บททั้งหมดของ 夫と息子が夫の初恋を選んだ日、私は家族をやめた: บทที่ 1 - บทที่ 10

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第1話  ただのお弁当

冬真は離婚届を手に取らなかった。向かいの椅子に深く腰を下ろし、私の顔を見上げただけだった。「昨日のことで、まだ怒っているんですか?」会議の席と変わらない、冷静な口調だった。「怒ってはいません」私たちは結婚して九年になる。それでも、二人きりのときでさえ敬語を崩したことは一度もなかった。それが礼儀なのだと、以前は思っていた。今なら分かる。私たちは最初から、夫婦になれるほど近づいたことがなかったのだ。昨日も、いつもどおり午前五時半に起きた。冬真は胃が弱いため、脂の多いものは避ける。午後に重要な商談がある日は、においの強いおかずは避ける。悠生は野菜が苦手なので、細かく刻んで卵焼きに混ぜる。季節の行事がある日は、蓋を開けた瞬間に笑ってくれるよう、彩りにも時間をかけた。そうして毎朝作る二つのお弁当を、当たり前のように二人へ渡してきた。けれど昨日、冬真は包みを見ただけで言った。「今日は必要ありません。昼は絵里さんと会食です」「昨日のうちに、教えていただけませんでしたか?」「今朝決まったことです。お弁当一つで、そんな顔をしないでください」何も言わず、差し出した手を引いた。その様子を見ていた悠生が、自分のお弁当まで押し返してきた。「パパが持っていかないなら、僕もいらない」「悠生、今日は給食がない日ですよ」「大丈夫。絵里ちゃんが、かわいいお弁当を届けてくれるって」初めて聞く話だった。「冬真さんは、ご存じだったんですか?」「昨日、悠生から聞きました」「それなら、なぜ教えてくださらなかったんです?」「わざわざ報告するほどのことではないでしょう」冬真は腕時計を確かめ、椅子から立ち上がった。「絵里さんは帰国したばかりで忙しいのに、悠生のために時間を作ってくれています。真帆も感謝してください」朝倉絵里(あさくら えり)。冬真が大学時代に交際していた、初恋の相手だった。「絵里さんは、いつから悠生にお弁当を届けているんですか?」「前にも何度かありました。それが何か問題ですか?」「母親の私が知らなくても?」冬真は、わずかに息を吐いた。「家にいる真帆には分からないでしょうが、僕たちは新規事業の準備で忙しいんです」「そのことと、悠生のお弁当に何の関係があるんです?」「何でも悪いほうに受け取るのは、やめてください」悠生は私たち
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第2話  捨てられた怪獣

離婚届はそのまま冬真の前に置き、あとの手続きは弁護士に任せた。寝室のクローゼットを開けたものの、何から手をつければいいのか分からなかった。この家にあるもののほとんどを、私が選び、私が整えてきた。冬真のスーツは、季節や用途ごとに分けてある。悠生の服は、幼稚園用と休日用に分けてある。冷蔵庫には一週間分の献立と、二人の予定を貼ってあった。薬箱には常備薬をそろえ、飲む時間を書いた付箋まで貼ってある。それでも、自分のものだけを選ぶと、キャリーケース一つで足りた。私の九年間は、驚くほど小さく収まった。最後に悠生の部屋を確認すると、ごみ箱から青い布がのぞいていた。引っ張り出すと、いびつな角が二本生えた怪獣のぬいぐるみが出てきた。先月、悠生が描いた怪獣をもとに、私が夜中までかかって縫ったものだった。机の中央には、絵里から贈られた、見るからに高価そうなロボットのおもちゃが飾られている。「これ、捨てるの?」床で遊んでいた悠生が、ちらりと顔を上げた。「だって、かっこ悪いもん」「悠生が描いた怪獣でしょう?」「絵里ちゃんがくれたロボットのほうがすごいよ。英語もしゃべるんだよ」悪気のない声だった。だからこそ、余計に胸へ刺さった。ぬいぐるみについた埃を払い、ごみ箱の横へ置いた。持っていくことはしなかった。これは悠生のために作ったものだ。要らないと言われた以上、私が抱えていく理由もなかった。「どちらへ行くつもりですか?」振り返ると、冬真がドア枠にもたれていた。「残ったものは、家事代行の方に処分してもらってください」ダイニングテーブルに、ファイルを一冊置いた。悠生の幼稚園の予定、かかりつけ医、予防接種の記録。冬真の会食予定、クリーニング店、家事代行の連絡先。私がいなくても困らないよう、必要なことはすべてまとめてある。冬真はファイルを開こうともせず、眉をひそめた。「大げさですね。少し頭を冷やしたら、戻ってきてください」「戻りません」「真帆」「離婚を口にして、冬真さんを脅したことなど一度もありません」冬真の顔から、初めて余裕が消えた。「手続きには時間がかかります。今すぐ出ていく必要はないでしょう」「終わらせるなら、きれいに終わらせたいんです」キャリーケースを引いて玄関へ向かうと、悠生が後ろからついてきた。「ママ、明日からお迎
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第3話 社長夫人という檻

