All Chapters of 『運命の番に捨てられた私、狼王国の婚約契約を裁く女王になりました』: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話 無能力者の審理官なんて認めない

第11話 無能力者の審理官なんて認めない 月律審理官の設置が王城内へ正式に告示された翌朝、ミレイアの執務室の扉には、真新しい銀の札が掛けられていた。 ――王立法務院特別職・月律審理官。 黒い木板に銀文字で刻まれたそれを前に、ミレイアは朝から三度も足を止めてしまった。「四度目です」 後ろからニーナに指摘され、ミレイアは振り返った。「三度では?」「最初に廊下の角から眺めていらした分を含めて四度です」「見ていたのですか」「お仕えしておりますので」「そういうことまで見なくていいのよ」「では、次から見ていないふりをします」「それも少し嫌ですね」 ニーナは笑いながら、抱えていた書類箱を机の上へ置いた。 ミレイアも部屋へ入る。 昨日まで物置に近かった小部屋だったらしいが、急いで改装され、机と書棚、来客用の椅子まで揃えられていた。窓からは法務院の中庭が見え、暖炉には朝から火が入っている。 何より、自分の机がある。 その事実が、まだ落ち着かない。 セレス家にいた頃も帳簿整理や文書作成を任されることは多かったが、使っていたのは父の書斎の端に置かれた小机だった。 カイラスのために北境の資料を調べた時も、あくまで「未来の侯爵夫人として役に立つため」だった。 ここでは違う。 ミレイア・セレス自身の仕事として、この机が用意された。「変な気分です」「何がです?」「私の名前が書かれた仕事部屋があることが」 ニーナは不思議そうに首を傾げた。「お嫌ですか?」「まさか」 ミレイアは椅子の背にそっと手を置いた。
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第12話 本物の番でも、幸せとは限らない

第12話 本物の番でも、幸せとは限らない 翌朝、リーナ・ファルクは約束通り、姉の番契約書の写しを抱えて月律審理官室へやって来た。 昨日よりさらに冷え込みが厳しく、窓硝子の縁には白い霜が張りついている。リーナの外套にも細かな雪が残っていたが、本人は寒さを気にする余裕などないらしい。部屋へ入るなり革の書類筒を胸から取り出し、両手でミレイアへ差し出した。「これです。姉が結婚した時、実家に置いていった写しです」「ありがとうございます。お姉様のお名前を、改めて確認してもいいですか?」「セリア・ファルク……今はセリア・ヴァイスです。二十四歳です」「夫の方は?」「ハルト・ヴァイス。三十一歳で、香料と薬草を扱う商会を経営しています」 ミレイアは昨日まとめた聞き取り記録を横へ置き、書類筒から羊皮紙を取り出した。 結婚は約一年前。 正式な番認定を受けた後、月神殿で月誓契約を締結。 家族の反対はなかった。むしろリーナの話では、セリア自身が幸福そうに結婚を望んでいたという。 ここがエマの事件と大きく違う。 最初から強制されていたわけではない。「お姉様は、ハルトさんを愛していたのですね」「はい」 リーナは迷わず答えた。「すごく。姉はもともと慎重な人で、男の人と付き合ったこともほとんどなかったんです。でも義兄さんと出会って、番だと分かった時は……私、あんな姉を初めて見ました」「どんなふうに?」「少し馬鹿になっていました」 予想外の答えに、ミレイアは目を瞬いた。「馬鹿に?」「良い意味でです」 リーナが慌てて言い直す。「いつもは私の無駄遣いを細かく注意する人なの
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第13話 愛しているから、閉じ込めた

