ記事まで、次々と掘り起こされていく。明紗が身につけていた1億6000万円のブレスレット、2億円のダイヤモンドのネックレス、海辺の別荘、プライベートジェット、そして高級ブランドのグローバルアンバサダーの契約……そのすべてに、朔也が関わっている。その一方で、滞納していた医療費の明細や、郁実に渡されていた、わずか10万円の生活費の証拠も、ネット上で拡散されていく。報道陣が、灰原グループの本社に殺到した。「灰原社長!奥様を長年にわたって経済的に支配していたというのは事実ですか?」「息子さんの治療に必要な1000万円を払えず、治療が遅れていた一方で、なぜ結城さんには数億円のジュエリーを贈っていたのですか?」「奥様が海へ飛び込もうとしていることを知っていながら、なぜボディガードを引かせたのですか?」朔也は何も答えない。車内に座り、スマホの画面を埋め尽くす、世間からの厳しい批判をただ見つめている。かつて彼は、郁実が「灰原家の奥様」と呼ばれることを何より嫌っていた。今では、彼女が自分の妻だったことを、世界中が知っている。そ
อ่านเพิ่มเติม

第15話

灰原グループの取締役会が緊急招集された。会社の外には報道陣がひしめき、株価も2日連続で急落している。数人の取締役が、ニュース記事のスクリーンショットを印刷した紙をテーブルに叩きつける。「長年にわたる妻への経済的DV、息子の命を救うための治療費の支払い拒否、さらには愛人が人前で妻に暴力を振るうのを黙認したとは!」「灰原社長、グループにどれほどの損失をもたらしたか、分かっているのか!」「すぐに記者会見を開いて、不倫など事実無根だと否定しろ」「責任はすべてあの女優に押しつけて、子どもの死亡と治療費の問題は無関係だと言い張ればいい」朔也は上座に座ったまま、何も言わない。広報の担当者は、すでに声明文を作成していた。そこには、郁実は長年情緒が不安定で、過去にも子どもを連れて逃げ出そうとしたことがある妻だと書かれている。そして彼女の死は、本人による極端な行動だったと説明している。朔也がこの書類にサインしさえすれば、すべての責任を郁実に押しつけることができる。過去7年間と同じように……郁実が金に執着し、嘘つきで、感情をコントロールできない女だと言えば、誰も朔也が何をしたのかなど追及しない。朔也がその声明文を手に取る。その場にいた誰もが、彼がサインするのだと思っている。だが次の瞬間、朔也はその書類を真っ二つに引き裂く。「郁実は、金など騙し取っていない」会議室が、水を打ったように静まり返る。「病院から1000万円を請求されていたのも、海人が死んだのも、郁実がスタジオまで来て、俺に助けを求めたのも、全部事実だ」机を囲む取締役たちの驚いた顔を見渡す。「俺は、確かめようとしなかった。ボディガードを引かせたのも、俺だ」一人の取締役が慌てて遮る。「そんなことを公に発表するわけにはいかない!それを認めてしまったら、灰原グループはどうなる!」7年前の記憶が、朔也の脳裏をよぎる。郁実は彼を助けるため、自分が憎まれる道を選んだ。7年後の今も、郁実の名誉を犠牲にすれば、灰原グループを守ることはできる。だが今回、郁実はもう自分のために声を上げることはできない。「しばらく職務を離れる」朔也は胸元の役員バッジを外す。「調査が終わるまで、グループの経営には一切関与しない」取締役たちは
อ่านเพิ่มเติม