家を出たその足で東京駅へ向かい、新神戸行きの切符を買った。神戸を選んだことに、特に理由はなかった。ただ、久世家とも実家とも関係のない場所へ行きたかった。十四歳のとき、両家の間で私と冬真の縁談が決まった。それからは、久世家の嫁にふさわしくあることを求められた。私立の名門校へ進み、語学も礼儀作法も学んだ。茶道も、華道も、着付けも、箏も。久世家の嫁に必要だと言われたものは、ひととおり身につけた。成績を落とせば、「久世家の名に泥を塗るつもりか」と叱られた。勉強を禁じられたわけではない。むしろ、誰より優秀で、誰より行儀よくあることを求められた。許されなかったのは、自分の人生を自分で選ぶことだけだった。十六歳の頃、私は家族に黙ってレーシングカートを始めた。ヘルメットをかぶれば、誰の娘でも、誰かの婚約者でもなくなれた。タイムだけが、私を公平に評価してくれた。初めて地方大会で表彰台に立った日、父に知られた。「久世家の嫁になる娘が、危険な真似をするな」ヘルメットを取り上げられ、次の大会への出場も取り消された。けれど、黙って従わなかった。父とは何度も言い争った。食事を拒み、部屋に閉じこもって、それでも走りたいと訴え続けた。最後に頼ったのは、婚約者だった冬真だった。「冬真さんからも、父を説得していただけませんか」冬真は困ったように眉を寄せた。「結婚後は、危険なことをやめてください。そのほうが皆も安心するでしょう」「冬真さんも、私が走ることを恥ずかしいと思うんですか?」「そういう話ではありません。真帆には、もっと大切な役目があります」当時の私は、その言葉を期待されている証拠だと思おうとした。結局、自分の手でヘルメットを父へ返した。二十歳で冬真と結婚し、二十四歳で悠生を産んだ。夕方に悠生を迎え、夜遅く帰る冬真を待つ。二人の体調と予定を覚え、両家の集まりでは完璧な妻として振る舞った。周囲は私を「久世家のためにあつらえたような嫁」と褒めた。一方で、陰では面白みがなく、堅苦しい女だと言われていた。以前、冬真の友人たちが話しているのを聞いたことがある。「お前の奥さん、相変わらず隙がないよな」「あれだけ完璧だと、家でも気が抜けないんじゃないか?」「朝倉みたいな女のほうが、話していて楽しいだろ」冬真は否定しなかった。朝倉絵里(
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第4話 絵の中に、私はいなかった

