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象徴的なアイテムの扱いが違う。小説では重要な鍵として登場する青い封筒が、映画では赤いハンカチに変更されている。この色の変換は監督のこだわりらしく、激情と秘密を同時に表現したい意向があったようだ。小説の読者なら気付くが、このハンカチは実は主人公の母親の遺品という設定も追加され、物語の後半で思わぬ役割を果たす。
キャラクターの造形に注目すると、小説の脇役たちは映画ではかなり整理されている。原作に登場する主人公の同僚三人組が、映画では一人に統合されたのは意外だった。この変更によって人間関係のドramaがコンパクトになり、スクリーン時間の制約内で情感を濃縮できた。特にカフェのシーンで統合されたキャラクターが放つ台詞は、原作の三人分の要素を巧みに織り込んでいる。小説を読んだ後だと、この省略が却ってストーリーの核心を際立たせていると気付く。
原作小説『勿論』と映画版の最大の違いは、時間の流れ方にある。小説では主人公の内面描写が細やかで、過去と現在が入り混じる複雑な構成が特徴だ。特に幼少期のエピソードが断片的に挿入されることで、現在の行動の背景が浮かび上がってくる。
映画はその時間の跳躍を視覚的メタファーで表現している。色調の変化や小道具の繰り返し登場で、小説ほどの説明文がなくても時間の推移を感じさせる。ラストシーンで突然現れる懐中時計の意図的なクローズアップは、小説では触れられなかったオリジナルの演出だ。この時計が物語全体を貫くテーマを象徴していることに気づいた時、二度見したくなる深みがある。
音楽の存在が物語に与える影響は計り知れない。小説では主人公の心の揺れを文章で表現していた場面が、映画ではピアノの連打とチェロのうねりで可視化される。あの有名な階段シーンでは、原作にはないオリジナル楽曲が緊張感を倍増させている。
逆に言えば、小説ならではの良さは静寂の中にある。文字だけの世界でページをめくる音と共に広がる想像力の余地は、映像化では失われがちな部分だ。特に主人公が夜空を見上げるシーンは、小説では三ページに渡るモノローグがあるが、映画ではただの黙祷に感じられるかもしれない。
語り手の視点が根本から異なる。原作が一人称で進むのに対し、映画は客観的な三人称カメラワークを採用している。小説でしか分からない主人公の思考の歪みが、映画では行動や表情から推測しなければならない。特にクライマックス近くのあの決断シーンでは、原作の独白がない分、俳優の微妙なまぶたの震えが全てを物語っていた。