第16話

弁護士が送金記録を確認し、知夏が郁実に金を貸していたことを突き止めた。朔也は、郁実の代わりにその200万円を返済しようとする。だが、知夏は受け取らない。「これは私が郁実に貸したお金よ。あんたには関係ない」「俺は郁実の夫だ」「郁実は死ぬ前に、もうあんたがいらないと言ってたわ」知夏の言葉には、一切の容赦がない。朔也は小切手をテーブルの上に置く。「せめて教えてくれ。あいつがこの数年、どう過ごしていたか?」知夏は長いこと、朔也を睨みつけた。「あんたにそんなことを聞く資格はない」「知りたいんだ」「知ってどうする?郁実と海人を生き返らせることができるとでも言うの?」朔也は言葉に詰まる。知夏はしばらく黙っていたが、やがてスマホを開いた。2年前に郁実から送られてきたメッセージを朔也に見せる。【海人を連れて逃げたい。もう限界なの。朔也は私を家政婦みたいに扱うし、私が彼から金をせびるために海人を産んだと思い込んでる。海人が熱を出すたびに、私は秘書に頭を下げて、薬を買うお金をもらわなきゃいけないの。もしお金がもらえなかったら、海人が死んでしまうんじゃないかって怖いよ】メッセージを見て、朔也は胸に釘を打ち込まれたような痛みを覚える。郁実は2年前から、ずっとこの日が来ることを恐れていた。なのに朔也は、逃げ出した郁実を灰原家に連れ戻した。罰のつもりで、彼女のパスポートもキャッシュカードも取り上げた。「なぜ、警察に行かなかったんだ?」知夏は鼻で笑った。「行ったわよ。でも、郁実は『灰原家の奥様』だった。あんたは彼女を監禁したわけじゃない。ただ運転手とボディガードに監視させていただけ。そのうえ、周りには郁実の精神状態が不安定で、子どもを連れて無茶をしかねないと話していたじゃない。誰もが、あんたは郁実を守っている立派な夫だと思い込んでいた」朔也は、かつて自分が口にした言葉を思い出す。「あいつは何も分かっていないから、灰原家を出て生きていけるはずがない。見張っているのは、あいつと海人のためだ」朔也は自分が正しいと思っていた。郁実に豪邸と、「灰原家の奥様」という肩書きを与えた。自分の金に手をつけることは許さなかったが、飢えさせるようなことはしなかった。毎月
อ่านเพิ่มเติม

第17話

そのスマホは、かなり古いものだ。画面の端にはひびが入り、電源を入れても、バッテリーはわずか3%しか残っていない。知夏は、それをすぐには朔也に渡さなかった。「これは、海人が使っていたスマホよ。郁実は、海人がもう少し大きくなったら、自分であんたに連絡させるつもりだった。でも、あんたは郁実の連絡先をすべてブロックした。だから、海人が録音したものは、一つも送れなかった」スマホの中には、フォルダが一つだけ保存されている。名前は【パパへ】だ。最初の録音は、2年前のものだ。海人の声は小さく、手術を終えたばかりの弱々しさが残っている。「パパ、僕、きょうは泣かなかったよ。お医者さんが、よく頑張ったねって言ってくれた。ママ、つかれて寝ちゃったの。パパ、ママに会いに来てくれない?」2つ目は、誕生日に録音されたものだ。「パパ、今日は僕の誕生日だよ。ママがケーキを作ってくれた。パパの分も残してあるんだけど、お手伝いさんが、パパは今日は帰ってこないって言ってた」3つ目の録音からは、海人の苦しそうな息遣いが聞こえてくる。「パパ、お薬がなくなっちゃった。ママがね、秘書のおじさんがまだお金を出してくれないって言ってた。お薬、少なくしてもいいから、ママのこと怒らないで」朔也は思わず停止ボタンを押す。指は、激しく震えている。その頃、彼は海外で女性モデルと休暇を楽しんでいた。海人の薬代は、わずか2万円にも満たなかった。秘書は、朔也に許可を取っていた。彼はこう返信した。【いちいち聞くな】その言葉を受け、秘書は郁実への送金を止めた。海人は本当に数日間、薬を減らしていた。次の録音は、半年前のものだ。「パパ、学校で家族の絵をかいたよ。でも、パパの顔はかけなかった。ママが、僕の目はパパとそっくりだって言ってた。だから、僕の顔をちょっと大きくかいて、パパってことにしたよ」朔也は口元を強く押さえ、涙がスマホの画面に落ちる。最後の録音は、海人が倒れる前日のものだ。郁実の咳き込む音が混じっている。「ママが、またパパに電話してる。電話を切るたびに、ママ、悲しそうにしてる。パパ、僕たちのことがきらいなら、ママにそう言ってあげて。そうしたら、ママも待たなくていいから」
อ่านเพิ่มเติม

