目覚めたら謎の美形と一緒にいた。僕は誰だろう、なぜ一面の花畑の上で寝ていたのだろう……なにも思い出せない。 カエンと名乗った美形は、僕の名前を知っていた。僕とどういう関係なんだろうか。 なぜか慕わしさを感じるけれど、やはり何も思い出せない。 「記憶を思い出したいか?」 カエンに問われて、もちろんだと頷くと、いきなりキスをされて……!? 美形とえっちなことをすると記憶を思い出し、謎が解き明かされていく新感覚BL!
View Moreパチリと目を瞬く。あれ、ここは?
見渡せば、一面の青い空。空に溶けるような青の花が、丘の向こう側までずっと広がっていて、その花畑は足元まで繋がっていた。
足元の可憐な花を見ようとした時、誰かが寝転んでいるのに気づいた。
「え? わっ」
びっくりして後ずさろうとして、バランスを崩す。尻餅をついてしまい、花がくしゃっと尻の下で潰れる感触がした。
「ふわぁ、いてて……ああ、起きたんだな。おはよう」
足元に寝転んでいた誰かが起き上がる。彼は目の覚めるような深海色の瞳に、花と同じ空色の髪をしていた。
髪、染めたのかな? とてもナチュラルだし全然髪も痛んでいないけれど。キューティクルがつやっつやだ。
でもそれ以上に綺麗なのが顔。あまりに現実味がないくらい綺麗すぎて、CGかホログラム的な何かかと一瞬疑ったくらいだ。
睫毛は風にそよぎそうなほど長いし、パッチリ二重の目は完璧な左右対称で、けれどその目は親しみを込めて僕を見つめていた。生きた人間で間違いなさそうだ。
ここにスケッチブックがあったら絵のモデルにしたいほど、足が長くてスタイルも整っている。
青年はさっさと立ち上がると、尻餅をついたままの僕の手をとり引き上げた。温度の通った腕は力強い。あっさりと立ち上がることができた。
立ち上がった彼は僕よりも背が高く、彼の顎が僕の目線にくる。なぜかとくんと跳ねた心臓に内心戸惑いながらも、彼を見上げた。
「あ、ありがとう」
彼は人好きのする笑みをニコッと浮かべ、太陽の位置を確認した。
「だいぶ寝過ごしちまったな。そろそろ帰ろう」
「帰るってどこに? というか、ここはどこで、君は誰で、僕は……」
あれ? そもそも僕は誰なんだ?
なにも思い出せない。彼は僕を見て、起きたんだなって言ったけれど、僕は寝ていた? この花畑で寝ていて、全て忘れてしまったのか?
愕然と立ち尽くしていると、彼は気まずそうに、けれどどこかホッとしたように笑った。ふわふわの水色髪がそよ風になびいている。
「あー……もう少ししたらここは風が強く吹いて寒くなるから、とにかく帰ろう。ついてきて、こっちだ」
わけがわからないながらも、彼に手を引かれて緩やかな丘を下る。足元をよく見ると小道があって、そこだけ花は生えておらず土がむきだしだ。
僕はちゃんと靴を履いていた。くったりとした革靴は履き心地がよかった。
けれど、スニーカーじゃない。そのことにちょっと疑問を覚えるが、いったい何がおかしいのかはよくわからない。
「須藤拓海。あんたの名前だ」
彼は一瞬振り向いて、目もとを笑みの形に緩ませる。
「俺は……俺のことは、カエンとでも呼んでくれ」
カエンはそれきり黙ったまま、小道をずんずん歩いていく。僕は遅れないように後に続いた。丘は直射日光が当たり、歩くとじわりと汗ばむ陽気だった。
丘を下りきると花畑は途切れ、若草の伸びる中をカエンに連れられ歩く。ところどころかかる木陰が、ちょうどいい感じに涼しい。