神戸へ着いてから、海の見える小さなホテルに部屋を取った。誰かの帰宅時間を気にせず、自分のためだけに一日を使う。そんな当たり前のことさえ、私には新鮮だった。家を出て三日目の朝、冬真から突然電話がかかってきた。「真帆。去年のチャリティーオークションで落札したルビーのカフリンクスは、どこにありますか」挨拶もなく、用件だけを告げる声は、家にいた頃と何も変わらない。まだ目覚めきらない頭で、反射的に答えていた。「寝室のウォークインクローゼットにあります。右側の二段目、奥にある黒いケースの中です」電話の向こうで、引き出しを開ける音がした。「今日は何のご予定ですか?」「新しい商業施設の開業式典です」「それでしたら、チャコールグレーのスーツが合います。左から四着目です」ハンガーを動かす音に交じって、冬真のかすかな舌打ちが聞こえた。しばらくして、音が止んだ。「見つかりましたか?」ようやく自分が誰に電話をかけたのか思い出したように、冬真は声を落とした。「ありました」「手間を取らせて、すみません」「いえ」長いあいだ染みついていた習慣が、私より先に答えてしまっただけだ。「一度、家事代行の方にクローゼットを整理してもらってください。次からは、その方に聞いてください」「それから、物の場所を聞くためだけに電話をかけてくるのは、もうやめてください」短い沈黙のあと、冬真は低く答えた。「……分かりました」通話を終えると、冬真の番号を着信拒否にした。もう一度ベッドに戻り、目を閉じた。けれど、眠りは浅かった。途切れ途切れの夢の中で、昔の景色がいくつも浮かんでは消えた。十四歳、友人たちと笑いながら校舎を駆け抜けた日のこと。十五歳、雲一つない空の下で、初めて冬真に会った日のこと。十六歳、家族に黙ってレーシングカートを始めたことを父に知られ、無理やり連れ戻された日のこと。それから――耳を刺すような着信音で、目が覚めた。苛立ちながらスマートフォンを手に取ると、知らない番号が表示されていた。「久世悠生くんのお母様でいらっしゃいますか?」悠生が通う私立幼稚園の担任だった。担任の声は、ひどく困っているようだった。「来週の親子遠足について、確認したいことがございまして」「はい」「悠生くんから、親子遠足には朝倉絵里さんと参加すると伺っているのですが
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第5話 私を選んだのではなかった

冬真から届いたメッセージは無視した。あれは彼の勝手な思い込みにすぎない。けれど、五歳の息子にあの言葉を告げたことは、やはり胸にこたえた。命がけで産んだ子だ。平気でいられるはずがなかった。いつから悠生が、あれほど冬真に似てしまったのかは分からない。私と冬真の縁談が決まったのは、十四歳のときだった。祖父と父が久世家の当主たちと書斎から出てきたあの日から、私は未来の社長夫人として育てられた。実家も代々会社を経営する裕福な家だった。同級生には羨ましがられたが、私には自由がなかった。進学先も習い事も、久世家に嫁いで恥ずかしくないかどうかで決められた。中学の模試で成績を落とした夜、母は眠っていた私を起こし、「先方に顔向けできない」と頬を打った。久世家との縁談を断るなら、次は二十歳近く年上の経営者に嫁がせるとも言われた。冬真に初めて会ったのは、十五歳のときだった。その時の冬真はまだよく笑い、喜怒哀楽を隠さない少年だった。言葉を交わしたのは、形ばかりの挨拶だけ。特別な印象を抱いたわけではない。青空の下で笑う姿だけは心に残った。やがて、冬真には朝倉絵里という恋人がいると知った。家の反対を押し切り、後継者の座を捨ててでも一緒になろうとした初恋の相手だった。嫉妬より先に、冬真を羨ましいと思った。少なくとも彼には、家族に「嫌だ」と言う権利があった。けれど数か月後、冬真の母が我が家を訪れた。「冬真の件は、もう片がつきました」廊下でその言葉を聞いたあと、絵里がニューヨークへ渡ったと知った。冬真は久世家へ戻り、両家は私たちを頻繁に会わせるようになった。初めのうち、冬真は私と目も合わせなかった。それでも、やがて時折、私とも言葉を交わすようになった。私は、ようやく受け入れてもらえたのだと思った。けれど、私に歩み寄ったのではなく、冬真はただ、抗うことをやめただけだった。よく笑い、家族に逆らってでも大切な人を守ろうとした少年は、いつしか何も言わない男になった。十五歳の夏、青空の下で笑っていた少年は、もうどこにもいなかった。それでも私は、たった一度だけ、冬真が自分の意思で私を選んだのだと信じた瞬間があった。
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第6話 あの傷を、愛だと信じた

