Todos los capítulos de 金目当てとされた妻、7年遅れで悔やむ夫: Capítulo 1 - Capítulo 10

22 Capítulos

第1話

病院から支払いの請求書を渡されたとき、海人の体はすでに冷たくなっていた。1000万円。救命措置や手術、それまでの治療で滞納していた費用を合わせた金額だ。「至急お支払いを済ませてください。遺体の搬送にもご家族の署名が必要になります」と、看護師が声を落として告げる。私は請求書をじっと見つめていた。そこに印字された数字が次第にぼやけていき、そこでようやく、自分がまた泣いていることに気づく。朔也に電話をかけたが、すでに着信拒否されていた。代わりに秘書から電話がかかってくる。その口調は、いつもと変わらず丁寧だ。「奥様、社長は今、取り込み中です」「1000万円だけでいいから……」声はかすれている。「海人が……亡くなったって伝えて。これから葬儀の手配をしなきゃいけないの」電話の向こうが、しばらく沈黙する。「奥様、社長は、もう騙されないとおっしゃっています」スマホを強く握りしめる。2年前、確かに私は朔也を騙した。あのとき、海人は初めての心臓手術を終えたばかりだった。私は1か月、つきっきりで世話をしていた。それなのに、朔也は一度も病院に顔を出さなかった。灰原家に閉じ込められた生活にも、海人が何度も「どうしてパパは僕のことが嫌いなの?」と尋ねてくることにも、もう耐えられなかった。だから私は朔也に、海人を連れて病院へ検査に行くと嘘をついた。本当は、その時点ですでに南の街へ向かう切符を2枚用意していた。私たちのことを誰も知らない遠くの街で、人生をやり直したかった。しかし、発車の10分前、朔也が部下を連れて駅のホームに現れた。彼は海人の目の前で切符を引き裂き、私を無理やり灰原家へ連れ戻した。それから私は、1か月もの間、監禁された。スマホも、パスポートも、キャッシュカードも、すべて取り上げられた。朔也は部屋の外に立ち、冷たい声で言った。「また海人を連れて逃げようとしたら、一生この家から出られると思うな」あのとき、私は確かに嘘をついた。だから今、私が何を言おうと、朔也は信じない。「それに、坊ちゃんの死を口実にして騙そうとするなら、本気で怒るともおっしゃっています」秘書の声に、現実へ引き戻される。白い布がかけられた小さなベッドを見た。海人は静かに横たわっている。手首には、
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第2話

撮影スタジオに着いたとき、雨は激しく降っている。警備員は私の顔を知っているはずなのに、入り口の前に立ちはだかり、中へ入れようとしない。「社長から、奥様は中へ入れるなと指示されています」「急用があるの」「社長は、どんな用件であっても会わないとおっしゃっています」雨の中に立ち尽くし、フェンス越しに明かりのついた撮影現場を見つめる。一番大きな差し入れのケータリングカーには、明紗の名前が大きく掲げられている。朔也は彼女のためならスタジオを丸ごと貸し切るというのに、私には1000万円すら出そうとしない。私は騒ぎ立てることなく、ただ入り口で待ち続けた。3時間後、明紗のマネージャーが傘をさして出てきた。「明紗さんがお呼びです。中へどうぞ」マネージャーの後について控え室へと向かう。ドアが閉まった途端、二人のボディガードが出口を塞いだ。明紗はドレッサーの前に座っている。身にまとっているのはオートクチュールのドレスだ。鏡越しに私を値踏みするように見つめ、その視線が長いこと私の顔に留まる。「あんたが、立花郁実なのね」明紗は立ち上がり、ゆっくりと私の前まで歩いてくる。「朔也からは、欲深くて卑しい女だと聞いていたわ。どんな女かと思えば、なかなかきれいじゃない」明紗の敵意を無視して、口を開く。「朔也はどこ?」「探してどうするの?」「1000万円、必要なの。お金さえもらえれば、すぐに灰原家から出ていく」私が出ていくと聞いて、明紗の目がわずかに輝く。けれど次の瞬間、彼女は冷ややかな笑みを浮かべた。「本当に出ていくつもり?朔也の子を産んだのは、いつか子どもを頼りに灰原家から甘い汁を吸うためじゃないの」そう言いながら、明紗は腕を上げる。手首には、見覚えのあるダイヤモンドのブレスレットが輝いている。ニュースで見たことがある。落札価格は1億6000万円だ。朔也が彼女のクランクアップを祝って贈ったプレゼントだ。「朔也はあんたのことなんか、愛してない。あんたを連れ戻したのだって、朔也の子を産んだからにすぎないわ」私は明紗を見つめる。「言いたいことはそれだけ?」明紗の顔から笑みが消える。「どういう意味よ」「男を取り合いに来たわけじゃない。欲しいのはお金だけよ」明紗は私をじっ
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第3話