手はしっかりと繋がれたままだ。別に繋がれなくても逃げはしないと思ったが、なんとなく離れ難くてそのままにしておいた。
やがて大きな木の下に小屋が見えてきた。木でできた簡素な小屋の側には、薪やら納屋やらなんやかやあって、人が暮らしていることがうかがえた。
それにしても、なんて古風な。電線やポストの類も見当たらず、玄関の前には乾いた桶が立てかけられている。カエンは、僕達は自給自足生活でもしてるのか。
「ちょっとお尻のところ汚れてるな。シミになる前に洗っちゃうか、こっち」
カエンは僕の服を確認すると、小屋の裏手に連れていく。水が流れる音が耳に届く。少し歩くと小川に着いた。
膝までひたるかどうかってくらいの浅くて細い川だが、水はとても澄んでいる。ひんやり冷気が漂ってきて、足を入れたら気持ちよさそうだ。
カエンはやっと手を離し、振り向いたその勢いのまま僕のズボンに手をかけた。
「はーいじゃあ脱いじゃってー」
「うわっ!? なに急に」
「このまま放っておくとシミになるって言っただろ? 洗ってやるから脱いじまえ」
「え、あの、あ!」
僕が戸惑っている間にカエンは手際よく衣服を剥ぎ取ると、ついでとばかりに麻でできた簡素なTシャツもはぎ取られる。
ちょっと大きめで緩い作りだったから、止める間もなく脱がされた。
「なんで上まで!?」
「汗かいたろ? ついでに水浴びしてこうぜ」
カエンはポイッと僕の服を岩の上に置くと、自分もガバッと服を脱いだ。
パンツ一丁になって川に飛びこむカエン。どこもたるんだところがなくて、よく引き締まった体が水を弾く。
「うひゃ~っ、きんもちいい! 拓海も来いよ!」
「もう……強引だなあ」
僕は文句を言いながらも、足を水につけた。ひんやりしていて気持ちがいい。
自分の顔を確認したくて川の水に映らないか試してみたが、ハッキリとは映らない。どうやら茶色っぽい髪をしているということだけ、辛うじてわかった。
顔の詳細確認は諦めて汗を流すと、タオルは家にあるとのことでそのまま小屋まで歩いて戻る。
近くに人は住んでいないらしく、こんな格好でも見咎められることはないとのこと。
だからって、日中森の中を真っ裸で歩くなんて、って僕は思うけどね。カエンは気にならないみたいだ。
小屋の中は思いの外清潔で整えられてる。毛足の長い若草色のじゅうたんはふわふわで、木でできた机と椅子は居心地がよさそうだ。
机の隣にはキッチン……というか、かまどがあった。かまどだ。またしても古風な、という感想が頭に浮かぶ。
嫌いじゃないけどね、雰囲気は。暮らすにはとても不便そうだ。
食器棚の上のカゴには、無造作にフルーツとパンが置いてある。
奥にはもう一部屋あるのか、扉が見えた。扉の横に絵がかけられている。青い海の絵……妙に気になったが、今は体を拭きたい。さすがに寒くなってきた。
カエンは玄関というか、出入り口に備えつけられたタオルで足を拭いて、奥の部屋に入っていく。僕もそれに続いた。
「ほい、これ」
「あ、うん」
渡されたタオルで全身を拭いた。カエンを見習って身につけていたパンツも脱ぐ。このタオルも大変手触りがいい。ふかふかのもふもふだ。
うっとりしながら顔を埋めていると、ちょいちょいと僕の腕を指で叩いたカエンが、ベッドの縁に座るように示した。カエンと同じように腰にタオルを巻く。
二人で寝られそうな大きなベッドに腰かけると、カエンも隣に座った。心なしか距離が近い、ような?
