Lahat ng Kabanata ng 椅子に座りますか: Kabanata 51 - Kabanata 60

92 Kabanata

第51話

 堂島はふっと余裕の笑みを浮かべると、相田の華奢な肩を優しく抱き寄せた。「心配いらないよ、相田くん。ジャーナリストとは、真実を追えば必ず敵ができるものだ。周囲から責められることなど日常茶飯事だよ」 堂島は甘く囁いた。「むしろ、それは私が核心を突いているという勲章に過ぎない」 そう言いながら、不安げに自分を見上げる相田の顔をじっと見つめた。 野暮ったくまとめられた黒髪。 顔の半分を覆うような分厚いフレームの眼鏡。 だが、そのレンズの奥で潤んでいる瞳は、怯えた小動物のように庇護欲をそそった。 堂島の目に、獲物を品定めするような暗い熱が宿った。「……少し、その眼鏡を取ってみてくれないか」「え……?」 相田は戸惑ったように瞬きをしたが、堂島へ逆らうことなどできないかのように、指先でゆっくりと眼鏡を外した。 堂島は、思わず息を呑んだ。 分厚いレンズと野暮ったいフレームの下に隠されていたのは、息を呑むほど整った、透き通るような美貌だった。 純粋で無垢な瞳。 形の良い鼻筋。 そして、不安げに僅かに震える桜色の唇。 地味なスーツ姿のせいで今まで気づかなかったが、磨けばどれほど美しくなるか分からない原石が、今、完全に怯えきった様子で自分だけを頼りにしている。(……これはいい。実に素晴らしい) 堂島の胸の奥で、どす黒い独占欲が膨れ上がった。 この美しく無垢な女を完全に自分の手中へ収めたい。 自分なしでは生きられないように従属させ、己の絶対的な権力と正義を飾るための『コレクション』として飼い慣らしたい。 そんな、ひどく傲慢な欲望だった。「……美しいよ、相田くん。君は、そのままで十分に美しい」 堂島はねっとりとした手つきで、眼鏡を外した相田の頬をゆっくりと撫でた。「ははは! 恐れることなど何もない。私は民衆の代弁者だ。さあ、本番の準備を急ぎなさい。今日の放送で、我々は歴史を変える!」 堂島は満足げに相田から手を離し、身だしなみを整えるため鏡へ向かった。(ああ……最高の気分だ。この国で最も力を持っているのは、政治家でも弁護士でもない。世論を操り、この美しい女の人生すら意のままにできる、この私だ!) 堂島は、己の全能感という麻薬へ完全に酔いしれていた。「相田くん、本番前にはスタジオに来てくれたまえよ」 背後から掛けられた甘い声に、相
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第52話

 部屋の中には、すでに呼び出していたリサーチャーの相田が、壁際に所在なげに立っていた。 地味なスーツ姿。 だが、眼鏡を外したその美貌と、怯えたように揺れる瞳が、堂島の独占欲を強烈に掻き立てる。「堂島さん……。お疲れ様でした。あの、本当に素晴らしい放送で……」 相田が上目遣いで控えめに声をかけると、堂島はネクタイを緩めながら、ゆっくりと彼女へ近づいていった。「ああ。君が被害者の声を集め、あの資料をまとめてくれたおかげだよ。君の正義感が、この国を動かしたんだ」 堂島は甘い声を出しながら、相田の肩へ手を回し、逃げ場を奪うように壁際まで追い詰めていく。 相田の身体が、びくりと硬直した。「あ、あの……堂島さん……?」「約束しただろう? この放送が終わったら、私と一緒に勝利を祝うと」 堂島の目が、完全に獲物を囲い込んだ捕食者のそれへ変わっていった。「……いや、君はもう、ただのアシスタントではない。私のものだ」 彼は、己の権力とカリスマへ平伏し、自分なしでは生きられなくなった女を『コレクション』として飼い慣らすことに、この上ない快感を覚える男だった。 この美しく無垢な女の精神を完全に掌握し、自分だけのものとして支配する。 それが、今日という最高の日を締めくくるに相応しい祝祭だった。「怯えることはない。君のすべてを私に預けなさい。これからは私が、君の人生のすべてを導いてやろう……」 堂島がねっとりとした息を吐きながら、相田の顎へ手を掛け、その顔を強引に上向かせようとした――その瞬間だった。 バンッ!!「編集長ォォォッ!!」 鍵をかけていたはずの扉が、合鍵を使ったのか、文字通り蹴破られるような勢いで開け放たれた。 堂島は舌打ちし、相田からさっと手を離すと、激怒の形相で振り返った。「貴様、何の真似だ! 私の部屋にノックもなしに――!」 だが、怒鳴りつけようとした声は、飛び込んできた報道局長の顔を見た瞬間に止まった。 局長の顔は、まるで死神に魅入られたように土気色に染まり、口から泡を吹きそうなほど震えている。 その手には、一台のタブレット端末が握り締められていた。「お、終わりだ……。堂島、俺たちは……とんでもないものを放送してしまった……ッ!」「何を血迷っているんですか! 視聴率は過去最高を叩き出したんですよ! 佐々木の息の根を止めた
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第53話

