エンペリアへの旅は思っていたよりも長く、そして快適だった。 馬車に揺られること十日。ルーメリア王国の東端にある国境の街を越え、獣人の国へと足を踏み入れた瞬間、私は息を呑んだ。 そこに広がっていたのは、鬱蒼と茂る深い森だった。木々は天を突くように高く、葉の間から差し込む陽光が路面に複雑な模様を描いている。空気が違う。澄んでいて、濃い。草と土と花の香りが混ざり合った、原始的な匂い。人間の国では感じたことのない、生命力に溢れた土地だった。 「すごい……」 思わず声が漏れる。馬車の窓から身を乗り出すようにして、私は外の景色に見入っていた。同行している侍女のマリアが、呆れたように言う。 「お嬢様、お行儀が」 「だって、こんな景色、初めてなのよ。あれなに? あの木、光ってない?」 「光苔ですよ。この国では、夜になるとあちこちで光るんです。まるで星が降りてきたみたいに綺麗なんですって」 マリアはこの旅のために、獣人王国のことを色々と調べてくれたらしい。頼りになる侍女だ。彼女は私より五つ年上で、物心ついた頃からずっと側にいてくれた。婚約破棄のときも、何も言わずに側にいてくれた。私にとっては、姉のような存在だ。 「夜になったら、見られるかしら」 「ええ、きっと。宿に着くまでに暗くなったら、見えるかもしれませんね」 私は胸を弾ませながら、窓の外に視線を戻した。こんなに心が浮き立つのは、久しぶりだった。 エンペリアの王都、ヴァルガリアに着いたのはその日の夕方だった。 獣人の王都は人間の王都とはまったく異なる姿をしていた。白い石造りの建物が整然と並ぶルーメリアの王都に対し、ヴァ
最終更新日 : 2026-10-22 続きを読む