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第4話

Author: 涼木
勝治は私のバッグを乱暴にひったくると、吐き捨てるように言った。

「行くぞ。いつまでお嬢様気分でいるつもりだ」

私は2人のあとについて玄関へ向かった。

父はソファに座ったまま、こちらを振り返りもしない。

「朝葉」

母に呼び止められ、足を止めた。

「向こうに行ったら、ちゃんと言うことを聞きなさい。ここにいたときみたいに、いつまでも不満ばかり言うんじゃないのよ。

自分がどれだけ恵まれてたか分かったら、いつでも電話してきなさい。そのときは迎えに行くから」

振り返ると、母の向こうに、壁いっぱいに飾られた大きな家族写真が見えた。

父と母、そして紗月。

3人とも幸せそうに笑っている。

そこに、私の姿だけがなかった。

「分かった」

玄関のドアを開ける。

「でも、電話はしないから」

長く、ひどく揺れる道のりだった。

長距離バスで山道を4時間ほど走り、途中からは古びた軽バンに乗り換えた。

車内には、肥料と湿った土のにおいが染みついていた。

奥白村に着いたころには、すっかり夜になっていた。

連れて行かれたのは、今にも崩れそうな古い木造家屋だった。

窓の隙間から風が入り込み、庭には湿った薪や農具が雑然と置かれている。

家に入った途端、それまで勝治と久美子の顔に浮かんでいた遠慮や愛想は、跡形もなく消えた。

久美子は私のバッグを奪い取ると、中身を土間へぶちまけた。

何度も洗って色の落ちた古着が数枚。

画面にひびの入った古いスマホ。

あとは、少しばかりの現金だけ。

「これだけ?」

久美子は顔をしかめ、床に落ちた服をつま先で蹴った。

「都会の金持ちの家で十何年もいい暮らししてたんでしょ?アクセサリーの1つも持ってないわけ?」

勝治は悪態をつくと、こちらへ歩いてきて肩をつかんだ。

指が骨に食い込むほどの力だった。

「金ばっかりかかる厄介者だな。迎えに行くだけで、こっちは交通費まで払ったんだぞ。

明日から庭の片づけも、薪割りも、飯の支度も全部お前がやれ。タダで置いてもらえると思うなよ」

熱はずっと下がっていなかった。

何日も移動の疲れも重なり、骨の一本一本を叩かれているように痛む。

肩をつかむ手から逃れようとした瞬間、勝治に強く突き飛ばされた。

地面に倒れ、膝を尖った石にぶつける。

皮膚が破れ、血がすねを伝って流れた。

重症の再生不良性貧血で血が止まりにくくなっているせいで、傷は見る見る赤く染まっていった。

久美子は一度だけ傷を見ると、ぺっと唾を吐き、鼻で笑った。

「何をそんなにお嬢様ぶってるの?都会でしばらくいい暮らししたくらいで、自分がそんなに大事な人間だとでも思ってるわけ?

ほら、裏庭の薪を割ってきなさい」

その夜、私は農具や段ボールが積まれた物置に閉じ込められた。

ベッドはなく、床には湿った古い毛布が1枚あるだけだった。

壁の隙間から冷たい風が吹き込み、肌を刺した。

隅にうずくまり、冷えきった指で膝の傷を押さえる。

それでも血は止まらず、毛布を少しずつ赤く染めていった。

そのとき、紗月が久留島家でどんなふうに暮らしていたかを思い出した。

6歳のころ。

紗月が抱いていたぬいぐるみを、ほんの少し長く見ていただけで、母に腕を引かれて壁際に立たされた。

そのまま、夜が明けるまで立たされた。

その後、紗月がピアノを習い始めると、1回4万円もする個人レッスンに通うようになった。

その一方で私は、翌朝の食事をもらうために、毎朝5時に起きてキッチンへ向かった。

シンクいっぱいにたまった食器を、全部洗うためだ。

ちゃんと言うことを聞いて、できるだけ身を低くしていれば。

いつか父と母も、私のことを見てくれる。

ずっと、そう思っていた。

けれど2人の目に映っていたのは、いつだって私の「不満」だけだった。

翌朝。

頭から冷たい水を浴びせられて目が覚めた。

顔を上げると、久美子がポリバケツを手に、険しい目で立っている。

「いつまで寝てるの?もう朝よ。死ぬまで寝てるつもり?」

どうにか起き上がると、視界が激しく揺れた。

高い熱で唇は乾いて裂け、額には細かな汗が浮かんでいる。

そのまま庭へ追い出され、外水栓の冷たい水で山ほどの洗濯物を手洗いさせられた。

水に手をさらしているうちに、指先はすぐ真っ赤になり、やがて関節の奥まで刺すような痛みが走った。

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