「嘘だ……。嘘だ、嘘だ、嘘だ!! なぜだ! 筆跡鑑定だって専門家に依頼して……っ!」 そこまで叫んだ瞬間、堂島ははっと息を呑んだ。 あの筆跡鑑定士。 外部への情報漏洩を避けるため、極秘に紹介されたフリーの専門家。 まさか。 あの男まで、最初から仕込まれた手駒だったのか。 堂島の脳裏に、この半年間の記憶が次々とフラッシュバックしていった。 第一のスクープは、某省庁局長による隠し資金の告発。 第二のスクープは、大手ゼネコンによるデータ改ざんの決定的証拠。 第三のスクープは、現職知事による違法接待の裏帳簿。 あの時の歓声。 あの時の拍手。 自分へ向けられた、熱狂的な称賛。 匿名の情報提供者から渡された資料は、これまで一度として外れたことがなかった。 すべて本物だった。 寸分の狂いもなく、真実だった。 だから、信じた。 だから、疑わなかった。 だからこそ――今日も、飛びついた。「……最初から、今日のためだったのか」 堂島はうわ言のように呟くと、膝から力が抜け、その場へ崩れ落ちた。 今日一日だけの罠ではない。 この半年間、堂島が積み重ねてきた輝かしい栄光そのものが、彼を最も高い場所まで登らせ、そこから地獄へ突き落とすために用意された巨大な処刑台だったのだ。 もし、この構図が事実なら。 堂島はジャーナリストとして、最も犯してはならない大罪を犯したことになる。 佐々木側から巨額の損害賠償を請求され、さらに名誉毀損などで刑事告訴までされれば、数億円単位の賠償だけでなく、刑事責任まで問われることになる。 そして、つい先ほどまで目の前にいた坂巻宗秀の言葉が、死刑宣告のように脳内へ蘇った。『裁判になってもいいんですか?』『せいぜい、ご自分の握りしめているその「正義の証拠」に、足元をすくわれないようにお気をつけください』「あ、あああああ……ッ!!」 堂島は絶叫し、タブレットを床へ叩きつけると、両手で自分の髪を激しく掻き毟った。 その顔には、これまでテレビ画面で見せてきた洗練されたキャスターの面影など、微塵も残っていなかった。 すべてを失った人間の、無様な表情だった。「お、おい! 誰がこの資料を持ってきたんだ! リサーチしたのは誰だ! 責任者は誰だァァッ!」 堂島は狂ったように喚き散らしながら、部屋の隅にいるはずの相田へ振
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第54話

