夜九時の、名護の海沿いの遊歩道は、人もまばらだった。 ざあっ、ざあっ。 黒い玄武岩の磯を、優しくなめては引いていく。夜の海の波音が、静けさを満たしていた。潮の匂いとともに吹く夜風が、昼の練習で熱を持った大地を、涼しく冷ましてくれた。 宿舎の部屋を出る前、同室の美咲がベッドから跳ね起きた。千紗のジップアップパーカーの襟を払い、念を押した。 「ねえ、千紗。神崎先輩に夜の散歩に誘われたのに、まさか、いつもの三本線のサンダルをつっかけて出るつもりじゃないよね? お願いだから、かわいい白いスニーカーにしなよ。今日の二人、絶対いい雰囲気になるって!」 「美咲、ただの散歩だってば」 「どこが、ただの散歩よ! 西都体育大でいちばん隙のない男が、夜の海を歩こうって言ってるんだよ? 普通の散歩なわけないでしょ。応援してるよ、うちのチャンピオン!」 美咲のからかうような見送りを背に、出てきた千紗は、遊歩道の入り口の木製の街灯の下にいた。地面の貝殻を、つま先で軽く転がしていた。 従兄で代理人の隼人は身柄を拘束され、黒田監督も、もう二人の練習を左右できない。すべての手続きが終わったわけではないが、今夜くらいは、あの二人からの連絡を待ち、携帯電話を握り締めている必要はなかった。 ただ、互いにだけ向き合えるようになった、初めての夜だった。 こつ、こつ。 砂粒の混じる舗道を突く、硬い杖の音が聞こえてきた。 千紗は顔を上げた。 街灯の明かりの中を、蓮が歩いてきた。 練習用のサングラスを外し、ゆったりした濃いグレーのスウェットに、トレーニングパンツをはいていた。乱れた黒髪のあいだからのぞく額と、深い黒褐色の瞳が、街灯の
Last Updated : 2026-10-14 Read more