開幕は静かな日常の断片から入って、そのまま主人公の内側へと滑り込んでいく。読み進めるうちに、自分も一緒に息を潜めているような気分になった。物語の核は“執着を手放す”行為の積み重ねで、主人公は過去の重荷を段階的に解いていく。最初の節で目立つのは、日常の些細な場面──たとえば取るに足らない書類や、忘れられない会話のフラグメント──がやがて大きな転換点になることだ。
次の段階では外部からの触発が入り、古い友人や恩師のような存在が現れて主人公を揺さぶる。そこで私は、“
放念”とは単なる忘却ではなく、能動的な選択であると感じた。主人公は一度は逃げるような選択をするが、結局は向き合うことで解放される過程を経る。
終盤は過去と現在の対話が強まり、読後には静かな余韻が残る。全体のテンポは緩やかだが、瞬間瞬間の心理描写が丁寧なので、目立つ事件が少なくても物語は濃密に感じられた。個人的には『千と千尋の神隠し』のような成長譚の静かな版と捉えており、余白を味わえる作品だった。