ファンの間では、『
くるまる』の過去について多彩な読みが交差している。散りばめられた断片的な回想、特定の小道具(古い鍵や水彩のスケッチ)、そして時折垣間見える方言が、様々な仮説の材料になっているのが面白い。僕は、作品の語り口そのものが“欠落”を意図していると感じていて、ファンたちはその欠片をパズルのピースのように組み合わせているように見える。
多くの人が指摘するのは「
記憶喪失」説だ。幼い頃の写真がひとつだけ存在する、特定の曲に強く反応するなど、記憶にまつわる手がかりが散らばっていることから、意図的に過去を消された/忘れている可能性が高いと考えられている。場面ごとの服装や傷の位置を照らし合わせ、あるエピソードでは軍用のタグに似たものが映ると主張するファンもいて、単なる個人的なトラウマ以上の“制度的な介入”を匂わせる議論も出ている。
僕自身は、こうした諸説を完全に決着させるのは作者の意図次第だと思うけれど、断片的な証拠を通じて『月影の丘』のような別作品と照らし合わせるファン解析はいつも刺激的だ。過去が曖昧なキャラクターほど、解釈の余地が大きく、コミュニティが活発に議論する燃料になるのだと感じている。