第13話 愛しているから、閉じ込めた 「家から、出たいです」 セリアがそう言った後、部屋の中には長い沈黙が落ちた。 扉一枚を隔てた向こうには、彼女の夫がいる。声を張ればすぐに届く距離なのに、セリアはまるで誰にも聞かれてはならない秘密を告白したように、両手を膝の上で固く重ねていた。 ミレイアは急かさなかった。 言えたこと自体が、今は大きい。「どこへ行きたいですか」 しばらくして、そう尋ねた。 セリアは迷った末に、小さく首を振った。「分かりません」「実家へ?」「リーナには会いたいです。でも……父にも心配をかけたし、急に戻っても困らせると思います」「では、王城の保護施設はどうでしょう」「王城?」「契約や家庭内の問題で、一時的に家へ戻れない方のための部屋があります。今すぐ離婚や契約破棄を決める必要はありません。ただ、ハルトさんと離れた状態で体調を確認できます」 セリアの顔に、期待と恐怖が同時に浮かんだ。「でも、私が離れたら……ハルトが」「苦しむ?」「はい」「あなたは?」「私も、たぶん」 ミレイアは付帯契約書へ目を落とした。 健康上の必要を理由に、配偶者へ外出、面会、通信、財産利用の管理権を認める条項。 形式だけ見れば、本人の署名がある。 だが誓約聴取は、そこへ強い違和感を示している。 さらに薬を飲み始めた時期と、症状が悪化した時期が重なっている。「一つだけ、確認してもいいですか」「はい」「ハルトさんと離れることが怖いのは、体調が悪くなるからです
last updateLast Updated : 2026-10-13
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第14話 守るという言葉で、妻の人生を奪わないで

第14話 守るという言葉で、妻の人生を奪わないで 保護区の廊下へ着くと、ハルト・ヴァイスは長椅子の端に座っていた。 昼間に会った時の整った商人姿とは違い、上着の釦を一つ外し、髪も少し乱れている。膝の上では両手を組んだり離したりしており、廊下を行き交う医療官がセリアの部屋へ近づくたびに顔を上げていた。 それでも、扉を開けようとはしていない。 少なくとも、妻が一人になりたいと言ったことだけは守っているらしい。「ハルトさん」 ミレイアが声をかけると、彼は立ち上がった。「セリアは?」「今のところ、大きな発作はありません」「本当に?」「王立医療院の医師が確認しています。薬を急に止めるのは危険なので、成分を見ながら段階的に減らしています」 ハルトの肩から、ほんの僅かに力が抜けた。「そうですか」「お話があると聞きました」「……はい」 廊下で話す内容ではなさそうだったため、近くの面談室へ移る。 小さな部屋だった。丸机と椅子が四脚だけ置かれ、壁には月と狼を描いた古い織物が掛かっている。 ローデリクも同席しようとしたが、ハルトは少し迷った末に言った。「できれば、最初はミレイア様と二人で話せませんか」 ローデリクがミレイアを見る。 本人が望むなら構わない。「扉の外にいていただけますか」「分かりました。ただし何かあればすぐ呼んでください」「はい」 ローデリクが出ると、ハルトは椅子へ座った。 そして、しばらく何も言わなかった。 ミレイアも待つ。 急かして出てくる言葉なら、たぶん聞く意味は薄い。
last updateLast Updated : 2026-10-14
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第15話 運命の番でも、離れる権利はある

第15話 運命の番でも、離れる権利はある 百八十六名。 その数字は、一晩眠った程度では小さくならなかった。 翌朝、月律審理官室へ入ったミレイアを待っていたのは、机の上へ積み上げられた患者記録と、昨夜より明らかに疲れた顔をしたローデリクだった。「おはようございます」「おはようございます」「……眠りました?」「二時間ほど」「それは眠ったうちに入りません」「ミレイア様に言われるとは思いませんでした」 言い返され、ミレイアは口を閉じた。 自分も昨夜、百八十六名という数字が頭から離れず、何度も寝返りを打った。人のことを言えるほど立派な睡眠時間ではない。 暖炉では薪が小さく爆ぜている。窓の外は薄曇りで、昨日まで降っていた雪が中庭に白く残っていた。「それで、どこまで分かりましたか」 外套を脱ぎながら尋ねると、ローデリクは一冊の帳簿を開いた。「まず、月慈薬房で感応増幅剤を処方された百八十六名について。全員が正式な番契約者というわけではありませんでした」「違うのですか?」「正確には百七十一名が正式な番契約者。残り十五名は、婚約または仮番認定中です」「それでも多いですね」「はい。それから、その中で配偶者または婚約者へ強い管理権を認める付帯契約を結んでいたのは、確認できた範囲で六十四名」 ミレイアは椅子へ座るのを忘れた。「六十四……」「まだ記録が揃っていません。増える可能性があります」「同じ文面ですか?」「完全に同一ではありません。ただし構成が非常に似ています」 ローデリクが三枚の契約書を並べる。 外出の
last updateLast Updated : 2026-10-15
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第16話 捨てられた女だから、何だというのですか