第18話

朔也は会社に戻ると、過去数年間にわたる家庭内支出の記録をすべて調べた。郁実の洋服代、3600円。却下。海人の薬代、1万5000円。差し戻し。病院で検査を受ける費用、6万4000円。送金まで11日間も放置された。海人の入院中に必要だった付き添いの費用、1日1万2000円。秘書のコメントには【不要】とある。同じ日、朔也は当時付き合っていた女に、600万円のバッグを買っていた。朔也の隣にいる女は、次から次へと入れ替わった。朔也は彼女たちに、ジュエリーや高級車、仕事の便宜を与えていた。なのに、郁実と海人だけは、生きるために必要な金でさえ、使う価値があると証明しなければならなかった。秘書が、1枚の申請書をデスクの上に置く。「こちらは、坊ちゃんが倒れる1週間前に、奥様が提出したものです」申請額は56万円、用途は心臓の精密検査だ。備考欄には【医師から早急な再検査を勧められている】と記されている。だが決裁欄には、たった2文字しか書かれていない。【却下】署名したのは、朔也だ。朔也は自分の名前をじっと見つめる。「なぜ、俺はこれを却下した?」秘書の声がこわばる。「その日は、結城さんのためにパーティーを開く予定でした。社長は、奥様がいつも坊ちゃんの病気を口実に、金をせびってくるとおっしゃっていました」56万円の検査費用は却下された。その夜のパーティーには、6000万円以上が使われた。もし海人が早い段階で検査を受けていれば、病状の悪化に気づけたかもしれない。もし手術費がすぐに振り込まれていれば、まだ助かる可能性があったかもしれない。あまりにも多くの「もし」がある。そして、その「もし」のすべてを現実に変えられたのは、ほかでもない朔也自身だった。朔也はさらに記録をめくっていく。そこで初めて、自分が7年前からずっと、郁実の連絡先をブロックしていたことに気づく。だから郁実は、秘書に電話をかけるしかなかった。そして報告する価値があると判断したものだけが、朔也に伝えられていた。「誰が、こんなことを指示した?」会議室には、誰も答える者がいない。やがて、長年朔也に仕えてきた秘書室長が口を開く。「社長です。坊ちゃんが初めて高熱を出したとき、奥様が立て続けに十数回お電話をか
อ่านเพิ่มเติม

