第11話 俺は、何も知らなかった 七年前の送金処理を担当した男は、指定された喫茶店に約束の十五分前から来ていた。 都心から少し離れた駅前にある、昔ながらの店だった。壁際には雑誌棚があり、カウンターの向こうでは年配の店主が黙々とコーヒーを淹れている。神代グループの元社員と世界的企業のCEOが七年前の不正を話す場所としては、不釣り合いなくらい普通だった。 けれど怜司は、むしろその普通さがありがたかった。 会社の応接室では、相手は「元社員」として話す。 弁護士を同席させれば「事情聴取」になる。 今日はまず、一人の人間として話を聞きたかった。「神代さん」 奥の席にいた男が立ち上がった。 五十代半ばほどだろう。七年前は神代家の資産管理部門に所属していたという。現在は別の会社で経理の仕事をしているらしい。「わざわざ来てもらってすみません。座ってください」「いえ。こちらこそ……まさか今になって、この件についてお話しすることになるとは思っていませんでした」 男は明らかに緊張していた。 怜司が向かいへ座ると、テーブルの端に置いていた水のグラスへ手を伸ばしたものの、口はつけなかった。「先に一つ言っておきます。今日は責任を追及するために呼んだわけじゃありません。もちろん、違法なことが分かれば別ですが、まず知りたいのは事実です。当時、誰から何を指示され、あなたが何をしたのか。そのまま話してください」「……分かりました」 男はゆっくり頷いた。 怜司はテーブルへ一枚の資料を置いた。 七年前、自分が見せられた振込記録の写し。 受取人欄には、相沢美月。「これを覚えていますか」「はい」 返事は早かった。「私が処理に関わったものです」「相沢美月本人に会いましたか」「いいえ。一度も」「電話やメールで本人確認は?」「して
آخر تحديث : 2026-10-10 اقرأ المزيد