「拓海は、思い出したいか?」
「なにを?」
「いろいろだよ。ここがどこで、俺が誰で、あんたは今までどうしていたとか、そういうことをだ」
「うん、知りたい」
「だよな……」
カエンは少し顔を赤らめながら視線を逸らした。なにその反応、気になるんだけど。
「それじゃ、今から俺がすることを受け入れてくれ」
「なにを……んんっ!?」
開いた口からぬるりと舌が潜りこむ。唾液を流しこまれて、口の端から流れていく。
「ふうぅ……んう」
いきなりなにをするんだ、と咎めたいけれど言葉にすることはできなかった。じゅっと音を立てながら舌を吸われて、芽生えた快感に思わず目をつぶった。
「ん……ぐっ……、う?」
流しこまれた唾液をこくりと飲みこむと、頭の中に記憶が流れこんできた。
そうだ、僕は須藤拓海。二十六才の売れない絵描きだ。売れなすぎてもはや本業バイト、趣味が絵描きのフリーター状態だった。
両親や友人の顔もぼんやりとだが思いだしてきた。
けれど目の前の彼のことは思いだせない。こんなエキセントリックな髪色の超絶美形なんて、一度会ったら忘れられないはずなんだけど。
「あ、はぁ……は……」
やっと口を離されて肩で息をする。カエンはジッと真剣な瞳で僕を見つめている。
「思いだした?」
「……少しだけ。でも、カエンのことはわからなかった。それに、ここがどこなのかも」
「もっと思いだしたいか?」
それは、肯定したらこの行為の続きをされるのだろうか。不思議と嫌悪感はなかった。
男にいきなりキスをされるなんて、普段だったら殴ってでも止めているであろう大事件だ。
けれど、それがカエンだと嫌ではないようだ。それどころか、もっと触ってほしいと感じている……なぜだろう、知りたい。
「……思いだしたい」
「そう言うと思ったよ」
カエンが身を乗りだすと、ぎしりとベッドが音をたてた。
カエンと体温を分け合うように抱きしめあった後、彼はゆっくりと僕を押し倒した。 暗闇の中で顔は見えないけれど、カエンが僕を見つめている気配を感じる。「どうかした?」「……俺、拓海に謝らなきゃいけないことがある」 ごおごおと強風が吹きつけ、窓ガラスをガタガタと揺らした。 僕は黙ってカエンのシルエットを見つめ返し、話の続きを促す。「俺は、拓海のことを守りたかった。拓海のおばあちゃんから願いの力を分けてもらいながら、拓海のことを守れる日がくるのを心待ちにしていたんだ」 おばあちゃんが僕の無事を願うことで、不思議な力を蓄えてきたってことだろうか? 新たな疑問が湧いてきたが、話の腰を折らないようにぐっとこらえる。「それなのに、拓海が海に落ちた時になにもできなかった……っ! すべての力を使い果たしても到底助けられないってわかったから、拓海の魂だけでも助けたいと思って、ここに連れてきたんだ…
カエンに手を繋がれて、花畑を歩いた。今までで一番穏やかな風が吹いている。鼻歌でも歌いたくなるような心地よさだ。「拓海、本当にもう、海に飛びこんだりしないよな?」「やらないって。現実世界には……未練がないとは言わないけれど、帰ったって消えるだけなんだろう? それよりも時間の許す限り、カエンと一緒に楽しいこととか、気持ちいいこととか、いろいろしたいんだ」 カエンは感極まったようで、またしても僕をギュギュッと抱きしめた。踵が宙に浮く。「ああもう、拓海……! かわいすぎる!!」「力を緩めて、ちょっと痛いよ」「あ、ごめん!」 カエンはパッと僕を解放する。勢いがよすぎて花畑に尻餅をついた。「あいたっ」「っいて!」「……なんでカエンまで痛がってるの」「ああ、だってこの花畑は俺
カエンは花の精、とでも言えばいいのだろうか。それとも付喪神? とにかく、この懐中時計はカエンの本体で間違いない。 昨日の夜、眠る直前に思い出した記憶の続きを辿る。 僕は突風に煽られて、崖から海へ向かって落ちた。そして、ペンダントから声がしたんだ。 切羽詰まった、僕を心から案じる声。今では聞きなれたカエンの声だ。 そして気がついたら、あのネモフィラの花畑にいた。カエンの世界の中に。 その時の僕も記憶を失っていて、初対面のカエン相手にかなり警戒していた。僕はもともと、そんなに人づきあいが得意な方じゃない。 今回初めてカエンに会った時のように、あんなにも慕わしさを感じることの方が異常事態だ。 ……記憶はカエンの体液に触れたり、ペンダントを手にすることで戻るようになっている。 なぜなら僕の記憶を奪ったのは、カエンだから。カエンの残滓から記憶が流れこむことによって、僕は真実を知った。