控え室が、一瞬だけ静まり返る。明紗はすぐに私の手を踏んでいた足を引っ込め、目を潤ませながら朔也の胸に飛び込む。「朔也、郁実さんを責めないで。彼女はただ、私と朔也の関係を誤解して、嫌がらせをするために来ただけなの」朔也は明紗を支え、その赤く腫れた手のひらに目を落とす。「手、どうした?」明紗は私が叱られるのを恐れているかのように、慌てて手を背中に隠す。「なんでもないの。郁実さんが今すぐお金が必要だって言うから、200万円振り込んだんだけど……少ないって怒って、あと800万出せって……」明紗はかわいそうな被害者を装って、唇を噛む。「今、そんなにお金はないって言ったら、夫を奪った泥棒猫だって罵られて……私に手を出そうとしたの」たった数言で、明紗はすべての事実をねじ曲げた。お金を受け取ってもまだ足りないと騒ぎ、嫉妬に狂って撮影現場まで乗り込んできた女に仕立て上げられてしまったのだ。朔也が冷たい視線を私に向ける。頬は赤く腫れ上がり、切れた唇の端からは血が流れている。手はヒールで踏みつけられ、血にまみれている。朔也にはこのすべてが見えているはずなのに、心配する言葉一つかけてはくれない。それどころか、自分が着ていたジャケットを脱ぎ、明紗の肩に優しくかける。「誰でも中へ入れるなと、言ったはずだ」そばに立つボディガードに向けた言葉だ。最初から最後まで、朔也が気にかけていたのは、明紗が怖い思いをしていないか、それだけだ。明紗は朔也の胸に寄りかかり、彼をなだめる。「もういいよ、あの200万は郁実さんにあげたことにするから。一人で子どもを育てるのも、大変だし」彼女はわざと、海人の話題を持ち出した。朔也の表情が冷たくなる。「何が大変だ?灰原家の屋敷に住んで、灰原家の奥様という肩書きを笠に着て、毎月10万円の生活費をただでもらっている。それなのに、今度は息子の死をでっち上げて、俺から1000万円を騙し取ろうとしているんだぞ」彼は私を睨みつけ、鼻で笑った。「郁実、ずいぶんと欲深くなったな」私にはもう、怒る気力すら残っていない。「そのお金は、私が使うためじゃない。病院への支払いがまだ済んでないの。海人は……本当に死んだわ」朔也がいきなり私の前に詰め寄り、あごを強くつかむ
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第4話

