第21話 彼女を捨てた番の代償 カイラス・ローデンは、夜明け前に自分の狼へ噛み殺されかけた。 正確には、自分自身の右腕を噛み千切りかけた、と言うべきなのだろう。 寝台の上で目を覚ました時、口の中には鉄臭い血の味が広がっていた。右腕には深い歯形が残り、白い寝衣の袖が肘の近くまで赤く染まっている。 薄暗い寝室には、荒い呼吸だけが響いていた。「……またか」 掠れた声で呟き、カイラスは額を押さえた。 月明かりの残る窓硝子へ映った自分の姿は、ひどいものだった。 瞳は狼化しかけた金色。 爪も半獣化している。 それなのに、身体の変化が噛み合っていない。獣化するなら完全に狼へ変わればいいものを、途中で止まり、人間の意識と狼の衝動が互いを押し返している。 こんなことは、これまで一度もなかった。 カイラスは幼い頃から獣化の制御に優れていた。 侯爵家の跡取りとして、戦場へ出ても恥じない狼になるよう鍛えられてきたのだから当然だ。 それが。 ミレイアを拒絶した日から、少しずつ崩れている。 最初は眠れないだけだった。 次に食欲が落ちた。 その後、突然胸元の番紋が焼けるように痛むようになった。 そして三日前から、睡眠中の半獣化。 医師にはまだ見せていない。 父にも。 ヴィオラにも。 誰にも知られたくなかった。「カイラス様?」 扉の向こうから侍従の声がした。 物音を聞きつけたのだろう。「何でもない」「しかし」「入るな」 思った以上に強い声が出た。
Last Updated : 2026-10-21 Read more