散る花の雪、深き春に零崎淳司(れいざき じゅんじ)に嫁いで三年目、根井静(ねい しずく)は相変わらず湊浜市で一番羨ましがられる女性であった。
「零崎先生は奥さんにめっちゃ優しいよね!この前奥さんがちょっと咳しただけで、すぐに全身検査させたんだよ」
「全国で一番権威のある医者と結婚するなんて、私の来世もこんな人生でお願い!」
静は軽く口元を上げ、看護師たちのそんな会話にはとっくに慣れていた。
ドアを押そうとしたその時、部屋から聞こえてきた喧騒声に指先が止まった。
「零崎先生、やはり奥様のお腹の中の赤ちゃんは中絶するのですか?これでもう三度目ですよ!」
「言っただろう、静が妊娠したら中絶させろ、何度であろうと関係ないと」
男の冷たい声が耳の奥まで刺さり、静の顔は一瞬で青ざめた。
「なぜですか?奥様はずっと先生のお子さんを授かりたがっていましたのに」
淳司の声は氷のように冷たかった。「三年前のあの手術で、俺は静の一つの腎臓を、夕美に移植したからだ」