買取専門店に連絡をとる。結婚指輪は、240万円で売れた。残りは、昔の友人たちに一人ずつ電話をかけて頼み込む。無言で電話を切る人もいれば、「また金を騙し取って逃げるつもり?」と問い詰めてくる人もいた。ただ一人、大学時代の親友だけは何も聞かず、自分の貯金をすべて振り込んでくれた。深夜になって、ようやく1000万円をかき集め、病院への支払いを済ませた。看護師は、私がまだ高熱があるから気をつけるよう告げる。「お子さんの父親に連絡しましょうか?」「……いいえ、結構です」俯いて、海人を見つめる。「この子に、父親はいません」病院を出る前、海人の荷物から1枚の絵を取り出す。そこには太陽と海、そして手をつなぐ3人の姿が描かれている。「病気が治ったら、パパとママと一緒に海を見に行きたい」そう言っていた。絵を丁寧に折りたたみ、ポケットにしまう。「ごめんね。パパは忙しくて、来られないの。ママが連れていくから」……タクシーが海辺に到着したとき、空はまだ暗かった。道中、運転手はバックミラー越しに、何度もこちらを見ていた。「お客さん、こんな朝早くに一人で海へ?」「ええ、海を……見たくて」運転手はそれ以上何も聞かなかった。車を降りる前、運転手は私に傘を差し出してくれたが、私は受け取らなかった。「ありがとうございます。でも、もう必要ないので」潮風が冷たい。私は海人が大好きだったクジラのぬいぐるみを抱きしめ、一歩ずつ波打ち際へ向かった。昨夜、葬儀社に連絡し、遺体搬送を依頼したあと、一度だけ灰原家に戻った。結婚生活の末に、持ち出したのは小さなリュック一つだけだ。中には海人のカルテ、クジラのぬいぐるみ、そしてあの未完成の家族の絵が入っている。私の荷物は、もともと少なかった。朔也は、私に彼のお金を使わせなかった。服は安売りで買ったもの、スキンケア用品も一番安いものだ。スマホだって、7年前に買った古い機種のままだ。そんなものを、わざわざ持っていく必要などない。リビングのテーブルに、署名済みの離婚協議書と家の鍵を置いた。灰原家のものは、何一ついらない。手持ちのお金はすべて使い切った。結婚指輪も売った。これでようやく、私を縛るものは何一つなくなったのだ。風をしのげ
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第5話

朔也は鼻で笑った。「よくやるな」ボディガードから送られてきた動画を見ながら、秘書はますます不安になる。「誰かに奥様を止めさせたほうがよろしいでしょうか?」朔也がわずかに沈黙した、そのときだった。ちょうどワンカットを撮り終え、毛布を肩にかけた明紗がこちらへ歩いてくる。「どうしたの?」「郁実がまた騒いでる」明紗は髪を拭きながら、気のない様子で言う。「朔也が私と一緒にいるって知って、わざとこんなことをしてるんじゃない?今彼女のもとへ駆けつけたりしたら、これからも何かあるたびに同じ手を使うと思うよ」朔也の表情から迷いが消える。2年前も、郁実は海人を抱き、病院の検査を口実に逃げようとしたことがある。朔也はずっと、隙を与えれば郁実はまた逃げると思っている。今回も同じように、郁実が自分を騙そうとしているのだと信じて疑わない。「社長」秘書がもう一度尋ねる。「本当にこれでよろしいのですか?」朔也は、風に乱れた明紗の髪を、手を伸ばして優しく耳にかけてやる。「また金をせびるつもりだ。芝居が好きなら、勝手にやらせておけ。放っておけ」電話が切れたとき、水平線の向こうからようやく朝の光が差し込む。秘書はスマホを握ったまま、その場に立ち尽くす。もう一度かけ直そうかと考えたが、朔也の命令に逆らうことはできなかった。海辺にいたボディガードにも、引き上げるよう連絡が入る。最後に一度だけ郁実を見て、彼はその場を離れる。郁実は、彼らがそこにいたことも知らない。朔也が自分を止める最後の機会を手放したことも、郁実は知る由もない。……私は腕の中のぬいぐるみを強く抱きしめ、幼い海人を寝かしつけたときと同じように、ぬいぐるみの背中を優しくトントンと叩く。「怖くないよ。ママがいるから」海人は幼い頃から、私にべったりだった。病気でどれだけ苦しくても、泣くことはなかった。「パパはお仕事が忙しいから、迷惑をかけちゃダメだもん」といつも言っていた。今年の誕生日、海人はたった一つだけ願い事をした。一度でいいから、パパと一緒に海を見たい。しかし、最後までその願いが叶うことはなかった。「海人、怖くないよ。ママが一人で向こうへ行かせたりしないから」冷たい海水が胸元まで迫る。背後から、誰か
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第6話

