俺は、自分が「生まれながらにして銀の匙をくわえて生まれてきた豪邸の御曹司」だったなんて、夢にも思わなかった。 実の親が俺を見つけた時、俺はちょうど路地裏で子分を引き連れ、ケンカをしている最中だった。 そして親らしき奴らは俺の腕に刻まれた派手なタトゥーを目にするや否や、反射的に俺を「不良」だと決めつけた。 だが、俺がこうなったのは誰のせいだ?──その答えはあまりに皮肉だろう。
View Moreその後、天川家がどうなったか、俺は深く関わるつもりはなかった。だが、俺が無関心を装っていても、話は自然と耳に入ってくるものだ。 聞いたところによると、父は怒り心頭で舜を天川家の籍から外し、家から追い出したらしい。 そして母も、あの醜聞が原因で父と離婚させられ、一切の財産を持たずに家を去ったとか。 今では舜と一緒に路上生活をしているという噂まである。 一方、星司は冷ややかな態度でこの一連の出来事を見守るだけだった。 父の行動を止める様子もなく、ただ静かに受け入れている。いや、むしろそれを歓迎しているのかもしれない。 「蟷螂蝉を取らんと欲して黄雀の其の傍らに在るを知らず」──つまり、星司は漁夫の利を得る立場だ。財産が自分に流れ込む状況をわざわざ阻む理由はないだろう。 翔也の正体について、俺もかねてから疑念を抱いていた。 だが、彼は用心深く、自分の過去を隠すのがうまかった。手掛かりらしい手掛かりは一切見つからなかった。 それが変わったのは、彼が酒に酔って「私生児」という言葉を口にした日だった。 その一言が、俺に翔也の背景を調べる機会を与えてくれた。 調査を進めると、案の定、彼には隠された過去があった。 翔也と天川家の母は幼い頃に婚約していたらしい。だが、母は裕福な生活に目がくらみ、翔也を捨てて父を選んだのだ。 翔也はその裏切りに傷つき、酒に溺れる生活を送るようになった。 彼は金を手にするために、何度も母を脅しに現れた。そして「このことを夫に話す」と繰り返し脅迫した。 母はやむを得ず、翔也の要求に従い続けた。 だが、ある日、母が金を持って翔也を訪ねたとき、彼に襲われた。そして、舜が生まれることとなったのだ。 母は自分の身を守るため、舜を天川家の子供だと偽り、一連の騒動が生まれたというわけだ。 これを知ったとき、俺もまた驚きを隠せなかった。だが冷静さを取り戻すと、こうした秘密こそ、俺が持つ数少ない「武器」だと気づいた。 必要なときまで、このカードは切るべきではない──そう思っていた。 だが、天川家の振る舞いが俺を失望させ続けた結果、その決断を覆さざるを得なくなった。 その後、父が再び俺を訪ねてきた。彼が言ったのは、これまでと同じ言葉だった。 「悠真、帰ってきてくれ。天川家には、どうしても君
俺がカイメイの社長だと知った途端、星司は以前の態度を一変させ、電話を何度もかけてくるようになった。 だが、俺はそのすべてを無言で切った。 それでも星司は諦めず、熱心にこう伝えてきた。 「兄さん、父さんも母さんも君がカイメイ社の社長だと知って、本当に喜んでるんだ。それでね、家でお祝いのパーティーを開こうって話になったんだ。 一つは兄さんがカイメイ社を率いていることへの祝賀会、もう一つは天川グループとカイメイ社の新しい契約を記念するためだよ」 俺は指で机をトントンと叩きながら、一瞬考え込んだ後、静かに答えた。 「分かった。そのパーティー、出席してやるよ」 もちろん行くつもりだった。行かない理由がない。特等席で「一番の見もの」を観るには、絶好の機会だったからだ。天川家の祝賀パーティーは、屋敷ではなく、豪華な五つ星ホテルで開かれることになった。多額の費用をつぎ込んだらしく、会場の扉が開くやいなや、招待客たちが次々と俺の元に集まってきた。だが、俺の目はすぐに遠くの車椅子に座っている舜を見つけた。彼の顔には怒りが浮かんでいる。それもそのはずだろう。舜は、元々自分のものだと思い込んでいたものすべてを、今や俺に奪われたと感じているのだから。だが、舜には理解できていない。奪われたのではない。最初からそれは、俺のものだったのだ。 俺はそのまま舜のいる方へ歩み寄った。彼の傍らには見覚えのある男が立っている。 以前、俺を歓迎するパーティーで侮辱してきた男だ。 「いやあ、驚きましたよ。天川家の長男がこんなに隠し持っているとはね。さすがに見た目じゃ分からないものだ」 男は皮肉な笑みを浮かべながら続ける。 「でもまあ、残念ですね。舜がこんな状態にならなければ、今日の主役も君一人だけじゃなかっただろうに」 俺は彼に軽く視線を向け、眉をわずかに上げた。 「それは同感だね。じゃあ、せっかくだから今日はみんなの前で弟にちょっとした『補償』をしてあげようか」 俺の言葉に、周りの人々が一斉に困惑の表情を浮かべる。 その中で俺は舜の車椅子をつかむと、そのまま彼を壇上へと押しやった。 壇上で簡単に事情を説明した後、俺はスマホを取り出し、動画を再生した。 その動画には、あの日リビングで起きた「真相」が記録されていた。俺が舜
