第1話 結婚三周年の屈辱 御堂家が都内の高級ホテル最上階を貸し切って開いた創業記念パーティーは、結婚三周年の祝いとは名ばかりだった。 少なくとも、御堂澪にはそう思えた。 壇上では義父の御堂宗一郎がグループの新規事業について語り、巨大スクリーンには御堂グループの歴史と今後の海外展開を紹介する映像が流れている。招待客は政財界の関係者や取引先、著名人ばかりで、シャンパンのグラスが触れ合う乾いた音と、相手の肩書きを確かめながら交わされる上品な笑い声が会場を満たしていた。 澪は壁際に近い場所で、その光景を静かに眺めていた。 淡い銀白色のドレスは、身体の線を必要以上に強調しない、ごく端正な形に仕上げてある。胸元から腰にかけて繊細な刺繍を施し、照明を受けた時だけ細い光が浮くように糸を選んだ。派手さではなく、着る人間の立ち姿を美しく見せるための一着だった。 自分でデザインし、自分のためだけに縫わせた。 けれど、そのことを知る者はここにはいない。「澪さん、そのドレス、ずいぶん思い切ったのね」 柔らかな声に振り向くと、高城玲奈が立っていた。 深い赤のドレスに、控えめながら一目で価値のわかる宝飾品。隙のない化粧も姿勢も、長年こうした場所で生きてきた人間のものだった。 玲奈の隣には、美佐子がいる。 義母は澪の姿を上から下まで眺め、それから口元だけで微笑んだ。「本当に。いつもはもう少し地味でしょう? 三周年だから頑張ったのかしら」「お義母様にそう言っていただけるなら、頑張った甲斐がありました」 澪が穏やかに返すと、美佐子は一瞬だけ眉を動かした。 言い返したつもりはない。ただ、以前の澪なら曖昧に笑って受け流していたから、少し意外だったのだろう。 玲奈は興味深そうにドレスの裾を見つめた。「でも、どこかで見たことがある気がするのよね。特にこの刺繍の入れ方。MIOの初期作品に少し似ていない?」 近くにいた女性たちが反応した。「まあ、言われてみれば」「本当ね。肩の落とし方なんて、少しそれっぽいかも」 笑いを含んだ声だった。 澪はグラスを持つ指に力を入れなかった。こういう場で、相手が何を期待しているかはよく分かっている。 困った顔。 恥じ入った態度。 あるいは、必死な否定。 そのどれかを見せれば、会話はもっと盛り上がる。「MIOを参考になさったの
最終更新日 : 2026-10-02 続きを読む