「これで、堂島と帝都テレビを完全に追い詰める準備が整ったというわけか」「ええ。直ちに帝都テレビと堂島個人に対し、数億円規模の損害賠償請求訴訟を起こします。併せて、偽計業務妨害や名誉毀損についても責任を追及します」 坂巻の声は氷のように冷たい。「あそこは現在、スポンサー企業の撤退ドミノが始まり、株価も大暴落しています。法廷へ引きずり出せば、堂島は確実に社会的死を迎えるでしょう。……我々権力者に盾突けばどうなるか、世間へ知らしめる良い見せしめになります」 その冷酷な説明を聞き、佐々木が再び下卑た笑い声を漏らした。「いい気味だ!」  私はスイートルームの扉の前に直立不動で立ち、久我たちの護衛任務に就きながら、その異様な光景を静かに観察していた。 マスコミという強大な力を持つ『第四の権力』が、自らの傲慢さによって罠へ落ち、たった数時間で崩壊していく。 そして、その機に乗じてメディアを法的に叩き潰し、さらに強固な権力を確立しようとする久我晃一郎。(これが、政治という化け物たちの殺し合いか……) 私は内心で息を吐いた。 しかし、刑事としての思考はそこで止まらなかった。 胸の奥で、鋭い直感が一つの強烈な違和感を訴え続けていた。 確かに、坂巻の立ち回りは完璧だった。 堂島を法的に逃げられない状況へ追い込んだ手腕は見事だ。 だが――そもそも、堂島を罠へ嵌めたあの精巧な偽造資料を週刊誌やマスコミ各社へ一斉に送りつけ、さらに放送終了と同時に『ネタばらしの動画』をネットへ公開したのは、一体誰なのだ。 久我派閥の人間がやったわけではない。 もし久我側が仕組んでいたのなら、佐々木があれほど本気で青ざめ、慌てふためいていた理由が説明できない。 坂巻もまた、『流出した偽資料を利用して反撃した』だけであり、資料そのものを作ったわけではない。 その時、ある記憶が稲妻のように脳裏へ閃いた。 数日前。 佐々木副大臣の椅子へ爆弾が仕掛けられたとされた、あの偽の爆破騒ぎ。 あの事件の最中、ハッキングされたスピーカーから語りかけてきた連続爆破犯の声が、鮮明に蘇った。『今日のところはただの大衆を盛り上げるための前座、最高のドッキリだよ。……座面に爆弾なんて、最初から仕掛けちゃいない。完全な嘘(ブラフ)さ!』『第三の大罪のテーマは「虚偽」。……今日のこれはただの前
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第55話

「だろうな。スポンサー企業の撤退ドミノが始まれば、放送局の屋台骨そのものが揺らぐ。堂島一人へすべての泥を被せ、局の存続を図るしかあるまい」 久我は淡々と続けた。「……坂巻先生には、予定通り堂島個人への数億円規模の損害賠償訴訟と、刑事告訴の手続きを進めさせろ。見せしめだ。我々に向かって吠えた犬がどうなるのか、この国のすべてのメディアへ骨の髄まで叩き込んでやる必要がある」 久我はグラスを置き、ふう、と短く息を吐いた。「それにしても……堂島を嵌めた正体不明のネズミ。数日前の佐々木の爆弾騒ぎを利用してマスコミの飢餓感を極限まで煽り、あの傲慢な男が裏取りすら忘れて飛びつくよう、完璧なタイミングで精巧な偽造資料を撒くとはな」 久我の目が細くなる。「……ただの怨恨や愉快犯のスケールではない。極めて組織的で、悪意に満ちた知能犯だ」 その目が、ルームミラー越しに私を捉えた。「真下くん。君はどう見る? この一連の騒動を設計した見えない敵は、何を目的としていると思うかね」 試すような視線だった。 私は感情を表に出さず、刑事としての客観的な推測だけを口にした。「目的が単なる佐々木副大臣の失脚であれば、あのような回りくどい罠を仕掛ける必要はありませんでした。確実な証拠をネットへ流すだけで、十分だったはずです」 そこで一度言葉を切り、さらに踏み込んだ。「今回の真の標的は、佐々木副大臣ではなく、堂島慎太郎だったのではないでしょうか」「ほう?」「数日前の爆弾騒ぎは、マスコミの目を佐々木副大臣へ血眼になって向けさせるための『撒き餌』に過ぎなかった。犯人は意図的に堂島というメディアの象徴を盤上へ引きずり出し、彼自身の正義感と傲慢さを利用して、自ら偽の証拠を全国へ流すよう仕向けたのだと思います」 久我は黙って聞いている。「権力を批判し、大衆を扇動するキャスターを、その巨大な影響力ごと社会的に抹殺する。それこそが、今回の罠の真の目的だったと推測します」 私の言葉に、久我は小さく喉を鳴らして笑った。「なるほど。政治家を直接討つのではなく、まずは我々の周囲で騒ぎ立てるメディアの象徴を、自らの思い込みで自滅させたというわけか」 その口元に冷たい笑みが浮かぶ。「……悪趣味だが、極めて合理的だ。だが、どれほど精巧な罠を仕掛けようとも、土台となる権力の核が揺るがなければ何も
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第56話