第16話 捨てられた女だから、何だというのですか 翌朝、王城へ向かう馬車の窓から見えたのは、雪よりも白い紙だった。 市場の掲示板。 酒場の壁。 橋のたもとの柱。 昨日ミレイアの執務室へ持ち込まれたものと同じ印刷物が、王都のあちこちへ貼られている。 ――月律審理官ミレイア・セレスの正体。 題字だけなら遠目にも読めた。 その下には、もっと大きな文字で新しい一文まで加えられている。 ――己の番にすら選ばれなかった女に、他人の婚姻を裁く資格はない。 ミレイアは思わず窓から目を離した。「閉めましょうか」 向かいに座るニーナが尋ねる。「いえ。このままで」「ですが」「閉めても、書いてあることはなくなりませんから」 口ではそう言ったものの、胸の内側は朝からずっと落ち着かなかった。 何度読んでも慣れない。 捨てられた。 無能力。 家族にも見放された。 文字になれば、まるで自分の人生全体が失敗だったように見える。 しかも嘘だけではない。 そこが一番厄介だった。「市場では、どんな反応でした?」 ミレイアが尋ねると、ニーナは少し迷った。「正直に申し上げますか?」「そのために聞きました」「面白がっている方が多いです」「そうでしょうね」「でも、それだけではありません」 ニーナは少し身を乗り出した。「エマ様の件を知っている人は、『だから何だ』と言っています。セリア様の件についてはまだ詳しく公表されていませんが、月慈薬房の調査が
last updateLast Updated : 2026-10-16
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第17話 私の番の印は、まだ消えていない

第17話 私の番の印は、まだ消えていない カイラスから届いた手紙を、ミレイアはその日のうちには開けなかった。 開けられなかった、と言ったほうが正しいのかもしれない。 月律審理官室の机、その右端。 未処理の申立書とも、処理済みの事件記録とも混ざらない場所へ置き、仕事を終えて部屋を出る時には引き出しへしまった。 翌朝になっても、封は切られていない。「気になります?」 朝の茶を置きながら、ニーナが引き出しへちらりと目をやった。「とても」 ミレイアは素直に答えた。「でしたら読めばよろしいのでは?」「簡単に言いますね」「読まないから気になっているのでしょう?」「読んでも気になると思うの」「それは面倒ですね」「私もそう思います」 ニーナは少し考え、それ以上は聞かなかった。 ありがたかった。 善意からでも「早く忘れたほうがいい」と言われれば腹が立っただろうし、「まだ好きなのですか」と尋ねられても、今のミレイアにはきちんと答えられない。 読まないというのも、自分で選んだ一つの行動だ。 少なくとも今日の仕事が終わるまでは。「本日の予定です」 ニーナが別の紙を差し出した。「午前は法務院で資格制度の協議。午後は新規申立てが二件、それから王都自治会から面会希望が一件です」「増えましたね」「昨日の説明会の影響かと」「良いほうの?」「両方です」 ニーナは苦笑する。「月律審理官へ相談したい方も増えましたし、辞めてほしい方も増えました」「見事に釣り合っていますね」
last updateLast Updated : 2026-10-17
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第18話 狼王の名前が、秘密の帳簿にあった

