底辺助手、上場企業の頂点に立つ控え室にあるモニター越しに、私、浅井和花(あさい わか)は夫の授賞式を最後まで見届けた。
眩いスポットライトが彼を照らし出し、司会者の華やかな声が響く。「今、この瞬間、最も感謝を伝えたい方はどなたですか?」
彼は指先で金縁の眼鏡をそっと押し上げ、カメラに向かって、非の打ちどころのない温和な微笑みを浮かべた。
「俺が最も感謝すべきなのは、元妻の森下遥香(もりした はるか)です。
彼女があの時、俺の元を去ってくれたからこそ、今の自分へと生まれ変わることができたのです」
その言葉に私の手首が震え、彼のために持っていたトロフィーが指先から滑り落ちそうになった。
五年だ。
私は彼の法律事務所で二十四時間待機する助手の「浅井さん」であり、親族の集まりでは台所仕事に追われる「手伝いに来た遠縁の親戚」であり、彼の息子の作文の中では「週末にやってくるお手伝いさん」だった。
これまでの私の献身は、とうの昔に冷たくなった愛情という名の骸を弔う、孤独な通夜に過ぎなかったのだ。
そして今、彼が公衆の前で放った「元妻」という言葉が、この婚姻の最も残酷な真実を、容赦なく全員の前にさらけ出した。