「……極めて異質で、狡猾な知能犯です」 私は即座に答えた。「犯人は、必ずしも直接的な暴力だけを使っているわけではありません。軍用爆薬のような凶悪な手段も持っていますが、奴の最大の武器は、標的自身が抱えている『内なる弱点』です。数日前の佐々木副大臣の邸宅で起きた一件が、その典型でした」 私は、あの日の佐々木の惨めな姿を思い出しながら続けた。「実際には、あの椅子へ爆弾など仕掛けられていなかった。しかし犯人は、『死の恐怖』と『大衆の狂気』という完璧なブラフを用意し、佐々木副大臣に大勢の観衆の前で無様に命乞いをさせ、過去の罪まで自白させた」 久我の表情は変わらない。「物理的な傷は一つも負わせていないのに、政治家としての威厳と信用を地へ堕としたんです」「……あいつは己の命惜しさに、私の派閥の顔へ泥を塗った。臆病な奴だ」 久我は吐き捨てるように言い、葉巻の灰を灰皿へ落とした。「そして今日の堂島慎太郎の騒動も、同じ構造です」 私は続けた。「堂島キャスターの場合、犯人が利用したのは『正義感と傲慢さ』です。数日前の爆弾騒ぎでマスコミの飢餓感を極限まで煽り、堂島が絶対に疑わないだけの『偽の信用』を、完璧なタイミングで提示した。堂島は週刊誌の記事にも乗り、自分が神にでもなったように錯覚し、裏取りという基本すら忘れた。そして最後には、自分自身の手で社会的抹殺の引き金を引いたのです」 久我は、ふっと短く息を吐いた。「佐々木には『恐怖』を与え、堂島には『優越感』を与えた。そして、それぞれ自滅させたというわけか」 葉巻の紫煙が、久我の顔を薄く覆う。「……相手の心理構造を完全に掌握していなければ、到底描けないシナリオだな。奴らはただ直接殺しに来るのではない。相手を疑心暗鬼に陥らせ、自ら破滅の道を選ばせる」 久我の目が鋭くなる。「まるで、チェス盤の駒を外側から一つずつ、丁寧に盤外へ弾き出しているようにな」 私は、その言葉にはっと息を呑んだ。 チェス盤の駒。「……幹事長。では、犯人の真の狙いは……」「佐々木でも堂島でもない」 久我の声が、一段と低くなった。「あんなものは、ただの『撒き餌』であり、盤上の歩兵(ポーン)や騎士(ナイト)に過ぎん」 絶対的な冷気を帯びた声が、薄暗い書斎へ沈んでいく。「佐々木が醜態を晒し、堂島が失脚したことで、一番損害を被った
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第57話

 思わず、驚愕の声が漏れた。 久我が怪訝そうに眉をひそめる。「どうした、真下」「……特捜本部からです。警視庁のサイバー課が、犯人の特設サイトのサーバーを海外で特定し、ドメインの差し押さえに成功したとのことです。現在、犯人のサイトは完全にダウンしているそうです」 私は事実だけを伝えた。「郷田管理官が間もなく、『警察がサイバーテロリストに勝利した』という内容で、マスコミ向けに緊急会見を開くそうです」 久我は一瞬、きょとんとした表情を見せた。 次の瞬間。「ククッ……ハハハハハッ!」 腹の底から湧き上がるような、低い笑い声を響かせた。「傑作だ! あの無能な警察が、サイバーテロリストに勝利しただと?」 久我は葉巻を咥えたまま、歓喜よりも遥かに強い嘲笑を肩に滲ませていた。「あの郷田という小男は、本当に滑稽なピエロだな。自分が英雄になれるチャンスだと飛びつき、日本中へ向けて勝利宣言までやるつもりか」「……幹事長?」「真下くん。君はどう思う?」 久我は笑みを消さぬまま、私を見た。「あれだけすべてを先読みし、完璧な盤面を作り上げてきた怪物が、警察のサイバー課ごときへ、やすやすとメインサーバーの尻尾を掴ませるような杜撰なヘマをすると思うかね?」 その言葉を聞いた瞬間、全身から一気に血の気が引いた。(……そうだ。あり得ない) 脳裏に、深夜、地下のハッカー部屋で『カラス』が忌々しそうに語っていた言葉が、強烈な警鐘となって蘇った。『あのサイトの構造自体が、物理的に止められないように出来ているんだ。……ブロックチェーンのP2P技術を応用した、完全な分散型ネットワークだ。サイトにアクセスしている数十万人の大衆のスマホそのものが、サイトを維持する極小のサーバーになっている』 カラスは明確に言っていた。 どこか一つの巨大な海外サーバーを落とせば解決するような、そんな単純な構造ではない。 それなのに。 サイバー犯罪対策課は、『海外のメインサーバーを特定し、差し押さえた』と言っている。 そんな馬鹿な話があるはずがない。 だとすれば。 今、警察が差し押さえたあのサーバーは、一体何なのか。 答えは一つしかなかった。 犯人が、警察のサイバー課を誘い込むために意図的に用意した『ダミーの標的』。 ハニーポットだ。「……幹事長」 私は端末を強く握り締
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第58話