おばあちゃんが亡くなる一ヶ月前のことだ。その日も僕はバイトの前に、おばあちゃんのお見舞いのために病院に寄った。「拓海、いつもありがとうねえ」「ううん、気にしないで。今日は具合どう?」「昨日よりはいいよ。体を起こしていても、そんなに辛くないしねえ」 おばあちゃんは入院してから体重が落ちたみたいだった。元々細かった手は更にやせ細り、まるで枯れ木のようだ。 死が確実に忍び寄ってきているように感じ怖くなって、ギュッと手を握るとひんやりとした体温を感じた。「おばあちゃん、今日は水ようかんを持ってきたんだ」「おや、嬉しいねえ。後で食べるから、そこに置いておいてくれる?」 床頭台の上に手土産を置くと、おばあちゃんに引き出しを開けるように言われる。「拓海、そこにペンダントが入ってると思うんだけど」「ああ、これ?」「そうそう、それ。拓
丘の上はびゅうびゅうと大風が吹いていた。まだ日も高いのに、ずいぶんと風が吹き荒れている。まるでカエンの心の内を表しているかのようだ。 丘を下ると風の勢いはいくらかましになり、カエンの青褪めた顔に血の色が戻りはじめる。「本当に気分が悪そうだけど、大丈夫?」「大丈夫だ、だいぶましになってきた」 カエンは無理して笑ってみせた。そういう笑顔はあんまり好きじゃない。 丘を降りる途中、大きな木の影で一度休憩をとることになった。僕のお腹が空腹を訴えたせいだ。 お腹が鳴ったのを聞くと、カエンはハッと気を取りなおしたみたいだった。昼食を食べようと提案して、テキパキと用意をしはじめる。「悪かったな、腹が減ってたのに気づかなくて。たんと食えよ」「ありがとう、いただきます」 バケットサンドにはソーセージとチーズ、それからレタスが挟まっている。僕好みの味つけのそれを味わって食べた。
カエンが僕を高める時に、違和感を覚えるようになった。 あの湖に出かけた日の夜からだ。いや、思えばその前から変だった。 彼は僕を責めたてることには熱心だけれど、自分が責められることをよしとしない。 それに、僕に挿れようともしない。男同士のセックスってお尻の孔を使うんだよね? 曖昧な知識だけど、挿入に至らないゲイカップルというのも世間一般にいた気がする。 けれど僕は興味があった。カエンのあの、太くて長いのが僕の気持ちのいいところに当たったら、一体どうなってしまうのか。 僕はカエンのことが好きだ。 笑った顔が一番好きだけれど、下手くそな嘘も優しい声も、僕を追い詰める時の意地悪な顔も、僕の言動に一喜一憂するところも、全部好ましいと思う。 恋に落ちたという感じはしない、気がついたら好きだった。 いや、もしかしたら記憶を失う前の僕はもともとカエンのことが大好きで、恋人だったのかもしれない。残念ながら覚えていないけど。 だから、できれば……抱いてほしいって思う。いろいろ屁理屈をこねてみたけれど、結局のところカエンが抱いてくれなくて欲求不満なのだ、僕は。 言ってみようかな、直球で。でも万が一断られたらへこむなあ。 カエンはたいていのお願いは聞いてくれるけど、記憶を失う前の僕の話とか、そういうのは聞いても教えてくれないから。 ……カエンは本当は、僕に記憶を思い出してほしくないんだろうか。 僕の記憶はところどころ抜けているけれど、両親や友人のこと、好きなものやここに来る直前の記憶なんかは覚えている。 それを踏まえてみると、カエンのことだけ覚えていないのは不自然だ。 彼は物心ついた時から、僕のことが好きだったと言っていた……だとしたら、僕がカエンのことを覚えていないはずがないのに。 カエンの記憶がなくたって、僕は初めからカエンに対して慕わしさと安心感、それに今思えば、恋心を抱いていたと思うのに。 なにかが矛盾している、なんだろう…… 朝食を食べながら考え事に耽っていると、カエンが僕の目の前で手のひらをヒラヒラと振った。「聞いてた?」「あ、ごめん。聞いてなかった」「やっぱりか。今日はどうするって言ったんだ。この前は湖に行ったろ? 次はまた森に行くか」「森はいいよ、それより花畑に行きたい」 カエンをひたと見つめる。この提案は嫌がられるかもし
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