その後、残されたのは沈黙だけ婚姻届を提出したその日――
久遠澪奈(くおん れいな)が婚姻届を黒瀬颯真(くろせ そうま)に差し出した瞬間、彼のスマートフォンが鳴り響いた。
通話を終えたときには、颯真の笑みは跡形もなく消えていた。
電話を切った彼は、申し訳なさそうに澪奈の手を握りしめる。
「澪奈……待っていてくれ。今度こそ、俺たちの両親を殺した奴らを見つけ出し、必ず血の報いを受けさせてやる」
澪奈は、こんな言葉のあとに待ち受けている運命を、想像すらしていなかった。
三か月後、彼女のもとを訪ねてきたのは颯真の上司だった。
差し出されたのは、弔慰金と「殉職」の通知書。
「久遠さん……颯真は任務中に襲撃を受け、殉職しました。遺体は……確認されていませんでした」
その日を境に、澪奈の世界は音を立てて崩れ落ちた。
重度の鬱に蝕まれ、幾度も死を望むようになった彼女は、ある朝、再び手首を切って意識を失いかける。
――そのとき、テレビの画面にふいに映ったのは、見間違えるはずのない姿。
市民祭りの「百組カップルイベント」を報じるニュースの中、群衆を映すカメラの先に――颯真がいた。
彼は、隣に立つ女の髪を優しく撫でつけていた。