証拠品袋を見つめる朔也の顔から、不機嫌そうな表情が少しずつ消えていく。「あり得ない。どうせ、あいつの芝居だろ」警察官は淡々と告げる。「芝居かどうかは、ご自身の目で確かめてください」明紗が朔也の腕をつかむ。「朔也、郁実さんは嘘をつくのが得意だから、もしかしたらこの警察官だって、彼女が雇った偽物かもしれないわ」その言葉が、朔也に残された最後の拠り所になる。彼は警察官を見据え、冷たい声で言う。「あいつから、いくらもらったんだ?」警察官の顔が険しくなる。「灰原さん、言葉には気をつけてください。それに、お子さんのご遺体はすでに葬儀社の霊安室に移されております。お子さんと亡くなられた女性のDNA鑑定を行った結果、二人に血縁関係があることも確認されています。身元に間違いはありません」朔也の視線が、再び証拠品袋に落ちる。家族3人が描かれたあの絵は、海水に浸かってボロボロになっている。そこに描かれた3人の姿は、もはやぼんやりとした輪郭しか残っていない。朔也は、この絵に見覚えがある。海人は以前、この絵を抱えて書斎に駆け込んできて、「いつ海へ連れていってくれるの?」と聞いたことがある。あのとき、朔也はちょうど明紗への誕生日プレゼントを選んでいて、使用人に海人を連れ出すよう命じたのだ。「パパ、約束したよね。病気が治ったら、海に連れていってくれるって」抱きかかえられて書斎を出るときも、海人は朔也のために言い訳をしていた。朔也は手を強く握りしめる。「こんなものがいくつかあるだけで、何が分かる。郁実は以前にも、子どもを連れて逃げたことがある。あの女は、嘘を本当に見せかけるのが上手いんだ」断言するような口調だったが、声がひどく掠れていることに、朔也は気づいていなかった。……葬儀社へ向かう車の中で、朔也は何度も郁実に電話をかけた。しかし、ずっとつながらないままだ。今度は病院に電話をかける。海人の主治医が声を落として告げる。「息子さんは、昨日の午前3時、蘇生処置の甲斐もなく、息を引き取られました。郁実さんはすでに、ご遺体の搬送手続きを済ませています」朔也は、電話を切った。「嘘だ。あいつが、病院の人間まで買収したんだ」誰も答えない。霊安室に着くと、係員が一番手前の遺
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第7話

白い布がめくられた瞬間、朔也は思わず後ずさる。郁実の顔は海水にさらされ、青白くふやけている。口元には、まだ塞がっていない傷が残っている。右手は赤く腫れ、ひび割れた皮膚には、ハイヒールで踏みつけられた痕がいくつも紫色に変色している。その傷を、朔也はすべて見ていた。昨日、控え室で、郁実は床にひざまずき、明紗に手を踏みつけられていた。あの時、朔也は何があったのかと問い質すこともなく、ただボディガードに命じて郁実を外へ放り出させたのだ。「あり得ない」朔也は、郁実の顔から目を離せない。「あいつは水がいちばん苦手なんだ。海に飛び込むはずがない」警察官が、郁実の遺品を朔也の目の前に並べる。古いスマホ、運転免許証、病院の支払い明細、そして1枚の買取証明書。そこには結婚指輪の重さと買取価格が記されている。240万円だ。朔也はその数字を見つめ、突然、係員の腕をつかむ。「あいつの指輪はどこだ?わざと外して、どこかに隠したんだろ」警察官が買取証明書を指差す。「指輪は、亡くなられたご本人が売却しています。代金は当日のうちに病院の口座へ振り込まれました。この240万円のほかにも、複数の方から借金をし、ちょうど1000万円を工面したようです」朔也の手から、少しずつ力が抜けていく。「嘘だ……あいつは金を手に入れて、逃げるつもりだったんだ」警察官は、郁実の最後の1日の行動記録を朔也に示す。朝、郁実は病院で海人の死亡に関する手続きをした。昼、雨の中を撮影スタジオへ向かった。午後、ボディガードに現場から追い出された。夕方、結婚指輪を売り、昔の友人に金を借りた。深夜、病院への支払いを済ませ、葬儀社に連絡し、海人の遺体搬送を依頼した。航空券はない。新幹線の切符もない。朔也が思い込んでいた隠し口座もない。郁実が必死にかき集めた金は、1円残らず病院に支払われていた。「俺に言えば……よかったのに」朔也が、かすれた声でつぶやく。朔也の後ろに立っていた秘書が、ついに堪えきれずに口を開く。「奥様は、何度も社長に伝えていました。何度も電話をかけましたが、社長は出られませんでした。私からも、坊ちゃんが亡くなったとお伝えしたはずです」朔也が勢いよく振り返る。「なぜ病院に連絡して確
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第8話