 数時間後。「……会見が始まるぞ」 久我が書斎の大型モニターの電源を入れた。 私は画面に映し出される光景を凝視しながら、全身の筋肉が強張っていくのを感じていた。 モニターの中では、警視庁のプレスルームに無数の報道陣が集まり、激しいフラッシュの嵐が焚かれている。 その中央のマイクスタンドの前に、郷田管理官が立っていた。 本来であれば、これほど重大な勝利宣言は高山捜査本部長が自ら行うべきものだ。  だが、高山は狡猾だった。目に見えないサイバー空間の戦果に対し、万が一それが覆った際の責任を負うことを恐れ、「現場の指揮を執った者に花を持たせる」というもっともらしい口実で、郷田を会見の矢面に立たせたのだ。  高山本部長の狡猾な保身によって「トカゲの尻尾」として立たされていることにも気づかず、郷田はこれまでの失態をすべて帳消しにし、一躍英雄になれると信じ切った傲慢な表情を浮かべている。『――国民の皆様へご報告いたします。先ほど、犯人が構築していた大衆扇動型のテロシステム、通称“大罪の椅子”のメインサーバーを、我々警視庁サイバー犯罪対策課が完全に破壊・制圧いたしました!』 郷田の声はますます大きくなっていく。『奴のテロは、ネット上の大衆を巻き込むことで成立する劇場型の犯罪でした。その根幹であるシステムを破壊された今、犯人の目的は完全に頓挫したと言って過言ではありません! 奴はテロリストとしての最大の武器を我々にへし折られ、もはや孤立無援の敗北者です!』 画面越しに映る郷田の勝ち誇った顔は、滑稽を通り越して吐き気すら催すものだった。『……国民の皆様、どうかご安心ください。我々はすでに、残されたサーバーの痕跡から犯人に繋がる決定的な手がかりを掴みつつあります。逮捕も時間の問題です。正義は我々警察の手にあります。姿なき卑劣なテロリストは、我々の威信にかけて、必ずや法のもとに引きずり出してみせます!』(ただサイトを落としただけだ。奴が物理的な爆破能力を失ったわけではない。それに、手がかりを掴みつつあるなど、完全なハッタリだ……) カラスが言っていた言葉を思い返していた。 完全な分散型ネットワーク。 単一のサーバーを落としたところで、意味はない。 背中を、冷たい汗が伝っていく。(……これは、犯人が警察を誘い込んだハニーポットだ) 確信があった。(
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第59話

