楽曲の選び方が実に巧妙だ。
音色の層が薄い瞬間と厚くなる瞬間を行き来させることで、'
マボロシ'の曖昧さと捕らえどころのなさを描いている。静かなピアノのフレーズが消え入るように終わると、耳に残る余韻が観客の想像力を刺激して、場面の幻影性を際立たせる。僕はその余韻が、視覚的なぼかしやフォーカスの変化と同じくらい物語に寄与していると感じる。
リズム面でも巧みで、不規則な打楽器や微妙にずれたテンポが不安定さを生む。これが登場人物たちの心象風景に寄り添って、幻覚と現実の境界を曖昧にする効果を持つ。形成されるモチーフが回帰するたび、新しい意味をまとって聞こえるのも面白い。
比較として'パプリカ'のようなサウンドトラックはしばしば大胆な音響実験で夢と現の往還を演出するが、'マボロシ'はもっと控えめで、細部の積み重ねで雰囲気を築く。個人的には、その繊細さが情感を深め、場面ごとの空気感を決定づける点がとても好きだ。