第19話

郁実と海人の葬儀の日、灰原家には誰一人として知らせなかった。それでも朔也は、何とかして斎場の場所を突き止めていた。黒いスーツを身にまとい、手には新しく額縁に入れ直した海人の描いた家族の絵を抱えている。入り口まで来たところで、知夏が彼の前に立ち塞がる。「あんたは入れないわ」「俺は郁実の夫だ」「郁実はもう、離婚協議書にサインした」「俺はサインしていない」知夏は冷たい目で朔也を見据える。「サインしたかどうかなんて関係ない。郁実はもう、あんたを必要としていない」朔也の視線が知夏を越え、室内へと向かう。そこには、灰原家からの供花は一つもない。「灰原家の奥様」や「坊ちゃん」といった呼び方も、どこにも記されていない。郁実の遺影の横には、ただ彼女自身の名前だけが書かれている。そして息子の名前は、【立花海人】と記されている。母親の姓を名乗っている。朔也の顔から、一瞬で血の気が引く。「海人の苗字は、灰原だぞ」「この子は立花よ」知夏は、委任状を取り出す。「郁実から任されたわ。もし彼女と海人に何かあったら、あんたには葬儀に関わらせないって。子どもの名前も、お墓も、すべて私が決めるってね」「あいつに、俺から父親としての立場まで奪う権利はない!」「父親?」知夏は目を赤くして、ふっと笑った。「海人が初めて手術を受けたとき、あんたはどこにいたの?誕生日は?薬がなくて苦しんでいたときは?病院で息を引き取ったとき、あんたは一体、どこにいたの!」容赦なく叩きつけられる言葉に、朔也はもう何も言い返せなくなる。彼はこれまで、一度も父親として、海人に寄り添ったことなどなかった。 それなのに今さら、血の繋がりだけを頼りに、父親気取りをしている。斎場の中から、すすり泣く声が聞こえてくる。まもなく葬儀が始まる。朔也は手を伸ばし、ドアを押し開けようとする。知夏の後ろにいた大学時代の同級生たちが、一斉に彼の前に立ちはだかる。そこへ弁護士も歩み寄ってくる。「灰原さん。どうか、依頼人の遺志を尊重してください。これ以上無理に入ろうとするなら、警察を呼ぶしかありません」「俺は、最後に二人を見送りたいだけだ」朔也の声には、初めて懇願するような響きが混じった。「中には入
อ่านเพิ่มเติม

第20話

墓地は、海を見渡せる山の斜面にある。参列者は少ない。朔也はずっと最後尾を歩いている。誰も彼を追い払おうとはしないが、誰一人として近づくことを許さない。郁実と海人は、同じ墓に入ることになった。墓石には、二人の名前が刻まれている。【立花郁実】【愛息・立花海人】夫の名はない。父親の名もない。朔也は【立花海人】の文字をじっと見つめ、目が潤む。かつて3度も親子鑑定を受けさせ、海人は灰原家の血を引いていることを、周囲に認めさせようとした。それなのに、海人は死んだあと、「灰原」という苗字を捨てた。納骨の直前、知夏は海水でボロボロになった家族の絵を、墓の中に納めようとする。朔也が足早に近づく。「待ってくれ」その場にいた全員が彼を振り返る。朔也は修復したもう1枚の絵を取り出す。「こっちを入れてくれ」修復士の手によって、色あせていた太陽と海は元の姿を取り戻している。3人の小さな人影の輪郭も、はっきりと描き直されている。だが、父親の顔だけは、相変わらず真っ白なままだ。知夏は受け取ろうとしない。「ボロボロだけど、これは海人がのこしたものよ。どれだけきれいに直したって、それはもう海人の絵じゃないわ」納骨室の扉が閉じられていく。朔也はその場に立ち尽くし、郁実と海人が永遠の眠りにつくのをただ見つめている。納骨が終わったあとも、朔也はその場を離れようとしない。そこへ病院の会計から電話がかかってくる。朔也はすでに、海人の治療費をすべて支払い、さらに多額の金まで振り込んでいた。しかし、担当者は余分に振り込まれた金を返してきた。「未払い分は、立花さんがすでに全額支払っています。これ以上のお金を受け取るわけにはいきません」「病院への寄付にしてくれ」「それは可能ですが……」電話の向こうの担当者は少し言いよどみ、静かに告げる。「ですが、いくら寄付されても、海人くんがあの夜受けるはずだった治療とは、もう何の関係もありません」電話が切れる。朔也は墓石を見つめる。人生で初めて、金など何の意味もないのだと思い知らされた。7年前、朔也は貧しさゆえに郁実を失った。その後、使い切れないほどの金を手に入れたが、その金で郁実を傷つけ、支配し、薬を買うたびに頭を下げさせた。今
อ่านเพิ่มเติม
ก่อนหน้า
123
สแกนรหัสเพื่ออ่านบนแอป
DMCA.com Protection Status