 息が詰まるような異様な『沈黙の二ヶ月』が過ぎ去った。 郷田管理官が全国ネットで高らかに「勝利宣言」を行ったあの日から、テロリストは完全に息を潜めていた。 新たな特設サイトが立ち上がることもなければ、悪趣味な爆弾事件の続報もない。 だが、その平穏な水面下で、警視庁特捜本部は致命的な機能不全と泥沼の焦燥に陥っていた。  警察は二ヶ月もの間、犯人の手がかりを何一つ掴めていなかったのだ。 サイバー犯罪対策課が制圧したと豪語していた「メインサーバー」は、犯人が警察を誘い込むために用意した精巧なダミー(ハニーポット)に過ぎなかった。 そこから辿れたIPアドレスは世界中のプロキシを無数に経由し、最終的には東欧の廃墟と化したサーバーファームで完全に途切れていた。 物理的な足取りも、爆発物の入手ルートも、防犯カメラの映像も、すべてが緻密に計算された行き止まりだった。 警察組織が誇る最新鋭の捜査網を以てしても、犯人の影すら踏むことができない。しかし、一度世間へ向けて「犯人のシステムを破壊した。 逮捕は時間の問題だ」と大見得を切ってしまった以上、高山本部長や郷田管理官は自らの保身と面子のために、その嘘を突き通すしかなかった。「捜査は最終段階に入っている」「すでに包囲網は狭まっている」――定例会見でそんな空虚な虚勢を繰り返すたび、特捜本部の空気は澱んでいった。「このまま犯人が自然消滅してくれればいい」。 幹部たちの顔には、そんな腐りきった願望すら浮かび始めていた。 一方、大衆の記憶というものは、恐ろしいほど薄情で、そして都合よくできている。 わずか二ヶ月前まで、自分たちが狂ったように他人の死を決めるアンケートへ投票し、『罪人』が血祭りに上げられることを熱狂的に望んでいた事実など、まるで最初から存在しなかったかのように忘却の彼方へ押しやられていた。 警察が「安全だ」と保証したことで、街は完全に以前の日常を取り戻していった。 満員電車では再び苛立った舌打ちが飛び交い、目の前の弱者を無視してスマートフォンへ没頭する人間たちの姿が、東京の至るところで当たり前のように復活していた。 人々は再び、それぞれが自分だけの『特等席』へ座り、何事もなかったようにふんぞり返り始めたのだ。 もっとも、大衆の胸の底に溜まっていたドロドロとした鬱憤やルサンチマンが、完全に消え
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第60話

 だが、現実として何一つ爆弾事件は起きていない。 明日は裁判の最初の日。しかも場所は、金属探知機とX線検査が完備された東京地方裁判所の法廷だ。 日本で最も安全な密室の一つと言っていい。テロリストが物理的な攻撃を仕掛ける隙など、どこにも存在しない。 私は、久我幹事長の身辺警護という本来の任務に集中しようと、自分自身へ言い聞かせた。*  *  * 翌日、午後一時。 東京都千代田区霞が関、東京地方裁判所。 裁判所正面玄関前には何重もの規制線が張られ、その外側には、傍聴券の抽選を求める数百人の一般人が長蛇の列を作っている。  さらに、その周囲を各局のテレビカメラと報道陣が、獲物へ群がるハイエナのように取り囲んでいた。『――現在、東京地裁前です! 日本中を震撼させたフェイクニュース事件。堂島慎太郎元キャスターの裁判、いよいよ本日、第1回口頭弁論が開かれます! 世間を欺いた代償はどれほどのものになるのか、注目が集まっています!』 リポーターの甲高い声が飛び交う中、私はマイバッハから降りると、久我幹事長の周囲へ油断なく視線を走らせた。 この数百人の群衆の中に、久我を狙う暴漢が潜んでいる可能性は否定できない。だが、人々は皆マスクをつけ、スマートフォンへ視線を落としており、あからさまな殺気を放つ者は見当たらない。  私たちは久我幹事長の特権を使い、一般の抽選列を横目に、関係者用の入口から裁判所内部へ入った。 入口には空港並みの厳重な金属探知機ゲートと、手荷物用のX線検査装置が設置されていた。 久我であろうと例外ではない。 私たちも厳しいチェックを受け、ゲートを通過した。(……これだけ厳重なセキュリティだ。法廷内へ刃物や爆弾を持ち込むことなど、物理的に不可能だ) 警戒すべきなのは、法廷内で起きる突発的なパニックや、傍聴席から誰かが飛び出してくるような直接的襲撃だけだろう。 私はそうリスクを限定し、久我の斜め後ろを歩きながら、広大で無機質な廊下を進んだ。 向かう先は、重大事件で使用されることの多い、地裁でも最大級の『第103号法廷』。 重厚な木製扉を開けて中へ入ると、すでに傍聴席の半分以上がマスコミ関係者で埋め尽くされ、異様な熱気とざわめきが渦巻いていた。 法廷正面の一段高い場所には、三人の裁判官が座る法壇。 その手前のフロアを挟むようにして、向かっ
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