3 Answers2026-01-14 21:40:10
取引先の社長から直接お褒めの言葉をいただいたとき、『畏れ多いお言葉、身に余る光栄です』と返すことがあります。特に伝統を重んじる業界や格式のある企業では、こうした丁寧な表現が相手への敬意を示すのに効果的です。
例えば、長年憧れていた出版社の編集長から原稿執筆の依頼を受けた際、『畏れ多いお話ですが、ぜひ挑戦させていただきます』と返答しました。この表現には、相手の地位や実績に対する深い尊敬の念が込められています。ただし、多用するとかえって堅苦しい印象を与えるので、本当に特別な場面でのみ使うのが良いでしょう。
4 Answers2026-01-14 01:56:02
紫式部の『源氏物語』には、『畏れ多い』という表現がしばしば登場します。特に印象的なのは、光源氏が藤壺の宮に対して抱く複雑な感情を描写する場面です。彼女は義理の母でありながら、光源氏が密かに恋慕を抱く存在。その立場の違いから生まれる遠慮と尊敬の念が、『畏れ多い』という言葉に凝縮されています。
当時の宮廷社会では、身分の高い人々に対する敬意が非常に重要視されていました。『畏れ多い』という表現は、単なる恐れではなく、社会的な立場と個人の感情の狭間で揺れる心理を巧みに表現しています。現代の私たちには理解しにくいニュアンスかもしれませんが、この一語に当時の複雑な人間関係が込められているのです。
3 Answers2026-01-14 10:21:02
この言葉、どこかで聞いたことがあるような気がしますよね。『畏れ多い』って、確かに日常ではあまり使わないかもしれないけど、時代劇や歴史物の小説なんかでよく出てくる印象があります。基本的には「身分の高い人に対して失礼にならないか心配だ」とか「そんな光栄なことを言われると恐縮です」みたいなニュアンスで使いますね。
例えば、社長に直接褒められた部下が「畏れ多いお言葉です」と返すシーンとか、将軍の前に出た武士が「畏れ多いことですが」と切り出す場面なんかが思い浮かびます。現代だと、目上の人から過分な評価を受けた時なんかに、少し古風な感じで使ってみると面白いかもしれません。使いどころを間違えると堅苦しくなりすぎるので、シチュエーション選びが大事だと思います。
3 Answers2026-01-14 01:18:46
日本語のニュアンスの違いって本当に繊細で面白いですよね。『畏れ多い』と『恐れ多い』はどちらも相手に対する敬意を表す表現ですが、使われるシチュエーションに微妙な違いがあります。
『畏れ多い』の方は、神仏や目上の人など、自分よりもはるかに高い存在に対して使われることが多いです。例えば神社でお参りするときに『畏れ多いことですが…』と使ったり、会社の社長に直接意見を述べるような場面で用いられます。畏敬の念が強く、どちらかというと宗教的・格式ばった場面に向いています。
一方『恐れ多い』は、もっと日常的な敬意表現として使われます。目上の人から親切にされたときなどに『恐れ多いお言葉です』というように、感謝や恐縮の気持ちを込めて用いることが多いですね。『畏』という漢字が持つ神聖なイメージよりも、『恐』の持つ緊張感や謙虚さが前面に出た表現だと言えるでしょう。