俺が天川家を追い出されたという話は、瞬く間に世間に広がった。 多くの人間が噂話に花を咲かせ、俺を「心の冷たい人間」だと決めつけた。中には「実の息子より、育てられた子供のほうがましだった」なんて声も聞こえてきた。 湊がその話を耳にすると、すぐに激怒してこう言った。 「悠真、俺が行って舜をぶん殴ってやる。あいつ、調子乗りすぎだろ!」 だが、俺は手を上げて湊を制止した。その目をじっと見つめ、警告の意思を込める。 その後、俺はふっと笑った。 「舜なんて、ただの駒だ。あいつに価値なんてないんだ」 そして肩をすくめて冗談めかして続ける。 「それより、俺は今ポケットに一億円を持ってる。この金で飲みに行こうぜ!」 俺には分かっている。湊たちはいつだって俺を信じてくれている。その信頼があれば十分だ。 血の繋がりなんかよりも、彼らの存在のほうがよほど心強い。 もちろん、この件で舜を簡単に許すつもりはない。だが、焦ることはない。俺が仕掛けた「舞台」で、これから本番の幕が上がるのだから。 一億円を手にした俺は、そのうちの一部を切り分け、かつて俺を助けてくれた人々に渡していった。家族ごとに少しずつ、俺の感謝の形として。 また、俺と行動を共にしてきた仲間たちにも、それぞれの家族が少しでも楽になるよう支援した。大きな額ではないが、彼らの暮らしが少しでも楽になるようにと願いながら。 「いい子だよ、お前は。天川家なんかお前には釣り合わない」 家路に戻る途中、その言葉が耳に残っていた。 天川家を出た後、俺は自分のマンションに戻った。このマンションは、大学を卒業して1年目に全額一括で購入したものだ。職場から近く、通勤に便利だったのが理由だ。 その「職場」というのが、舜が自慢げに口にしていたカイメイ社だった。そして俺こそが、そのカイメイの創業者兼社長だった。 誰も知らなかった。俺がこれほどの地位に上り詰めるまでに、どれだけの屈辱を耐え、どれほどの努力を重ねてきたかを。 毎日が地獄のようだった。だが、それを乗り越えなければ、俺を待ち受けるのはさらに過酷な運命だと分かっていた。だから俺は歯を食いしばり続けた。 天川家から捨てられた大少が、これほどの力を持つとは──このニュースが広まると、商界は驚きに包まれた。 マンションの大き
医師と救急隊が到着し、舜はすぐに屋敷から搬送された。 俺は冷ややかな視線で家族たちが慌ただしく舜を見送る様子を眺めていた。そして、喧騒のあったリビングに、俺一人だけが取り残された。 ポケットからタバコを取り出そうとしたが、風呂上がりでバスローブ姿の俺には持ち合わせがなかった。 イライラを抑えきれず、外で轟く雷鳴が、まるで俺を責めているかのように思えた。 だが、本当に心を冷たくしているのは俺ではない。 あいつが何かやるとは思っていたが、自分の体を傷つけてまで俺を追い出そうとするとは……正気の沙汰じゃない。 だが、舜の行動には確かに勇気があると言わざるを得ない。彼の計画が成功すれば、天川家は俺に失望し、俺がここを出て行くのは確実になる。そして、家族はもう「鷹崎翔也の話」を蒸し返さないだろう。 つまり、俺は舜の「駒」にされただけだ。 ……だが、それでも構わない。これが俺から舜への「贈り物」だと思えばいい。 翌朝、身支度を整えた俺は、家を出ようとしていた。ちょうどその時、病院から戻ってきた両親と星司に鉢合わせた。 夜通し病院で過ごした後なのだろう、彼らの表情には疲れが滲んでいた。 だが、それは舜の容態が安定しているからこそ、家に戻ってこれた証拠でもあった。俺が外出の準備を整えて玄関に向かおうとすると、星司が突然怒り狂ったように俺の前に飛び込んできた。 次の瞬間、彼は勢いよく俺の顔を殴ろうとして拳を振り上げた。 だが、育ちの良い星司の動きなんて、俺にとってはスローモーションみたいなものだ。 軽く身をかわして拳を避けると、星司はバランスを崩して床に顔面から突っ込み、「犬が餌を食うみたいな姿勢」になった。 星司は床に手をつきながら顔を上げ、怒りで震えた声を絞り出す。 「てめえ……まさかこんなゲスな真似をするとは思わなかった!高翔と毎日一緒にいたから、あの男のクズっぷりが染みついたんだろう?本当に、悪い影響を受けやすい奴だな!」 声を荒げながら星司は立ち上がり、さらに言葉を重ねる。 「舜が今、病院で寝てるのを分かってるのか!?それなのに、お前はこんな風に着飾って、病院に見舞いに行くでもなく謝罪するでもなく、友達と遊びに行くつもりか!お前には良心ってものがないのかよ! 俺は何度も言っただろう!鷹崎のことは
