花園の君は記憶喪失な僕を囲い込む

花園の君は記憶喪失な僕を囲い込む

last updateLast Updated : 2025-07-08
By:  兎騎かなでOngoing
Language: Japanese
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目覚めたら謎の美形と一緒にいた。僕は誰だろう、なぜ一面の花畑の上で寝ていたのだろう……なにも思い出せない。  カエンと名乗った美形は、僕の名前を知っていた。僕とどういう関係なんだろうか。 なぜか慕わしさを感じるけれど、やはり何も思い出せない。 「記憶を思い出したいか?」  カエンに問われて、もちろんだと頷くと、いきなりキスをされて……!?  美形とえっちなことをすると記憶を思い出し、謎が解き明かされていく新感覚BL!

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Chapter 1

第一段階

 パチリと目を瞬く。あれ、ここは?

 見渡せば、一面の青い空。空に溶けるような青の花が、丘の向こう側までずっと広がっていて、その花畑は足元まで繋がっていた。

 足元の可憐な花を見ようとした時、誰かが寝転んでいるのに気づいた。

「え? わっ」

 びっくりして後ずさろうとして、バランスを崩す。尻餅をついてしまい、花がくしゃっと尻の下で潰れる感触がした。

「ふわぁ、いてて……ああ、起きたんだな。おはよう」

 足元に寝転んでいた誰かが起き上がる。彼は目の覚めるような深海色の瞳に、花と同じ空色の髪をしていた。

 髪、染めたのかな? とてもナチュラルだし全然髪も痛んでいないけれど。キューティクルがつやっつやだ。

 でもそれ以上に綺麗なのが顔。あまりに現実味がないくらい綺麗すぎて、CGかホログラム的な何かかと一瞬疑ったくらいだ。

 睫毛は風にそよぎそうなほど長いし、パッチリ二重の目は完璧な左右対称で、けれどその目は親しみを込めて僕を見つめていた。生きた人間で間違いなさそうだ。

 ここにスケッチブックがあったら絵のモデルにしたいほど、足が長くてスタイルも整っている。

 青年はさっさと立ち上がると、尻餅をついたままの僕の手をとり引き上げた。温度の通った腕は力強い。あっさりと立ち上がることができた。

 立ち上がった彼は僕よりも背が高く、彼の顎が僕の目線にくる。なぜかとくんと跳ねた心臓に内心戸惑いながらも、彼を見上げた。

「あ、ありがとう」

 彼は人好きのする笑みをニコッと浮かべ、太陽の位置を確認した。

「だいぶ寝過ごしちまったな。そろそろ帰ろう」

「帰るってどこに? というか、ここはどこで、君は誰で、僕は……」

 あれ? そもそも僕は誰なんだ? 

 なにも思い出せない。彼は僕を見て、起きたんだなって言ったけれど、僕は寝ていた? この花畑で寝ていて、全て忘れてしまったのか?