第18話 狼王の名前が、秘密の帳簿にあった 帳簿の写しに記された名前を、ミレイアはもう一度読み直した。 アルドリック・ノクス。 見間違いではない。 肩書きまで付いている。 ――ノクシア王国国王。 その横には、細かな文字でいくつかの項目が並んでいた。 獣紋適性。 血統分類。 番確認状況。 そして最後に、赤い印で記された文字。 ――分離不適格。「陛下に……番がいるということですか?」 最初に浮かんだ疑問が、そのまま口から出た。 若い法務官は慌てて首を振った。「いえ、そこまでは分かりません。この一覧には既婚者だけでなく、未婚者や番未確認者も含まれています」「では、この『分離不適格番』という名称は?」「エーベル医師の帳簿表紙に、そう記されていました。ただ、分類の正確な意味まではまだ」 ミレイアは紙面を見つめた。 アルドリックに、現在確認されている運命の番はいない。 それは本人からも聞いているし、王国でも周知の事実らしい。 なのに、番に関する秘密帳簿へ名前が載っている。「エーベル医師は?」「北門の詰所で拘束した後、王城へ移送中です。あと半刻ほどで到着します」「この帳簿の原本も?」「はい」「なら、陛下へ先に知らせましょう」 ニーナが少し心配そうな顔をした。「ミレイア様ご自身が?」「私が見つけたわけではないけれど、月律審理官の調査に関係する資料でしょう。黙っているほうがおかしいです」 それに。 自分の名前が
last updateLast Updated : 2026-10-18
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第19話 私の能力に、名前がありました

第19話 私の能力に、名前がありました 《誓約聴取》。 地下聴取室を出てからも、その四文字だけがミレイアの頭から離れなかった。 契約に触れた時だけ聞こえる、あの奇妙な音。 引き裂かれる糸。 水の底で鳴る金属。 泣き声にも似た震え。 今まで、自分でも何と呼べばいいのか分からなかった。 能力なのか。 勘なのか。 それとも本当に、自分の頭がおかしくなっただけなのか。 大聖堂で初めて音を聞いた日から、ずっと曖昧だったものに、百年以上前から名前があった。「……誓約聴取」 王城の廊下を歩きながら、ミレイアはもう一度呟いた。 隣を歩いていたアルドリックがこちらを見る。「気に入らないか」「そうではありません。ただ、変な感じです」「何が」「昨日まで『よく分からない音が聞こえます』と説明していたものが、急に立派な名前になったので」「名前が付いたからといって、急に偉くなるわけではない」「夢がありませんね」「必要か?」「少しくらい」 アルドリックは真顔のまま考えた。「では、今日から立派に聞こえるようになったと思えばいい」「適当ですね」「夢を足した」「雑に」 思わず笑った。 地下で重い話を聞いた直後だからこそ、その程度の会話がありがたかった。 とはいえ、問題が軽くなったわけではない。 旧・月誓監査院は消滅していなかった。 表から姿を消し、月神殿の内部へ残っている。 エーベ
last updateLast Updated : 2026-10-19
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第20話 帰りません。私はここで生きていきます

第20話 帰りません。私はここで生きていきます 翌朝、ミレイアが月律審理官室へ入ると、机の中央に一通の手紙が置かれていた。 昨日、自分で開いたカイラスからの手紙だ。 夜のうちに片づけたつもりだったのに、引き出しへしまうことができなかった。読み返したわけでもない。ただ机の端へ伏せて置き、そのまま王城の客室へ戻ってしまったのだ。「おはようございます」 ニーナが後から入り、暖炉へ薪を足す。「おはよう」「今日は少し早いですね」「眠れなかったから」「手紙ですか?」 ミレイアは少し考えた末、頷いた。「半分は」「残り半分は?」「自分のご先祖かもしれない人が、百年以上前の月誓監査院長だったかもしれないので」「ああ……」 ニーナは困ったように頷く。「それは確かに、よく眠れそうな話ではありませんね」「まだご先祖と決まったわけではないけれど」「でも同じセレス姓で、同じ地方の出身なのでしょう?」「そうなの」「気になりますね」「ものすごく」 ミレイアは椅子へ座ると、昨日文書庫から持ち帰る許可を得た写しを開いた。 レイナルド・セレス。 百二十七年前、月誓監査院最後の院長。 それ以上の情報はまだない。 今のセレス伯爵家へ続く系譜があるのかどうかも不明だ。 それなのに、名前を見るたび、胸の奥が妙にざわつく。 自分が「無能力者」ではなかった可能性。 それどころか、かつて番契約の監査を担っていた一族に繋がっている可能性。 もし本当なら、皮肉にもほどがあ
last updateLast Updated : 2026-10-20
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