私が二十歳、冬真が二十四歳の梅雨だった。両家が支援する慈善団体のパーティーへ向かう途中、箱根の山道で土砂崩れに巻き込まれた。急ブレーキの音と同時に、冬真が私を抱き寄せた。次に目を開けたとき、車体は大きく潰れ、運転手は意識を失っていた。割れた窓から入り込んだ太い枝が、私をかばった冬真の腕に突き刺さっていた。それでも彼は、私の上から身体をどけなかった。救助隊が到着するまで、冬真はその姿勢を崩さなかった。救助されたあと、冬真の腕には深い傷痕が残った。軽い骨折だけで済んだ。退院を数日後に控えた日、冬真は両家の前で私に手を差し出した。「真帆。僕の妻になっていただけますか」事故のとき、寒さで何度も意識を失いかけるたび、冬真が私の名を呼んだ。「真帆、眠らないでください」「ここで眠ったら、もう二度と自由にはなれませんよ」その言葉が脳裏によみがえった。家族が決めた婚約ではない。冬真が自分の意思で私を選んでくれたのだ。あのときの私は、そう信じた。「はい。よろしくお願いいたします」二十歳で冬真と結婚し、四年後に悠生が生まれた。悠生が生まれた日、冬真に、たった一つだけ約束してほしいと頼んだ。両家にとって初めての孫だった悠生は、望むものを何でも与えられた。冬真は後継者にふさわしい教育を望み、私は家では安心して甘えられる母親でいようとした。冬真が仕事で約束を忘れれば、私が代わりに埋め合わせた。悠生が泣けば、最後には私が折れた。その積み重ねが、いつの間にか間違った形で伝わっていた。悠生は、母親なら何をしても許すと思うようになった。そして父親と同じように、私の気持ちを後回しにした。愛することと、すべてを許すことは違う。家を出て、ようやくそれに気づいた。
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第7話  熱を出した夜だけ、母親

家を出てから一週間、冬真からの連絡はなかった。ようやく諦めたのだと思っていた。その夜、知らない番号から電話がかかってきた。「真帆ですか」聞き慣れた声だった。「着信拒否までして、何を考えているんですか」「もう連絡しないでくださいと、お伝えしたはずです」切ろうとすると、冬真が早口で続けた。「ご実家にも戻っていないそうですね。今、どこにいるんですか」両親にまで連絡したらしい。結婚して九年、私がどこへ行こうと気にもしなかった人が、家を出た途端に居場所を知りたがる。「お答えする必要はありません」「真帆」冬真が息を吐いた。「悠生が熱を出しました。三十八度六分あります」胸が強く揺れた。けれど、何も言わなかった。「かかりつけの小児科はどこですか。医療証もお薬手帳も見つかりません」「リビングの書類棚です。白いファイルの――」そこまで口にして、言葉を止めた。身体に染みついた習慣が、また私より先に答えようとしていた。「家事代行の方に探してもらってください」「もう帰っています。それに、悠生が真帆でなければ嫌だと泣いているんです」電話の向こうから、悠生のかすれた声が聞こえた。「ママに来てって言って」親子遠足には絵里を選んだ。家族の絵にも、私の居場所はなかった。それでも具合が悪くなれば、母親は当然のように駆けつけると思っている。「親子遠足には、絵里さんが付き添うのでしょう」「今、その話は関係ありません」「いいえ。病気の夜だけ、私を母親に戻すことはできません」冬真の声が低くなった。「五歳の子どもに、そこまで冷たくする必要がありますか」「その五歳の子に、母親を粗末に扱っても構わないと教えたのは、冬真さんでしょう」沈黙が落ちた。以前の私なら、その沈黙に耐えられず謝っていた。けれど、もう謝る理由はなかった。「夜間救急を受診させてください。必要なものが見つからなければ、再発行の手続きをしてください」「真帆。僕は、まだ離婚届にサインしていません」「だから何ですか」自分でも驚くほど、静かな声が出た。「私はもう、冬真さんの妻でも、久世家の家政婦でもありません」「今まで私がしてきたことを、これからはご自分でなさってください」冬真が何か言いかけた。その先は聞かずに電話を切った。翌朝、携帯電話の番号を変更した。
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第8話 誰の妻でもない旅