 愕然と立ち尽くしていると、彼は気まずそうに、けれどどこかホッとしたように笑った。ふわふわの水色髪がそよ風になびいている。

「あー……もう少ししたらここは風が強く吹いて寒くなるから、とにかく帰ろう。ついてきて、こっちだ」

 わけがわからないながらも、彼に手を引かれて緩やかな丘を下る。足元をよく見ると小道があって、そこだけ花は生えておらず土がむきだしだ。

 僕はちゃんと靴を履いていた。くったりとした革靴は履き心地がよかった。

 けれど、スニーカーじゃない。そのことにちょっと疑問を覚えるが、いったい何がおかしいのかはよくわからない。

「須藤拓海。あんたの名前だ」

 彼は一瞬振り向いて、目もとを笑みの形に緩ませる。

「俺は……俺のことは、カエンとでも呼んでくれ」

 カエンはそれきり黙ったまま、小道をずんずん歩いていく。僕は遅れないように後に続いた。丘は直射日光が当たり、歩くとじわりと汗ばむ陽気だった。

 丘を下りきると花畑は途切れ、若草の伸びる中をカエンに連れられ歩く。ところどころかかる木陰が、ちょうどいい感じに涼しい。

 手はしっかりと繋がれたままだ。別に繋がれなくても逃げはしないと思ったが、なんとなく離れ難くてそのままにしておいた。

 やがて大きな木の下に小屋が見えてきた。木でできた簡素な小屋の側には、薪やら納屋やらなんやかやあって、人が暮らしていることがうかがえた。

 それにしても、なんて古風な。電線やポストの類も見当たらず、玄関の前には乾いた桶が立てかけられている。カエンは、僕達は自給自足生活でもしてるのか。

「ちょっとお尻のところ汚れてるな。シミになる前に洗っちゃうか、こっち」

 カエンは僕の服を確認すると、小屋の裏手に連れていく。水が流れる音が耳に届く。少し歩くと小川に着いた。

 膝までひたるかどうかってくらいの浅くて細い川だが、水はとても澄んでいる。ひんやり冷気が漂ってきて、足を入れたら気持ちよさそうだ。

 カエンはやっと手を離し、振り向いたその勢いのまま僕のズボンに手をかけた。

「はーいじゃあ脱いじゃってー」

「うわっ!? なに急に」

「このまま放っておくとシミになるって言っただろ? 洗ってやるから脱いじまえ」

「え、あの、あ!」

 僕が戸惑っている間にカエンは手際よく衣服を剥ぎ取ると、ついでとばかりに麻でできた簡素なTシャツもはぎ取られる。

 ちょっと大きめで緩い作りだったから、止める間もなく脱がされた。

「なんで上まで!?」

「汗かいたろ? ついでに水浴びしてこうぜ」

 カエンはポイッと僕の服を岩の上に置くと、自分もガバッと服を脱いだ。

 パンツ一丁になって川に飛びこむカエン。どこもたるんだところがなくて、よく引き締まった体が水を弾く。

「うひゃ~っ、きんもちいい! 拓海も来いよ!」

「もう……強引だなあ」

 僕は文句を言いながらも、足を水につけた。ひんやりしていて気持ちがいい。

 自分の顔を確認したくて川の水に映らないか試してみたが、ハッキリとは映らない。どうやら茶色っぽい髪をしているということだけ、辛うじてわかった。

 顔の詳細確認は諦めて汗を流すと、タオルは家にあるとのことでそのまま小屋まで歩いて戻る。

 近くに人は住んでいないらしく、こんな格好でも見咎められることはないとのこと。

 だからって、日中森の中を真っ裸で歩くなんて、って僕は思うけどね。カエンは気にならないみたいだ。

 小屋の中は思いの外清潔で整えられてる。毛足の長い若草色のじゅうたんはふわふわで、木でできた机と椅子は居心地がよさそうだ。

 机の隣にはキッチン……というか、かまどがあった。かまどだ。またしても古風な、という感想が頭に浮かぶ。

 嫌いじゃないけどね、雰囲気は。暮らすにはとても不便そうだ。

 食器棚の上のカゴには、無造作にフルーツとパンが置いてある。

 奥にはもう一部屋あるのか、扉が見えた。扉の横に絵がかけられている。青い海の絵……妙に気になったが、今は体を拭きたい。さすがに寒くなってきた。

 カエンは玄関というか、出入り口に備えつけられたタオルで足を拭いて、奥の部屋に入っていく。僕もそれに続いた。

「ほい、これ」

「あ、うん」

 渡されたタオルで全身を拭いた。カエンを見習って身につけていたパンツも脱ぐ。このタオルも大変手触りがいい。ふかふかのもふもふだ。

 うっとりしながら顔を埋めていると、ちょいちょいと僕の腕を指で叩いたカエンが、ベッドの縁に座るように示した。カエンと同じように腰にタオルを巻く。

 二人で寝られそうな大きなベッドに腰かけると、カエンも隣に座った。心なしか距離が近い、ような?

