私の偽装死で、夫が一夜で白髪になった私は橘彩音(たちばな あやね)。幼なじみの一条朔也(いちじょう さくや)に、告白を百一回も重ねたけれど、返事はいつだって同じ。全部、断られた。
朔也は結局、想い人の白石梓(しらいし あずさ)と結婚した。
心が折れた私は、一条隼人(いちじょう はやと)と結婚することを決めた。朔也の弟で、ずっと私のことを追いかけてきた人だった。
そんな隼人は、私のことを骨の髄まで愛している。大胆で、熱くて、惜しげもない愛し方に、周りは口を揃えてこう言った。
「そんなに愛されるなんて、前世で徳でも積んだんじゃない?」って。
あの日までは、私もそう思っていた。
混乱の中、梓と私は海へ落ちてしまった。泳げないはずの隼人が迷いもなく飛び込み、必死に梓を水面へと押し上げようとした。
波に叩き返されるたび、息を分け合うように唇を重ねた二人。
私は絶望の中でもがいた。一度でいいからこちらを見てほしいと願った。
それなのに彼は、梓だけを岸へ引き上げることに必死で、私が海に呑まれていくのをただ見捨てた。
意識が遠のいたとたん、世界がすっと暗くなる。
どれほど時間が経ったのか分からない。ようやく声が聞こえたのは隼人の怒鳴り声。
「お前らの幸せを邪魔されないために、俺が身を切って彩音を繋ぎ止めたんだろ!頼むから今回だけ、梓に会わせてくれ!」
一条兄弟が、梓の「付き添い」を奪い合っていたらしい。
——ああ、そういうことだったんだ。
最初から、誰も私のことを愛してなんかいなかった。
いっそこのまま、死んだことにして消えよう。この世界から。
「偽装死サービス」
ふと、そんな言葉が頭をよぎった。どこかのサイトで、胡散臭い広告に表示されていた名前。目を覚ました私は迷う暇もなく予約した。死んだことにして、全部から抜け出すために。
その後、私の「死」の知らせを聞いたあと、いつも冷静沈着な彼は、慰めようとする梓を振り払った。倒れて血を吐き、たった一夜で白髪になった。