「あの時の通話記録を出せ」朔也の声は、ひどく震えている。秘書は逆らうことができず、録音データを再生する。「誰かに奥様を止めさせたほうがよろしいでしょうか?」短い沈黙のあと、朔也の冷たい声が響く。「芝居が好きなら、勝手にやらせておけ。放っておけ」録音が終わり、霊安室は静まり返る。朔也は郁実の遺体をじっと見つめていたが、突然、秘書のスマホを奪い取り、床に叩きつけて粉々にする。「お前がちゃんと伝えなかったからだ!あいつが海に飛び込むとしか言わなかった!なぜ海人がすでに死んでいると伝えなかったんだ!」秘書は身をかわそうともしない。「奥様は、何度もお伝えしています。病院からも、連絡がありました。社長が、信じようとなさらなかっただけです」朔也はよろめくように後ずさる。もう責任を押しつけられる相手が誰もいないことに、ようやく気づいた。……朔也が撮影スタジオへ戻ると、明紗はちょうどインタビューの撮影中だ。朔也の姿を見つけるなり、明紗は笑顔で駆け寄ってくる。「郁実さん、またどこかに隠れてるよね。だから言ったじゃない。朔也の気を引こうとしているだけだって」朔也は、明紗の手首を強くつかむ。「お前、海人が死んだこと、知ってたのか?」明紗の笑顔が凍りつく。「そんなの、知るわけないじゃない!」「昨日あいつがお前のところへ来たとき、何を言った?」「お金が欲しいって、それだけよ」明紗は慌てて弁解する。「それに、私を泥棒猫呼ばわりして、殴ろうとしてきたの」「だから、あいつの手を踏みにじって、何度も平手打ちしたというのか?」朔也はスタジオの監視カメラの映像を突きつける。郁実は、最初から最後まで明紗に一度も手を出していなかった。ただ床に膝をつき、残りの800万円をいつもらえるのかと、何度も尋ねていただけだ。明紗の顔から血の気が引いていく。「私は……朔也のために、あの女をこらしめただけよ!あいつが金目当ての卑しい女だって言ったじゃない!子どもを産んだのもお金を騙し取るためだって!お金を渡さないって決めたのも、あなたよ。ボディガードを引き上げさせたのも、あなたじゃない!」明紗は朔也の手を振りほどく。「今さらあの女が死んだからって、どうして私が責められなきゃい
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第9話