「拓海は、思い出したいか?」

「なにを?」

「いろいろだよ。ここがどこで、俺が誰で、あんたは今までどうしていたとか、そういうことをだ」

「うん、知りたい」

「だよな……」

 カエンは少し顔を赤らめながら視線を逸らした。なにその反応、気になるんだけど。

「それじゃ、今から俺がすることを受け入れてくれ」

「なにを……んんっ!?」

 開いた口からぬるりと舌が潜りこむ。唾液を流しこまれて、口の端から流れていく。

「ふうぅ……んう」

 いきなりなにをするんだ、と咎めたいけれど言葉にすることはできなかった。じゅっと音を立てながら舌を吸われて、芽生えた快感に思わず目をつぶった。

「ん……ぐっ……、う?」

 流しこまれた唾液をこくりと飲みこむと、頭の中に記憶が流れこんできた。

 そうだ、僕は須藤拓海。二十六才の売れない絵描きだ。売れなすぎてもはや本業バイト、趣味が絵描きのフリーター状態だった。

 両親や友人の顔もぼんやりとだが思いだしてきた。

 けれど目の前の彼のことは思いだせない。こんなエキセントリックな髪色の超絶美形なんて、一度会ったら忘れられないはずなんだけど。

「あ、はぁ……は……」

 やっと口を離されて肩で息をする。カエンはジッと真剣な瞳で僕を見つめている。

「思いだした?」

「……少しだけ。でも、カエンのことはわからなかった。それに、ここがどこなのかも」

「もっと思いだしたいか?」

 それは、肯定したらこの行為の続きをされるのだろうか。不思議と嫌悪感はなかった。

 男にいきなりキスをされるなんて、普段だったら殴ってでも止めているであろう大事件だ。

 けれど、それがカエンだと嫌ではないようだ。それどころか、もっと触ってほしいと感じている……なぜだろう、知りたい。

「……思いだしたい」

「そう言うと思ったよ」

 カエンが身を乗りだすと、ぎしりとベッドが音をたてた。

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 パチリと目を瞬く。あれ、ここは? 見渡せば、一面の青い空。空に溶けるような青の花が、丘の向こう側までずっと広がっていて、その花畑は足元まで繋がっていた。 足元の可憐な花を見ようとした時、誰かが寝転んでいるのに気づいた。「え? わっ」 びっくりして後ずさろうとして、バランスを崩す。尻餅をついてしまい、花がくしゃっと尻の下で潰れる感触がした。「ふわぁ、いてて……ああ、起きたんだな。おはよう」 足元に寝転んでいた誰かが起き上がる。彼は目の覚めるような深海色の瞳に、花と同じ空色の髪をしていた。 髪、染めたのかな? とてもナチュラルだし全然髪も痛んでいないけれど。キューティクルがつやっつやだ。 でもそれ以上に綺麗なのが顔。あまりに現実味がないくらい綺麗すぎて、CGかホログラム的な何かかと一瞬疑ったくらいだ。 睫毛は風にそよぎそうなほど長いし、パッチリ二重の目は完璧な左右対称で、けれどその目は親しみを込めて僕を見つめていた。生きた人間で間違いなさそうだ。 ここにスケッチブックがあったら絵のモデルにしたいほど、足が長くてスタイルも整っている。 青年はさっさと立ち上がると、尻餅をついたままの僕の手をとり引き上げた。温度の通った腕は力強い。あっさりと立ち上がることができた。 立ち上がった彼は僕よりも背が高く、彼の顎が僕の目線にくる。なぜかとくんと跳ねた心臓に内心戸惑いながらも、彼を見上げた。「あ、ありがとう」 彼は人好きのする笑みをニコッと浮かべ、太陽の位置を確認した。「だいぶ寝過ごしちまったな。そろそろ帰ろう」「帰るってどこに? というか、ここはどこで、君は誰で、僕は……」 あれ? そもそも僕は誰なんだ?  なにも思い出せない。彼は僕を見て、起きたんだなって言ったけれど、僕は寝ていた? この花畑で寝ていて、全て忘れてしまったのか? 愕然と立ち尽くしていると、彼は気まずそうに、けれどどこかホッとしたように笑った。ふわふわの水色髪がそよ風になびいている。「あー……もう少ししたらここは風が強く吹いて寒くなるから、とにかく帰ろう。ついてきて、こっちだ」 わけがわからないながらも、彼に手を引かれて緩やかな丘を下る。足元をよく見ると小道があって、そこだけ花は生えておらず土がむきだしだ。 僕はちゃんと靴を履いていた。くったりとした革靴は履き心地がよ
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第二段階へ
 真剣な瞳で僕の瞳をのぞきこんだカエンは、フッと顔を伏せるとおもむろに僕の乳首を口に含んだ。「っ!」 うっこれは……じんじんするというか、じわじわくるというか。むず痒さに混じって鈍い快感が、胸元から体の中に浸食していく。「……あのさ、そこ、弄る必要ある?」「必要かと言われるとそうじゃないけど、でも俺が触りたいからさ。ダメか? ここ気持ちいいんだろ?」「……ぅ」 確かに気持ちはいいけれど。そんなところ普段触られることがないから、変な感じだ。 だんだんとむず痒さより快感の方が優ってきて、変な声を上げそうになるのを必死にこらえた。「声、我慢してるだろ。聞こえた方が興奮するからさ、聞かせてよ」「んな……は、うっ」 片胸に吸いつかれ、もう片胸の尖りをぐりっと押されて声が跳ねる。 カエンは気をよくしたように笑いながら顔を上げると、タオルの下から手を入れて、兆しはじめた僕のモノを撫でた。「あっ!」「一回イッておくか?」「う、あっ、はぁ……」 カエンは上手かった。先走りで濡れた鈴口を優しくなぞってみたり、絶妙な力加減で竿を扱いたりしながら、的確に僕を追いつめていく。「うぁ! もう、ヤバい、やっ」「いいから、出せよ、ほら」 嫌だ、いくらなんでも早漏すぎる! そう思うのに、ピストン運動にあわせて僕も腰を動かして、体は貪欲に快感を得ようとしてしまう。「ひ、あ……ああぁっ!」 トドメとばかりに、カエンが乳首に歯を立てたものだから、もう止めようがなかった。重く溜まっていたものが勢いよくほとばしり、僕の腹を濡らした。「ふ、う……あぁ」「いい子だな拓海。続きをするから、そこに横になって」 よしよしと頭を撫でられ、言われた通りにベッドに横たわる。拓海が上からのしかかってきて、美麗な顔が目の前へにくる。また心臓がドキリと音を立てた。 カエンは今の僕にとって、誰だかよくわからない男だ。けれど僕の体は彼を拒絶していない。それに彼は優しいし、僕への好意を感じる。 そう思うと、今から体を拓かれることに抵抗感はなかった。少しばかり怖くはあったけれど。 ジッと左右対称の顔を眺めていると、カエンはクスリと笑った。「拓海は俺の顔、好きだよな」「……そうみたいだ。特に、その目が」 彼の深海のように深い青色の瞳を見続けていると、吸いこまれそうになる。 どこま
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