その夜、俺は天川家の屋敷には戻らなかった。家族も、俺を探しに外へ出ることはしなかった。 だが、そんなことにいちいち気を煩わせるつもりもなかった。27年間、俺は一人で十分生きてきたのだから。 俺はバーの裏口から外へ出て、用意してもらった別の車に乗り込むと、自分が育った家へ向かうよう指示を出した。 車が止まったのは、古びた小屋の前。 窓からは酒の匂いが漏れ出ていて、近寄らなくても中の状況が想像できる。 無表情のまま、少し開いていたドアを足で押し開けると、案の定、鷹崎翔也が床に転がっていた。顔は真っ赤に染まり、空の酒瓶を胸に抱え込んでいる。 そのすぐそばには竹の鞭が転がっていた。 あの鞭は人を一瞬で意識を失わせるほどの痛みをもたらす──俺はそれをよく知っている。 無言でその光景を冷めた目で眺める。今日ここに戻ってきたのは、別れを告げるためでも、懐かしむためでもない。ただ、どうしても持ち帰るべきものがあっただけだ。 再び天川家の屋敷に戻ったのは翌日の夜だった。 明るい光が窓から漏れる中、玄関へ向かおうとすると、中から楽しげな笑い声が聞こえてきた。 その声に混じって、舜の言葉が耳に入る。 「父さん、母さん、やりました!今回、自分一人の力でカイメイとの契約をまとめました!これで我が社にも大きな利益がもたらされるはずです!」 父と母が嬉しそうに舜を褒めちぎる声が続く。まるで、舜こそが本当の息子であるかのように。 俺は冷笑しながら、玄関の扉に手をかけた。胸の奥には冷たい怒りが渦巻いている。 ふと、大学を卒業したときのことを思い出した。 あのとき、俺は優れた成績を武器に、ある一流企業から内定をもらった。それを翔也に報告すれば、彼もさすがに少しは喜んでくれると思った。だが、帰宅して待っていたのは竹鞭と罵声だった。 「お前みたいな身寄りのない出来損ないが、一流企業に入れるわけがねえだろ!馬鹿げてる、笑わせるな!」 あの日、俺は初めて気づいた。翔也が俺の実の父親ではないことに。そして、実の子でもない俺を鞭打ち、罵るほどの狂気を持つ人間だったことに。 あの日から俺は変わった。 タバコを吸い、タトゥーを入れ、悪い連中とつるむようになった。 それを見た翔也は逆に満足そうな顔をしていた。俺への鞭打ちの回数が減り、あ
翌日の夜、俺は夕食を終え、リビングのソファで何となくテレビを眺めていた。たまたま流れていたのは、誘拐事件を扱ったドラマだった。 両親が果物皿を持ってリビングにやってきて、熱心に俺の口元へとフルーツを差し出してくる。俺は別に断る理由もなく、そのまま受け取った。 「そういえば、俺を誘拐したあの鷹崎翔也ってどうするつもりだ?警察に通報するのか、それとも別の方法で片を付けるのか?」 口に放り込んだスイカの果汁が弾け、予想以上の甘さに思わず眉をひそめた。 俺の言葉に、天川家の面々は一瞬顔色を変えた。まるでこの話題そのものが地雷のようだった。 隣でキーボードを叩いていた舜の指もピタリと止まる。 リビングは不自然な静けさに包まれた。しばらくの沈黙の後、父がようやく口を開く。しかし、その言葉はため息混じりだった。 「悠真、あれはもう随分昔のことだ。警察に頼るのは、適切な解決策ではないだろう」 俺は眉をひそめた。父が俺の目の前でこんなことを言うとは思ってもいなかった。彼はその言葉が何を意味するのか、分かっているのだろうか? 家族は俺の微かな苛立ちに気づかないのか、母も続けてさらりと言い放つ。 「そうよ、彼のことなんてもう重要じゃないのよ。それよりも大事なのは、あなたが無事に帰ってきたこと。家族みんなでこうして一緒にいられることが一番大切なのよ」 弟の星司も、俺の言葉に賛成する様子はない。彼はただ手元の書類をじっと見つめているだけだった。 俺は手に持っていたリモコンをいじりながら、それを隣のクッションに投げ出す。 「つまり……あいつを許すつもりだってことか?」 俺の言葉は静かなリビングに響き渡った。 両親は視線をさまよわせ、誰も俺の目をまともに見ようとしなかった。 彼らは俺が何も知らないと思っているのかもしれないが、実際には俺の方がよく分かっている。 「お前らがあいつを簡単に許そうとしている理由……それは俺のためじゃないよな?本当の理由は、舜があいつの実の息子だから、だろ?」 俺の言葉は、まるで爆弾が炸裂したかのような衝撃を与えた。 天川家の面々は全員が驚愕の表情を浮かべ、俺を見つめた。 当然だ。俺はすべてを知っている。天川家に身を置くようになってから、調査を進めるのは簡単だった。 そのままリビングに沈
Comments