散る花の雪、深き春に

零崎淳司（れいざき じゅんじ）に嫁いで三年目、根井静（ねい しずく）は相変わらず湊浜市で一番羨ましがられる女性であった。

「零崎先生は奥さんにめっちゃ優しいよね！この前奥さんがちょっと咳しただけで、すぐに全身検査させたんだよ」

「全国で一番権威のある医者と結婚するなんて、私の来世もこんな人生でお願い！」

静は軽く口元を上げ、看護師たちのそんな会話にはとっくに慣れていた。

いつものように淳司を訪ねて妊婦検診を受けようとした時、部屋から聞こえてきた争う声に指先が止まった。

「零崎先生、やはり奥様のお腹の中の赤ちゃんは中絶するのですか？これでもう三度目ですよ！」

「言っただろう、静が妊娠したら中絶させろ、何度であろうと関係ないと」

男の冷たい声が耳の奥まで刺さり、静の顔は一瞬で青ざめた、自分の耳を疑った。

「なぜですか？奥様はずっと先生のお子さんを授かりたがっていましたのに」助手の千葉澄人（ちば すみと）がやや興奮した口調で問うた。

淳司は長い沈黙の後、氷のように冷たい声で答えた。

「三年前のあの手術で、俺は静の一つの腎臓を、夕美に移植したからだ。

だから彼女は一生子どもを産めない。産めば母子ともに亡くなるんだ」

静の頭の中が「ドカン」と音を立て、耳には鋭い耳鳴りだけが残った。

よろめきながら後退した静は、誤って入口の花瓶にぶつかり、「パリン」という高い音を立てた。

淳司の鋭い視線が飛んできた。「誰だ？」

澄人が確認しに来たが、人影はなかった。「先生、誰もいません。野良猫だったのでしょう」

静は自分がどうやって零崎病院を出たのかもわからず、よろめきながら歩く道中、天地が回転し、胃が繰り返し痙攣した。

「淳司……あなたが本当に須藤夕美を愛していたなんて……」

彼女は無力に地面へと膝をついて、初めて淳司に会った光景を思い出していた。

四年前、両親が交通事故で亡くなり、彼女は湊浜市の誰もが羨むお嬢様から孤児となり、妹の根井杏（ねい あん）と二人きりで生き延びた。

彼女は昼夜問わず酒に溺れ、数日おきに病院に運ばれる日々を送った。

三度目に運ばれた時、その冷たい主治医がマスクを外して彼女を見つめ、眉をひそめて言った。

「根井、気分を紛らわせる方法はたくさんある。自分の体をそんなに酷使する必要はない」

彼女が初めて淳司の驚くほど整った顔を見た瞬間だった。

彼は彼女をバンジージャンプにスキー、レーシング、ロッククライミングに連れ回した。

彼女がこれまで思いもよらなかったあらゆる過激なスポーツを味わわせたのだ。

ついに、一度また一度と叫び、解放感に満ちるうちに、彼女は自分の枯れかかっていた心が再び蘇っていくのを感じた。

彼女は淳司に恋をした。その思いは狂おしいほど深く、もはや後へは引けなかった。

彼女は彼を追い始めた。熱情的に、そして大胆に。

子どもの頃から異性にモテて、湊浜市の男たちの夢の中の恋人と謳われた静でさえ、淳司の前ではことごとく失敗を重ねた。

赤いドレスを着てマイバッハにもたれかかり、風情たっぷりに髪をなびかせても、彼は一目もくれずに横を通り過ぎた。

胃が痛いふりをして彼の家の前で待ち伏せしても、彼は運転手を呼んで彼女を病院に送らせただけだった。

苦心して作った料理を病院に届けても、彼は彼女の手の火傷を淡々と一目見て、「引き出しに軟膏がある。忙しいから、もう来るな」と言うだけだった。

静は完全に力を失ったが、あるパーティーで薬を盛られた淳司に出会った。

禁欲的で冷たい男は今、顔を紅潮させ、秩序なく彼女にキスをした。

あの夜、彼女は防備を解き、進んで彼の解毒剤となった。

静はかつて、淳司が自分を愛しているのだと思っていた。

しかし翌日、須藤夕美（すどう ゆみ）が慌てて部屋に駆け込み、その乱れた様子を目にした。

彼女は目を赤くして走り去ったが、数人の男に誘拐され、暴行を受けて、腎臓の病気にも感染してしまった。

事件後、淳司は真っ赤な目で、一日一夜煙草を吸い、酒を何本も空けた。

静は慌てた。彼の瞳の奥の感情を読み取れず、夕美がなぜそこまで激しく反応したのかもわからなかった。

結局、淳司は何も言わず、静を役所に連れて行き結婚届を提出した。

結婚式で、彼女はウェディングドレスを着て愛する人に向かって走ったが、誤って緩んだシャンデリアに当たり、病院に運ばれた。

手術前、淳司は沈んだ声で約束した。「静、俺を信じて、きっと無事だから」

あの手術は、彼自身が執刀したもので、とても成功だった。

あれ以来、彼は彼女に対し、以前よりも優しく、気配り行き届き、何でも自ら手を貸すようになった。

だが彼女の体調は以前より遥かに悪化し、風邪、咳、蕁麻疹が次々と襲った。

かつて湊浜市で最も誇り高く華やかな赤いバラは、長年病床に縛られ、授かった子どもも次々と流産した。

「ごめんね、淳司、本当にごめんね」彼女は淳司の胸で繰り返し悔やみ、彼も赤い目で繰り返し彼女を慰めた。

彼女はずっと、自分の体の衰弱はあの事故の後遺症だと思い込んでいた。

しかしまさか、彼女の夫が自ら彼女の腎臓を一つ摘出し、夕美に移植したこととは。

彼のあの真っ赤な目の中に、悔恨はいくらあり、愛はいくらあったのだろう？

静はもう知りたくなかった。

彼女が知っているのはただ一つ――

もし淳司の心の中で最も大切な人が自分ではないのなら、この男は、彼女は絶対に要らない！

彼女は弁護士に連絡し、離婚協議書を作成した。

静の視線は最後の一行「感情の破綻が確認されたため、婚姻関係を解除する」に一瞬止まった。

そして、一画一画、自身の名前を署名した。一文字一文字が、紙背に徹するかのように力強かった。

「零崎淳司」彼女は静かに言った。「この一通が、永遠の別れよ」