「こんな夜中に、何騒いでるの?」母が寝室のドアを開け、眉をひそめた。廊下の照明は薄暗かった。それでも、母の目に浮かぶ嫌悪だけは、嫌になるほどはっきり見えた。母との距離は2メートルもない。足元には、割れたグラスが散らばっていた。顔を上げる。39度の熱で視界はぼやけているのに、母の表情だけは妙にはっきり見えた。警戒するような目。その奥には、夜中に邪魔された苛立ちまでにじんでいる。「……落としただけ」小さく答え、ゆっくりしゃがんでガラスの破片を拾い始めた。母はため息をつき、立ったまま私を見下ろした。「ほんと、いつもそそっかしいんだから。紗月は明日ピアノコンクールなのよ。起こしたりしたら、お父さんに怒られても知らないわよ」寝室の奥から、父の不機嫌そうな声が飛んできた。「もういい。片づけたら、さっさと部屋に戻らせろ。いつまでもそこにいられたら邪魔だ」母は腕を組んだまま、冷たい目で私を見た。「聞こえたでしょ。ちゃんと片づけなさい」顔が熱で真っ赤になっていることも。しゃがんでいるだけなのに体が震えていることも。母は何ひとつ聞かなかった。黙ったまま、最後に残った破片を拾い上げる。鋭い縁が人差し指に食い込み、すぐに血がにじんだ。赤い雫がぽたりと落ち、ウールのカーペットに小さな赤黒い染みを広げていく。重症の再生不良性貧血で、血小板はひどく減っていた。こんな小さな傷でも、血はなかなか止まらない。あっという間に、掌まで真っ赤になった。そこでようやく、母も気づいた。けれど、心配するより先に息を呑んだ。「朝葉、まさかわざとじゃないでしょうね?そのカーペット、紗月が気に入ってるのよ。わざと汚して、私たちへの当てつけでもしてるつもり?」指先を伝う血を見つめていると、体の芯まで冷えていくようだった。19年。6歳のとき、父と母から「朝葉はうちの本当の子じゃない」と聞かされてから、私はずっと、この家で何をするにも遠慮して暮らしてきた。新しい服が欲しいとも言えなかった。お小遣いもねだれなかった。具合が悪くても、病気だと口にすることさえ怖かった。捨てられるのが怖かったから。けれど、今はもう分かっている。私は、この家に遠慮して生きる必要なんてなかった。実の父と
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