「もう、うんざりです」 パルマは、桃の箱の前で言った。 朝摘みの桃は、薄い藁の上に一つずつ並べられて、箱を開けただけで、甘い香りが倉の中へ広がる。明日の朝には、ちょうどよく熟れて市場へ出せる。 その箱の前に、アエリア・セルデスが立っていた。 腕にかけた籠には、すでに桃が三つ入っている。どれも大きく、色づきがよく、傷もない。「パルマ」 フェルナンが困ったように眉を寄せた。「桃ひとつふたつのことで、そんな言い方をしなくても」「桃ひとつふたつではありません」 パルマは箱の端に差してあった木札を立て直した。 ――祭り用。 娘のカティはまだ読めないその札を、昨日から何度も指でなぞっていた。祭りの日に、弟のロンと一緒に食べるのだと乳母に話していた桃だ。「それ、カティの桃」 小さな声がした。 振り向くと、四歳のカティは乳母のスカートを握って立っていた。乳母の腕には、二歳のロンベルトが抱かれている。ロンは桃の匂いに気づいたのか、まだ眠そうな顔のまま手を伸ばした。 アエリアの籠が、ほんの少し後ろへ下がる。 ち、と小さな音がした。 ロンの手が止まった。乳母の肩へ顔を押しつける。カティは目を丸くして、それからアエリアを見た。「今、アエリアさん、舌を鳴らした」「カティ」 フェルナンの声が強くなった。「そんなことを言ってはいけないよ。アエリアさんは今、とてもつらいんだ。旦那さんに置いていかれて、食事もあまり喉を通らないそうじゃないか」 アエリアは籠を胸の前で抱えた。「いいのです、フェルナン様。私が悪いのですわ。お嬢様の大事な桃とも知らずに……」 そう言いつつも、決して籠から桃を戻そうとはしない。 パルマは、その手を見ていた。何もできないと訴えるには似合いの、白く細い指だった。 けれど桃を選ぶ時だけは迷っていない。 香りの立ち方、色づき、実の張り。明日の市場で一番よい値がつくものを、アエリアは外さなかった。「戻してください」「え?」「その桃は、領地の子供たちに配る分です。あなたへのお見舞いではありません」 フェルナンが息を吸った。「パルマ、夫に捨てられた人に、桃くらい譲れないのか」 その言葉で、パルマは夫を改めて見る。 五年暮らした男だ。人当たりはよい。領民の話を聞くのも嫌がらない。畑で転んだ老人を家まで送ったこともあるし、
最終更新日 : 2026-10-17 続きを読む