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第3話

Author: 姫様参上
金曜日の夜、緑川家の本家で一族の夕食会が開かれた。

蒼一郎は前もって人を遣わし、深緑のオートクチュールドレスを届けさせていた。

一緒に届いたメッセージには、こう書かれていた。

【今夜はお前のボディーガードも連れて出席しろ。俺に恥をかかせるなよ】

私はドレスに着替え、優磨に車を出してもらって本家へと向かった。

車が本邸の車寄せに停まると、優磨が降りて車のドアを開けた。

夜風の冷たさに、思わず身震いする。

優磨はすかさず上着を脱ぎ、私の肩にふわりとかけた。

「夜は冷えますから」

私は断らずに、「ありがとう」とだけ返した。

ふたり並んで大広間に入ると、それまで賑やかだった室内が一瞬にして静まり返った。

蒼一郎は中央に立っていた。

傍らには、白いワンピース姿の鮎美がいる。首元の真珠のネックレスがひときわ目を引いた。

蒼一郎がこちらを見た。その目はひどく冷たかった。

ずかずかと歩み寄ると、私の肩にかかった上着を乱暴にむしり取り、床へと投げ捨てた。

「歌音、恥知らずめ!

ボディーガードと寄り添って、一族の笑い者にでもなりたいのか!」

私は床に落ちた上着を見下ろした。

「ただ、寒かっただけよ」

「ふん、寒い?」

蒼一郎は鼻で笑った。

「よほど男に飢えているみたいだな」

彼は周囲の年長の親族たちへ向き直った。

「皆さん、今日は一族の皆さんが集まったこの場を借りて、ひとつお伝えしたいことがあります。

歌音は体調が優れないので、今後、緑川家の女主人としての役目は鮎美に任せます。

鮎美のお腹にはすでに私の子がいる。緑川家の跡継ぎを身ごもっているんですから、当然のことです」

人々の間に、ざわめきが広がった。

「それって事実上、妻の座から追い出すってことじゃないか」

「歌音も自業自得だろう。あの男を見ろよ、あんな怪しい男を連れて、みっともないったらない」

上座に座っていた会長の緑川一夫(みどりかわ かずお)は、怒りで顔を震わせていた。

「蒼一郎、何を馬鹿なことを。歌音はお前が正式に結婚した妻だぞ!」

蒼一郎は一夫の前まで歩み寄ったが、強気な態度を崩さなかった。

「お祖父様、歌音自身が気にしていないのに、どうしてあなたが庇い立てするんですか。

今だって、専属のボディーガードを一族の集まりにまで連れてきている。それこそみっともないでしょう」

鮎美は頃合いを見計らうと、急須を手に一夫のそばへ歩み寄った。

「おじいさま、お茶、淹れましょうか」

そう言って湯呑みにお茶を注ぎながら、わざと胸元の真珠のネックレスが一夫の目に入るように身をかがめた。

その瞬間、一夫の表情が変わった。

「歌音!そのネックレスが、どうしてあの子のところにある!」

全員の視線が、私へと突き刺さる。

「私が、彼女に差し上げたんです。

鮎美さんの方が、当主の妻にふさわしいでしょうから。私はただ、お譲りしただけです」

蒼一郎が勢いよく振り向き、私を睨みつけた。

「そうやって気を引こうという魂胆か!

誰に見せるために、そんな芝居を打ってるんだ」

私は、彼の思い上がった顔を見つめた。

「社長の思い過ごしよ。ただ、あなたの決めたことに従っているだけ。

ボディーガードを連れること、女主人の座を譲ることも、全部言われた通りにしたし、ほかに何かご指示は?」

私の態度に蒼一郎は怒りで顔を歪め、玄関を指さした。

「出て行け!

その得体の知れない男を連れて、とっとと失せろ!」

優磨が床に落ちた上着を拾い上げ、埃を払ってから、改めて私の肩にかけ直した。

「奥様、行きましょう」

私は踵を返し、歩き出した。

背後から、鮎美の甘えた声が聞こえてくる。

「蒼一郎さんったら、もう怒らないで。怒りすぎて身体を壊したら大変だから……」

私は肩にかかった上着をきつく引き合わせた。

この緑川家の本邸には、もう二度と足を踏み入れることはない。

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