蒼一郎の煙草を持つ手が、ふと止まった。「なんだお前、いつからそんな駆け引きを覚えたんだ?」彼は鼻で笑うと、再び煙草を唇へ運び、目を細めて私を見た。「以前は、俺が他の女に少し目を向けただけで、泣きわめいて大騒ぎしていたよな。今は俺が外で子供を作ったというのに、全部言う通りにするだと?」彼は立ち上がり、私の前まで歩み寄ってきた。煙草の匂いにブルガリアンローズの香水が混じって鼻を突く。鮎美お気に入りの香りだ。3か月前の私なら、この匂いを嗅いだだけで、悔しくて一晩中眠れなかっただろう。だが、今は——嫉妬する気力さえ、もう残っていない。「さっきの言葉で足りなかったなら、もう一度言うわ」私は彼を見つめ返した。「離婚届にはいつでもサインする。あなたが用意してくれたボディーガードも、ありがたく受け取るわ。鮎美さんが安心して出産を迎えられるなら、私に異存はないから」蒼一郎の表情が、さっと険しくなった。彼はしばらく私を睨みつけていたが、やがて冷たく笑い飛ばした。「……ああ、上等じゃないか」彼は視線を部屋の隅へと流した。「羽藤、こっちへ来い」ふと、3年前のことが脳裏をよぎった。場所は、同じこのオフィスだった。私の手首のギプスが外れたばかりのあの頃、彼は私の手を取り、自分の胸元へ押し当てて、まだ恐怖の色が残る瞳で言った。「歌音、もう二度と危険な目には遭わせない。お前のすべては、この俺が守る」それなのに今、彼は自らの手で、別の男を無理やり私の生活に入り込ませようとしている。羽藤優磨(はとう ゆうま)が静かに歩み出た。蒼一郎は優磨を私のそばへ乱暴に押しやった。私は思わずよろめいた。優磨はとっさに私の腕を支え、すぐに手を離した。「今日からこいつがお前専属のボディーガードだ。24時間、片時もそばを離れさせないし、夜寝る時も、こいつを部屋の前に立たせておく」蒼一郎の視線が、優磨が離した手に落ちた。「お前はずいぶん物分かりがいいじゃないか?その物分かりのいい女のふりが、いつまで続くか見ものだな」傍らの仲間のひとりが、見かねて口を挟んだ。「いや蒼一郎、さすがにやりすぎじゃないか。奥さんだって、その……」「黙れ!」蒼一郎は冷たく遮った。「妻本人が気にしてないんだ、お前
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