忘れた恋、届かぬ手のひらの君生まれつき、驚異的な自己治癒能力を持っていること。それが私、望月知尋(もちづき ちひろ)という人間のすべてだ。
沢田修平(さわだ しゅうへい)にとって、私は彼の「想い人」のために用意された、ただの生きた薬箱に過ぎない。
彼女を生かすため、修平は私の心臓から99回も血を抜き取った。
最初は彼の巧みな手口に騙され、最後には自ら差し出すようになった。
そこに至るまで、たったの5年。
修平が角膜をよこせと言えば、私は差し出した。
富永麻里奈(とみなが まりな)と腎臓を交換しろと言えば、大人しく従った。
そして、修平が100回目の心臓の血を求めてきた時、私はただ静かに微笑んだ。
彼は知らない。私の心臓が100回傷ついた時、この世界から完全に消滅してしまうことを。
あの日、私は迷うことなく心臓にナイフを突き立て、彼に告げた。
「修平、もう二度と会うことはないわ」
いつも冷徹な修平が、その時ばかりは狂ったように手術室の前に跪き、泣き叫んでいた。
「何もいらない!お前さえ戻ってきてくれれば、他には何もいらないんだ!」