新しい番号に変えてから、スマートフォンは静かになった。誰にも呼び戻されない朝を迎えたのは、初めてだった。神戸に来て十日目。ホテルの窓辺で予定のない一日を眺めているうちに、昔ブックマークしたツアーを思い出した。屋久島を歩く、少人数のトレッキングツアー。白谷雲水峡と縄文杉を巡る六日間の旅だった。以前、冬真に行ってみたいと話したことがある。「今は時間がありません。また今度にしてください」それきり、「また今度」が来ることはなかった。久世家と付き合いのある女性たちにも、泥だらけになる団体旅行など社長夫人らしくないと笑われた。あの頃は、黙って予約画面を閉じた。今度は、迷わず申し込みボタンを押した。必要だったのは、私一人の名前だけだった。数日後、新神戸から新幹線に乗った。鹿児島港から高速船に乗り換えると、やがて海の向こうに濃い緑の島影が見えた。ツアーの参加者は八人。定年後に山歩きを始めた夫婦もいれば、野鳥を撮るために一人で参加した女性もいた。最年少は、有給休暇をまとめて取ったという二十代の会社員だった。誰も、私の実家のことも久世家のことも知らない。私が社長夫人だったことにも興味を持たなかった。私は、離婚後に戻すつもりでいる旧姓を名乗った。橘真帆(たちばな まほ)として人に会うことが、ひどく新鮮だった。翌朝、まだ暗いうちに宿を出た。森へ入ると、前夜の雨を吸った苔が、足元で柔らかく光っていた。濡れた木の匂い。沢を流れる水の音。泥で靴が汚れても、誰にも叱られなかった。髪が乱れても、久世家の名に傷はつかなかった。昼食は、岩の上で食べる冷えた弁当だった。それなのに、家で一人きりで食べたどんな料理よりもおいしく感じた。縄文杉を目指す日は、往復で十時間近く歩いた。途中から雨が強まり、登山道は滑りやすくなった。何度も足が止まった。前を歩いていた女性が振り返り、黒糖を一つ差し出した。「急がなくて大丈夫。ここまで来たんだから、一緒に行きましょう」たったそれだけの言葉が、胸にしみた。誰かの役に立たなくても、置いていかれない。完璧でなくても、隣を歩いてくれる人はいる。ようやく縄文杉の前に立ったとき、息は切れ、服も靴も泥だらけだった。誰かが歓声を上げた。隣では、先ほどの女性が子どものように笑っていた。巨大な幹を見上げた。雨粒
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第9話  玄関の外に残した家族

