描写のトーンを見ると、作者は
ヤクモの過去を断片的に、しかし意図的に小出しにしていると感じる。事件や会話の合間に挟む短い回想、他者からの噂や評言、そして本人の無意識に表れる一瞬の表情──そうした「散片」を積み重ねて過去像を組み立てさせる手法だ。僕はこのやり方が好きで、理由は二つある。一つはミステリーとしての緊張感を保てること。全てを一度に明かさず、読者が既存の情報と新事実を突き合わせて推理する余地を残している。もう一つはキャラクターとしての厚みが増すこと。過去が断片で提示されることで、今のヤクモの言動や距離感が自然に説明され、単なる過去説明では終わらない。
具体的には、幼少期の孤立や家族関係の歪み、あるいは取り返しのつかない出来事がきっかけとなって性格や能力、価値観が形成されたことが示唆される。僕はその「示唆」の度合いが絶妙だと思う。過去の全貌を求める読者には歯がゆく感じられるだろうが、物語全体のテーマやヤクモの現在の選択を考えると、むしろ余白があることで人物像が深くなる。
最後に技法的な話をすると、作者は他の登場人物との対照を用いて過去の影響を映し出す。ヤクモと親しい人物、あるいは対立する人物の反応を通じて、過去が今にどう影を落としているかを示す。僕はその見せ方が巧みだと思うし、読み終えた後に断片をつなぎ合わせる楽しさが残るところがこの作品の魅力だと感じている。