夕焼けに染まる学生食堂前のベンチに、冷たい沈黙が落ちた。蓮のスプーンは、宙で止まったままだ。手にしたカップの中で、白いバニラアイスが溶けていく。焦点の曖昧だった黒い瞳が、地震に揺さぶられるように激しく震えていた。「先輩……?」自分が何を口にしたのか気づき、千紗は全身の血が冷えるような震えを覚えた。(次は、自分のレースも……)二十八歳の初冬。冷たい部屋のカレンダーに、短い鉛筆で強く書きつけた、一度目の人生の最後の叫び。青春も関節も、蓮の再起のためにすべてすり減らし、心臓が止まる直前になって、ようやくのみ込んだ悔恨の一言だった。どうして、よりによって今、口に出てしまったのか。千紗は唾をのみ、落ち着かない指先を動かした。蓮が強張った顎をゆっくり動かし、千紗のほうを向いた。焦点は合っていない。それでも、そこから伝わる震えは、肌を切り裂きそうなほど鋭かった。「……千紗」擦れた声だった。「今、何て言った?」「え? あ、私ですか?」暴れる心臓を押さえ込むようにして、無理に口角を上げる。動揺を隠そうと、少し高い声を出した。「先輩の練習を手伝うのもいいけど、私の春季選考会の準備も、しっかりしないとなって! 五時半に終わってクールダウンしてるとき、ふと思ったんです。自分のレースの準備も忙しいのにって、変な言い方になっちゃいました」平気なふりで、アイスを大きく一口すくった。冷たい甘さに舌先が痺れる。背中には、冷や汗が流れていた。蓮は、千紗の顔のほうをじっと見ていた。短く乱れる息も、カップの縁に触れるスプーンの細かな震えも、感覚に引っかかった。ただの言い間違いと片づけるには、自分の心臓が、あまりにも速く打っていた。蓮は、ゆっくり手を下ろした。「……そうだな。お前のレースが、先だ」低くつぶやく。けれど、眉間の深い皺は消えなかった。(次は、自分のレースも……。どうしてあの言葉が、あんなに悲しく聞こえた?)手のひらについたアイスを拭う。胸のどこかが、刃物でえぐられたように痛んだ。すっかり溶けたカップを置いた。どこで聞いたのかもわからない言葉が、別れたあとも、いつまでも耳から離れなかった。* * *翌朝六時、西都体育大の補助トラック。霧の晴れない青い薄明の中で、森川がストップウォッチを首にかけて立っていた。千紗が相談し、その日の補助
Last Updated : 2026-10-13 Read more