屋久島から戻った後、神戸で小さなマンションを借りた。家具は必要なものだけ。誰かの好みに合わせて選ぶ必要もない。白い壁に、自分で選んだ青いカーテンを掛けた。それだけで、この部屋が少しずつ私の居場所になった。新しい生活を始めてから、十六歳の頃に世話になったコーチへ連絡した。電話口で名乗ると、コーチはしばらく黙った。「ずいぶん遅かったな」責める声ではなかった。「もう一度、走らせてください」コーチは神戸郊外のレーシングクラブを紹介してくれた。十六歳で手放したハンドルを、もう一度握るためだった。久しぶりに走った日は、思うようにタイムが縮まらなかった。腕は重く、翌朝には全身が痛んだ。それでも、ヘルメットをかぶった瞬間、身体の奥に残っていた何かが目を覚ました。アクセルを踏み、コーナーへ入る。誰の妻でも、誰の母親でもない。タイムだけが、今の私を見てくれた。練習を終えたあと、クラブのコーチから翌月の選考レースに出ないかと誘われた。迷いはなかった。「出ます」少しずつ、昔好きだったものを取り戻していった。冬真との縁談が決まる前の私は、もっと自由で、よく笑う子だった。生き生きとしたものなら、何でも好きだった。けれど結婚してからは家族にすべてを注ぎ、自分の自由さえ失っていた。新しい生活に慣れ始めた頃、保護犬を一匹迎えた。キャラメル色の毛をした、小さな雑種犬。名前は麦(むぎ)にした。麦は人の顔色をうかがう癖があり、最初の数日は部屋の隅から動かなかった。けれど、急かさずに待っていると、ある夜、そっと私の足元で眠った。私もこの子も、安心できる場所を覚えている途中なのだと思った。麦は、私が何かを差し出さなくても、そばにいてくれた。その日も、夕方の散歩を終えてマンションへ戻った。エントランスの前に、見覚えのある黒い車が止まっていた。冬真が車の脇に立っていた。隣には、悠生がいる。悠生は私を見つけると、一歩踏み出した。それを無視して、冬真を見た。「どうして、ここが分かったんですか」「調べました」悪びれもしない答えに、背筋が冷えた。「勝手に居場所を調べて、待ち伏せまでなさったんですか」「話をしたかっただけです」「私は望んでいません」冬真はしばらく黙って私を見ていた。「少し痩せましたね」「質問に答えてください。何をしに
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第10話  泣けば、戻ると思っていた

冬真の手には、保温ポットと紙袋がある。「おはようございます」まるで、昨日のことなどなかったような挨拶だった。返事をせず、その脇を通り過ぎようとした。「朝食をお持ちしました」「必要ありません」「以前は、僕たちの朝食を用意して、ご自分はコーヒーだけで済ませていたでしょう。胃に良くありません」今になって、そんなことを覚えていたらしい。けれど、九年間気づかなかった人の気遣いを、ありがたいとは思えなかった。「お気遣いなく。もう久世さんに心配していただく立場ではありませんから」悠生が紙袋を抱え、私の前へ差し出した。「ママの好きなパン、パパと選んだよ」袋から漂ってきたのは、甘いシナモンの香りだった。私はシナモンが苦手だ。好きなのは誰なのかもう知りたくない。二人を残し、麦と歩き出した。それから、父子は毎朝のように姿を見せた。冬真は神戸市内のホテルに部屋を取り、悠生も幼稚園を休ませているらしい。私が遠足へ行かないと言ったときは母親失格のように責めたくせに、自分は幼稚園を休ませてまで悠生を連れてくる。その矛盾を指摘する気にもなれなかった。管理人から敷地内に入らないよう注意を受けると、今度は少し離れた歩道で待つようになった。冬真は花や菓子を持ってきた。悠生は幼稚園で描いた絵や、折り紙を差し出した。一度も受け取らなかった。謝罪の代わりに物を差し出されても、失った九年間が戻るわけではない。冬真は仕事を抱えたまま神戸へ通っていた。黒い車の後部座席で電話会議をし、私が外へ出ると通話を切って車を降りる。けれど、私が足を止めることはなかった。数日すると、冬真が来られない日にも、悠生だけは運転手に連れられてくるようになった。運転手は少し離れた場所から悠生を見守っていた。私が麦と歩き出すと、黙って後ろをついてくる。その日は、朝から細かな雨が降っていた。麦には黄色いレインコートを着せていた。散歩を終え、東屋のベンチで麦の足を拭こうと、タオルを取り出した。濡れた前足を一本ずつ包むと、麦は安心したように私の膝へ鼻先を押しつけた。少し離れた場所から、その様子を見ていた悠生は、あからさまに顔をしかめた。「その犬には、やさしくするんだ」タオルを畳みながら答えた。「麦は、私を傷つけていないから」「ぼくだって、何もしてない」「……」私が立ち
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