朔也はその夜のうちに、7年前の灰原家本邸に残された記録をすべて調べさせた。千佐子が亡くなってから、すでに2年が経っている。生前に使っていた電話番号も、とっくに解約されている。だが、本邸の帳簿には、配車の記録が残されていた。郁実が別れを切り出す前日、灰原家の運転手は郁実の勤め先まで迎えに行っていた。そして2時間後、その運転手は郁実をアパートまで送り届けていた。翌日、郁実は荷物をまとめて朔也のもとから去っていった。同じ日、朔也のもとに灰原家から連絡が入った。千佐子が朔也の灰原家への帰還を認め、起業の失敗で作った借金を肩代わりすると約束した。今まで朔也は、千佐子がようやく自分の実力を認めてくれたのだとばかり思い込んでいた。今になってようやく、千佐子が考えを改めたタイミングが、あまりにも出来すぎていることに気づく。秘書の調査により、当時本邸の管理を任されていたのは田中和夫(たなか かずお)という男だった。千佐子が亡くなったあと、和夫は仕事を辞め、故郷へ帰っていた。夜が明けるやいなや、朔也は和夫のもとへ向かった。玄関のドアを開け、朔也の姿を見た和夫の表情が明らかにこわばる。「朔也様、どうしてこちらへ?」「7年前、母さんは郁実に会ったのか?」和夫は目をそらす。「奥様は生前、たくさんの方とお会いになっていましたから……よく覚えていません」朔也は配車の記録をテーブルに叩きつける。「母さんが郁実に会った翌日、俺は灰原家へ呼び戻された。こんな偶然があると思うか?」和夫はうつむいてその記録を見つめたまま、黙り込んでいる。朔也はテーブルの上の湯呑みを力任せに払い落とす。「母さんはもう死んだんだ!郁実も死んだ!これ以上、何を隠すって言うんだ!」和夫が、はっと顔を上げる。「……郁実さんが、お亡くなりに?」「あいつは海に飛び込んだ。息子も病気で死んだ……」その言葉を口にした瞬間、朔也の喉は引き裂かれるように痛んだ。「俺はずっと、あいつが金のない俺を見限ったと思っていた。だから、7年間もあいつを恨み続けた。教えてくれ。母さんはあの日、あいつに何をしたんだ?」和夫の顔から、少しずつ血の気が引いていく。長い沈黙のあと、ようやく震える声で口を開く。「奥様が郁実さんを
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第10話

灰原家の本邸は、2年前から閉ざされたままだ。千佐子が亡くなって以来、朔也はこの家を忌まわしく感じ、一度も戻っていない。和夫が朔也を2階の書斎へと案内し、部屋の隅にある古い金庫を開ける。中には、古びた茶封筒が入っている。封の部分には、千佐子の直筆で日付が記されている。それは、郁実が朔也のもとを去った前日の日付だった。朔也が封筒を開けると、1枚の誓約書が出てきた。紙はすでに黄ばんでいるが、郁実のサインは今もはっきりと残っている。【私、立花郁実は、自らの意思で灰原朔也と別れることに同意する。今後はいかなる理由があっても連絡やつきまといをせず、金銭を求めない。これに違反した場合、灰原家はただちに灰原朔也への一切の支援を打ち切るものとする】一番下の余白には、手書きでこう書き足されている。【立花郁実は、本誓約の内容を灰原朔也に一切口外してはならない】朔也はその数行を見つめ、目の前が真っ暗になる。「自らの、意思……」うわ言のようにつぶやき、突然、自嘲するように笑った。本当に自分の意思なら、俺の将来を盾にして郁実を追い詰める必要はないはずだ。本当に自分の意思なら、俺に真実を伝えることを禁じる必要もないはずだ。震える手で、2枚目の書類をめくる。それは当時、千佐子が書き換えた遺言書だ。そこには、はっきりと記されている。もし朔也が郁実との結婚を強行する場合、灰原家は相続人としての資格を剥奪し、借金の肩代わりも一切しない。郁実との関係を完全に断ち切った場合にのみ、相続権を取り戻せる。この書類の効力発生日も、まさに郁実が姿を消した日だった。朔也の手の震えは、ますますひどくなっていく。そこでようやく、別れの前夜のことを思い出す。郁実はアパートの部屋で、彼のシャツの袖口を縫い直していた。朔也は、会社の危機を乗り越えたら、郁実を連れて家に帰ると話していた。郁実はうつむいたまま、長い沈黙のあと、ぽつりと尋ねた。「もし私がいなくなったら……朔也は、ちゃんと生きていける?」あのとき朔也は、郁実がただ不安になっているだけだと思っていた。郁実を抱きしめ、絶対に離れないと約束した。それなのに翌日、郁実は荷物をまとめて出ていった。朔也は階下まで追いかけ、なぜ出ていくのかと問い詰めた。
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