「田中先生、解熱剤は打たなくていいわ」母が、冷ややかな声とともに当直医の手を制した。田中医師はハッとしてその場で固まる。彼の手には、吸い上げたばかりの薬液が入った注射器が握られていた。「しかし主任、瑠奈ちゃんは39.8度まで熱が上がっていて、軽い痙攣も起こしています……」「あの子の祖母はこの私よ。私が状態を知らないとでも?」母は能面のように、表情をピクリとも変えないままベッドの上の瑠奈を一瞥し、すぐさま隣のベッドへと視線を移した。そこでは明歩が、保温毛布を3枚も重ねて厳重にくるまれていた。「瑠奈は体が丈夫だから、少し熱を出したくらいの方が免疫力がつくのよ。それに明歩は冷たい水に10分以上も浸かっていたうえに、重度の低血糖もあるの。今は本当に危険な患者を最優先に診ないと」田中医師は焦燥に駆られ、額にじっとりと汗を浮かべていた。「しかし、瑠奈ちゃんの唇は紫色に変色していて、心拍も乱れているんです」「必要ないと言ったら、必要ないの!」母の凄まじい威圧感のある声が、田中医師の反論を封殺する。彼女は忌々しげに瑠奈を見下ろした。「あの子の母親はね、昔から仮病を使って同情を買おうとする子だったの。その娘も同じで、ただの甘ったれよ。今回の未曾有の水害で、外では何百人もの命が瀬戸際にあるっていうのに。紗凪ときたら、実の娘を救助艇に乗せただけで、自分はどこへ逃げたのやら。こんな身勝手を許していたら、この先また何をしでかすか分かったものじゃないわ」私は宙を漂う幽鬼の身で必死に駆け寄り、娘の耳を塞ごうとした。残酷な言葉を聞かせたくなかった。けれど私の手は、虚しく空を切り、すり抜けて母の体を通過してしまう。わずかな風さえ、起こすことは叶わなかった。瑠奈は冷たい簡易ストレッチャーの上で小さく縮こまっていた。身につけているのは、ずぶ濡れの薄手の服だけ。幼い体が、秋風に舞う落ち葉のように小刻みに震えている。「おばあちゃん……さむい……っ」瑠奈は懸命に重い睫毛を震わせた。蚊の鳴くような、ひどく掠れた声だった。母は歩み寄ったものの、決して抱き上げようとはせず、あろうことか濡れた服を乱暴に引っ張った。「だったら我慢しなさい。誰のせいでこうなったと思ってるの。そこでじっと寝ていなさい。あなたのあの身勝手な母
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