第1話 運命の番に捨てられました「ミレイア・セレス。俺は今日、お前との番契約を結ばない」 その言葉を聞いた瞬間、ミレイアは、聞き間違えたのだと思った。 王都の月神殿、その中央大聖堂には、昼だというのに淡い月光を思わせる銀色の灯りが満ちている。天井から吊られた無数の水晶灯が、今日ここで新たに結ばれる番たちを祝福するように輝き、正装した貴族や神官たちの衣装には、狼族が神聖視する三日月の紋章が刺繍されていた。 本来ならば、十八歳になったミレイアにとって、今日は人生で最も幸福な一日になるはずだった。 幼い頃からずっと一緒だったカイラス・ローデンと、正式な「月誓契約」を結ぶ日。 七年前、二人の手首に同じ銀色の番紋が現れた時、誰もが祝福してくれた。 少なくとも、あの頃は。「……カイラス?」 名前を呼ぶだけで、声が妙に遠く聞こえた。 祭壇の向こうに立つ青年は答えなかった。 いつもならミレイアを見る灰褐色の瞳が、今日は一度もこちらを向かない。 濃紺の礼装に身を包んだカイラスは、磨き上げられた黒い床だけを見つめていた。握り締めた右手だけが、不自然なほど固い。 代わりに、彼の隣から柔らかな女の声がした。「ミレイア様。突然のことで、おつらいお気持ちはよく分かりますわ」 その声音があまりにも穏やかだったため、ミレイアは一瞬、自分が慰められているのかと思った。 ヴィオラ・アルメネス。 王国でも指折りの大公爵家に生まれ、希少な金狼への完全獣化能力を持つ令嬢。艶やかな蜂蜜色の髪には月石の髪飾りが輝き、白銀の式典衣装は、どう見てもただの参列者が着るものではない。 花嫁の色だった。 そこで初めて、ミレイアの胸の内に冷たいものが落ちた。「どうして……ヴィオラ様が、そこにいらっしゃるのですか」 聞きながら、答えを知りたくないと思った。 けれどカイラスは、ようやく顔を上げた。「ヴィオラと婚約するからだ」 大聖堂のどこかで、息を呑む音がした。 ひそやかな囁きが波のように広がっていく。 ミレイアには、その一つ一つが聞こえてしまった。「やはりね。ローデン家の跡取りが、獣化もできない娘と結婚するなんて無理だったのよ」「でも、あの二人は真の番なのでしょう?」「番だから何だというの。番紋だけでは領地は守れないわ」「お気の毒に。棄て番になった女性なんて、もう
Last Updated : 2026-10-10 Read more